第19話 ご家庭訪問1
「ま、タカ、せっかくこの町にいるんだ。店の中ばっかじゃつまらんだろう」
「え」
「いぃっすねぇ。これから数日は晴れっすよ」
ビニール傘の相棒が嬉しげに飛び上がった。
「え、俺そんな遠くまで」
「町から遠くの山を眺めるの悪くないけどねぇ。一度くらい行ってみるってのも乙なもんだよ」
ろくろ首は煙管の煙で山の稜線を描いている。
「遠いんですか。近くに見えますけど、俺そんな遠くまで」
「案内なんざぁ俺に任せろ。俺とお前の相棒がいりゃ、百人力よ」
番傘の親分の鶴の一声をひっくり返す力は、タカにはなかった。
数日後、店番を手長足長と震々たちに任せてタカは店を出発した。番傘の親分は日傘代わりだ。ビニール傘の相棒は瓢箪と猫又姐さん特性弁当をぶら下げている。
「ろくろ首さん来ませんねぇ」
タカは伸びるわけがない首を精一杯伸ばしたが、姿は見えない。
「あいつは朝寝だからなぁ」
番傘の親分があくびした。
「行くぞ。早くしねぇと野宿になるぞ。俺たちは平気だが、タカは野天で眠れるか? 」
縁起でもない番傘親分の言葉に、タカは出発を決意した。
「外歩きには良い季節だなぁ」
そう言っている番傘の親分は一歩も歩いていなかったりする。町中ではすれ違う住民たちと挨拶したり、番傘の親分とビニール傘に初対面の住民に紹介してもらったり、それなりに忙しかった。町を出てからは誰ともすれ違わない。
タカはどこまでも続く道に飽き始めていた。
「あのちょっと聞いてもいいですか」
「ん」
タカの頭の上からは、番傘の親分のご機嫌な声が振ってくる。
「親分の生い立ちとか」
タカはなんとなく聞いてみただけだった。
「俺のか? 聞いたところで面白くねぇぞ。ま、とある親分の傘であっちこっちを親分と旅して、最期まで看取ったなぁ。その程度さ」
どこかさみしげな番傘の親分の声にタカがしんみりとした気分になった。
「
どこかで聞いたことがある壮絶な話に、タカは首を傾げた。
「親分がなくなった後は、遺品の俺は養子に貰われてね、大事にしてもらったのさ。お陰で付喪神になれたようなもんだが。付喪神になっても、親分にはもう会えねぇんだから、ちょっと寂しいねぇ」
タカの頭上でのんびりしている番傘の親分だが、なんとうか劇的な人生、いや聞いてびっくりの傘生だ。
「凄いですねぇ」
「おぉ。海道一の大親分ていやぁ、俺の最初の持ち主よ」
「そうですか」
絶対に聞いたことがある言葉に、タカは番傘の親分の持ち主が誰かを察した。まさかの超有名人、あまりに劇的な人生に空想上の人物かとも思われている人物だ。
「相棒は?」
「あっしは祖父さんと祖母さんに大事にしてもらったからっすよ。ほら、あっしらビニール傘なんて、大抵使い捨てっしょ。あっしたち以外も、今はなんでもかんでも使い捨てばっかしでねぇ」
タカも身につまされる話だ。タカもビニール傘を使い捨てとまではいかないが、数年程度しか使わない。傷んでくるし、錆びてくるし、風が強い日にはそっくり返ってしまう。
「さっさと捨てちまう時代に、祖父さんと祖母さんはあっしを大切にしてくれてねぇ。まぁ、雨の日は傘に、晴れた日は杖にってんで毎日一緒に散歩してたんっすよ。祖父さんは器用な人で、あっしの少々の不具合なら自分で直してくれやした。祖父さんが亡くなったあとは祖母さんと散歩してました。祖母さんが祖父さんとこに
タカと一緒に歩いているビニール傘の相棒が元気一杯なのは、その頃の名残かと思うと少し面白い。
「直しながら使ってくれて、あっしもいろんな年寄りの昔話を聞きながら散歩して楽しかったっすねぇ。でも、施設の親分が代わっちまって、古い傘など捨てちまえって言い出したんすよ。あっしを最後に使った爺さんに、捨てたら可哀想じゃろって廃品回収にあずけられたんっす。新しくなにかに生まれ変わってこいよって送り出してくれやした」
タカは、ビニール傘の相棒が老夫婦に大切に使われていたことは知っていたが、詳細までは知らなかった。どれほど多くの人が、ビニール傘の相棒と時間を過ごしたのだろう。
「俺の相棒は、沢山の人の相棒だったんだね」
タカの言葉に、ビニール傘の相棒が照れくさそうに揺れる。
「最近はすぐに捨てられる奴らばっかりでねぇ。付喪神は増えねぇのかって思ってたら、コイツが現れてねぇ。若けぇが俺たちにとっちゃこいつは希望の星よ」
番傘の親分がビニール傘の相棒にかける声は優しい。
「祖父さんと祖母さんのおかげっす」
ビニール傘の相棒の心の中には、今も二人がいるのだろう。
「祖父さんと祖母さんは、あっしだけじゃなくて、色んな人と仲良くしてましたから、あっしも色んな人に大事に可愛がってもらえたんっすよ」
「そうなんだ。付喪神になるには百年は必要って俺は思ってたけど」
「タカだけじゃねぇ。全員思ってたさ。多分なぁ、コイツをかわいがってくれた御長寿の方々がきっと、毎日毎日一日分以上にかわいがってくれたんじゃねぇかって俺は思ってるよ」
番傘の親分の言葉に根拠はない。
「きっとそうだよ」
雨の日も晴れた日も、自分を支えてくれた傘ならきっと大切に思うだろう。タカの心からの言葉だった。
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