第26話 何事にも勢いは大事

 翌朝、俺とハカセは全員を会議室に集めて婚約(仮)の報告を行った。


「えっと、これはサクラとハカセによるドッキリ企画なのかな?イチロー、お前また騙されているぞ」


 カトー氏は全く信じていないといった素振りでドッキリを疑った。

 そりゃそうだよね。俺も昨日はドッキリかも?と思ったし。

 他の皆も口をポカンと開けて、リアクションに困っている。

 事実を知っているサクラ氏だけが笑顔なのだが、これがドッキリっぽさを醸し出しているのかもしれない。


「いや、それが本当なんだよ。正式な婚約は5年後のハカセの誕生日にする予定なので、それまでは仮の婚約だけどね」


 皆、信じてくれないので昨日の話を要約して伝えた。


「イチロー君、本当に信じていいんだね?」


「ボス氏、にわかに信じがたい話だとは思うんですが……本当なんです。俺も全然実感が湧かないくらいなんで気持ちは分かります」


「そうか、おめでとう。ところでどうやってプロポーズしたんだい?」


「いや、プロポーズはハカセからで、なんかその……勢いに圧されたというか……」


「結婚ってのは大体勢いなんだよ……」


 ボス氏は何かを思い出したように寂しげに呟く……。

 えっと、もしかして勢いで結婚して後悔してたりするのかな?


「おいおい、ハカセ本気か?よりによってイチローだなんて、熱でもあるんじゃないのか」


「いやいや、本当にそうだよな。イチローなんてここじゃエディの次くらいにモテそうにないもんな」


 2人とも酷い言いようだ。

 俺がモテないなんて言うもんだから、ハカセが真っ赤な顔をしてエディ氏を睨んでいる。

 俺のために怒ってくれている……ちょっと嬉しい。

 

「サクラ、冗談言っちゃいけないぜ。俺様の魅力が分からないなんて……カトーに一撃を食らっておかしくなっちまったか」


「2人とも、めでたい話なんだからそのくらいにしておけよ。しかし、これで一緒にメイドカフェへ行けなくなっちまったか……寂しくなるな……」


「カトー、あんた……まだ通ってるの?」


「べ、別にサクラには関係ないだろ……」


 サクラ氏はカトー氏を軽蔑した目で見ている……。

 そういえば、毎週のようにカトーとメイドカフェに行っていたな。

 前にバレたときも暴走していたし、やはり行かない方がいいのだろうか。


「イチローもメイドカフェなんて行っちゃだめよ。あなたは私だけを見ていればいいのよ」


 ハカセの冷めた発言はいつものことなのだが、いつもとトーンが違うような……。

 きっとこういうときは神妙にしておいた方がいいのだろう。


「あ、はい……」


 俺がそう言うと、大爆笑が起こる。

 やっぱり誰が見ても、俺が尻に敷かれるように見えているんだろうな。


 よく考えてみれば、ハカセの顔を真剣に見たことがなかったということに気付き、チラッと見てみる。

 目鼻立ちの整った、知性が漂う美少女だ。小柄で細い体に透き通るような白い肌がよく似合っている。

 サクラ氏がハカセは美女になると太鼓判を押していたのも分かる気がする。

 今までは子供だと思って女性として見ていなかったのだが、これからあっという間に大人の女性になっていくのだろう。

 やばいな。すごく楽しみじゃないか。


 今更だけど、俺にはもったいない女性なんだよな。宇宙一の頭脳を持っているし。


「ねえイチロー、確かに『私だけ見てればいいのよ』って言ったけどさ……今じゃなくてもいいんじゃない?そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」


 再び大爆笑が起こる。

 俺は我に返り、ハカセに謝った。


「イチローのことだから、今になってハカセの美しさに気付いちゃったんじゃないの?本当に鈍感なんだよな。ハカセなんてイチローがちょっと太っただけで気付くほどよく見ているというのに……」


「ちょっとサクラ……その話は……」


 ハカセが必死になってサクラ氏を止める。耳まで真っ赤になって……かわいい。

 そんなハカセを見て、またしても大爆笑。


「ああ、なんだか複雑な気分だ……娘を嫁に出すってこういう感じなんだろうな」


 ボス氏がそう言って俺の肩を軽く叩いた。

 そう言えばボス氏にはハカセと同じ歳の娘さんがいたと聞いている。

 ボス氏はハカセを娘のようにかわいがっていたし、色々と思うところがあるのだろう。


「そういえば、結婚後はどこに住むか考えていますか?」


 ナカマツ氏が良い質問をしてくれた。

 俺もその話をしたいと思っていたところだったからだ。


「俺達はこのまま日本に住みたいと思っています。日本が好きだし、コーラと出会った地でもあるからね。もしコーラと出会っていなかったら、ハカセはずっと子供のままで……きっと結婚することもなかったんだろうなって。皆はどう思う?できれば全員で日本に定住したいんだけど」


「そうだな、イチロー君が言うように日本に住むというのは現実的な選択肢だな。こんなに治安が良い街は見たことないしね」


「私も賛成ね。そうすれば毎日ハラミとビールの生活ができるじゃない。控えめに言っても最高ね」


「俺様も賛成だな。どこに住んでも道に迷いそうだが、日本は目印が多そうだから多少はマシじゃないかって気がするな」


「俺も賛成だ。メイドカフェがあるのは日本だけみたいだしな。ダメな理由が見つからない」


「私もボスと同じ理由で賛成ですね。やはり炭酸飲料を見つけた場所というのが決めてですね」


 どうやら全員賛成らしい。


「では、全員日本に移住で決定だね。不老不死の目処が立ったら引っ越しをしよう。安住の地を見つけるのも目標だったから、これもクリアだな」


「イチローとハカセの結婚もそうだけど、一気に状況が変わりつつあるな。こういう時ほど油断は禁物なんだ。イチロー、特にお前は要注意だぞ」


 カトー氏はやはり軍人気質なのだと再認識させられる。

 そうだな、こういう時ほど浮かれすぎないようにしないといけない。


「カトー氏、忠告ありがとう。本当にその通りだね、気をつけるよ」


「でもたまにはハカセに内緒で遊びにいこうぜ!」


 カトー氏がそう言って笑うと、ハカセがふくれた顔でカトー氏を睨みつけていた。

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