第4話決闘?当然何でもありよね?

 決闘の申し出が拍子抜けなほどあっさり受け入れられたほくそ笑んだフレーゲルは、余計な横槍が入る前にと事を急ぎ。

 また、涼花も金に目が眩み、双方合意の下で近く、設備があり公平になる場所、という事で双方に係わりの少ない修道魔術師団が仮拠点としている修道教会へと向かった。

 フレーゲルと涼花、互いに自分が勝つ事しか考えていないので双方共に幸せなのだが、問題はテレジアとオタカルだ。

 勇者と高位貴族の子息、どちらが勝っても禍根が残る。

 もし、どちらかが後遺症の残るような怪我をしたり、死んだりしたら傍観していましたではすむ筈がないのだ。

「フレーゲル様、こんな事をしてお父上に知れたらどのような叱責を受けるとお思いですか!?」

「俺は父上の名代で来ているのだ。みすみす勇者の座を何処の馬の骨とも知らない下品な女に渡した方が問題になると思わんか?」

「涼花様。本当に危険です。今からでも遅くはないのでお止めになりませんか?」

「大丈夫よ。アタシはこう見えてチャンバラでは負け知らずの女武蔵と呼ばれていたのよ?津宮式二天一流を味あわせてあげるわ!」

 しかし、双方とも制止の言葉に聞く耳を持たず、それぞれフレーゲルは装飾の多い特注の鎧、涼花は修道騎士団から借りた訓練用の鎧に着替え異常がないか軽く体を動かしている。

「カワサキ!剣!」

 30キロはあろうかという板金鎧を着込みながら、身軽にハンドスプリングを決めカワサキに向かって手を差し出す。

 涼花はカワサキから肉切り包丁に似た幅広の剣、ファルシオンを二本受け取ると曲芸に様に軽く振って具合を確かめた。

「それに甲冑を着込んで訓練用の刃を潰した剣で戦うんだからそうそう大怪我はしないわよ」

 切っ先をフレーゲルに向けると、あちらも準備は終わったようで意趣返しのように大剣の切っ先を涼花に向ける。

「え、あの――」

「準備はいいようだな!」

 言いかけたテレジアの言葉を遮るようにフレーゲルは声を上げた。

「ええ、準備OKよ!」

 その言葉を合図に、双方は訓練に使われている広場の中心に歩み寄ると、5メートル程の間合いを取り、互いに剣を構えた。

「俺様は寛大だ。今この場で泣いて詫びるなら許してやってもかまわんぞ?」

 フレーゲルはその身にピッタリとあった、装飾も細やかな豪奢な鎧を身に纏い、鋭く鋼の輝く大振りのバスタードソードを両手で持ち、低い位置に構えた。

「はっ!そっちこそ身ぐるみ置いていくなら命までは取らないでおいてあげるわよ」

 対する涼花は、借り物のその身には少々大きな鎧に着られながらも二本のファルシオンを両手に持ち、左半身を前に押し出すように半身に構えた。

「威勢だけはいいようだな小娘っ!ロートリンゲン、貴様が開始の合図を出せ!」

 フレーゲルに指名されたオタカルは困り顔、いや、諦めた表情で観衆の中から歩み出る。

「勇者様も俺でいいでしょうか?」

「かまわないわ」

 涼花にまで承諾されてしまったオタカルは、気持ちを切り替えるように小さく深呼吸すると、ゆっくり右手を上げた。

「両者よろしいですか?」

 相手を見据えたまま頷く涼花とフレーゲル。

 オタカルは右手を振り下ろし、短く声を発した。

「開始っ!」

「先手必勝っ!!」

 合図と同時に涼花は左手の剣で切りかかった。

 一切の躊躇のない剣撃は、少女が片手で振るっているとはとても思えないほど、否、達人の一撃のような驚くべき速さでフレーゲルへと迫った。

 対するフレーゲルもその速攻に一瞬驚いたものの、大貴族の子息に相応しい高度な教育、訓練を受けていた実力は確かだった。

 その体は考えるよりも早く、反射的に迫り来る凶刃を迎え撃つべく涼花の剣撃に刃を合わせた。

 しかし、そこまでは全て涼花の思惑通りだった。

 彼女は決してフレーゲルを貴族のボンボンなどと甘く見てはいなかった。

 戦う者である貴族が、それも代理勇者に選ばれるほどの男が弱いはずなどないと理解していた。

 故に相手に流れを掴ませてはならない、イニシアチブをとる為に速攻に出たのだ。

 短い刀身ながら重いファルシオンだが、フレーゲルの構えるバスタードソードよりは明らかに軽く早い。

 その速さについて来れずそのまま切り捨てられれば御の字。

 慌てて避けたり、バスタードソードで受けたとしても残る右手のファルシオンで勝負を決める。

 涼花はそう考えていた。

「もらったっ!」

 途中までは涼花の思惑通りだった。

 しかし、双方の剣の刃がぶつかり合った瞬間から、涼花の目論みは見当違いのものなった。

「なぁっ!?」

 剣戟の衝撃に備えていた涼花の肩は、まるで軽くなったかの様にそのまま地面に振り下ろされた。

 涼花のファルシオンはフレーゲルのバスタードソードによって、触れた場所からバターでも切るかのように切断されたのだ。

「なんだとっ!?」

 すんでのところでつんのめり、切り飛ばされた刃で前髪を数本散らした涼花へフレーゲルのバスタードソードが迫る。

「ぬぉおおおおっっ!!」

 涼花は土埃塗れになりながらも地面を転がるように避けるとそのまま距離をとり立ち上がって怒鳴った。

「殺す気かっ!何なのよアレは!?訓練用の剣じゃないの!?」

 その叫びを聞きテレジアが両手を口元に当て大声で答えた。

「フレーゲル卿は魔術の名手です!魔力で強化されていれば訓練用でも鋼を貫く事が可能です!!」

「もっと早く言いなさいよそういう事はっっ!!」

 人の話を聞かなかったのは涼花で彼女自身もその事は重々承知なのだが、そう叫ばずにはいられない気持ちテレジアも理解していた。

「ふっ。一瞬驚いたが、魔術すら知らん蛮族に勇者など勤まるはずがない」

 余裕の笑みを見せるフレーゲルだが、その額の冷や汗は乾ききっておらず、心臓も未だに早い鼓動を打っていた。

 涼花の奇襲は、彼にとって想像以上であり、迎撃できたのは半分以上まぐれだった。

 もし一瞬でも反応が遅れていれば、すでに地に伏せていたであろう事は彼もわかっていた。

 幼い頃から毎日のように師から叩き込まれた剣技が彼を救ったのだ。

 これが終わったら、久しくやっていなかった基礎練習をやろう。

 フレーゲルは誰ともなしに誓った。

「もう一度慈悲をかけてやろう。勇者の座を俺に差し出し、頭を垂れて俺の下女になるのならばココで終わりにしてやってもいいぞ?」

 フレーゲルの口から出たこの不器用な降伏勧告は、彼のプライドと見下していた異郷の少女への賞賛、そして、厄介事に対する本能的な危機感の入り混じって生まれた産物だった。

「はっ!こんなところでやめられるかっての!!」

 しかし、そんな思いが涼花に届くはずがなかった。

 彼女は折れたファルシオンを一瞥すると、それを投げ捨て残ったもう一本を両手で握り構えなおした。

「二天一流が駄目なら、今度は新陰流よ!!どぉりゃぁぁぁああっっっ!!」

 そう言いながら、涼花は構えを解いていたフレーゲルへとファルシオンを大きく振りかぶり踊りかかった。

 しかし、流石に二度目の奇襲ともなると、フレーゲルも一瞬の迷いもなくすぐに迎撃に動く。

「とうっ!」

 そして、その動きに涼花がニヤリと笑った。

「なにぃっ!?」

 完全に間合いに入る寸前、涼花は残ったファルシオンをフレーゲルへと投げつけたのだ。

 驚いたフレーゲルは頭部へ迫り来るファルシオンを咄嗟に弾いた。

 キンッと甲高い音を宙に跳ね上がるファルシオン。

 切ってしまえば勢いを殺しきれずそのまま頭に突き刺さる可能性を危惧し、咄嗟に弾く選択をしたのはフレーゲルの技量と判断力の高さ故であった。

「させんっ!」

「うぉおおおおおぉっ!!」

 そこで気を抜かず、迫り来る涼花に返す刀で切りかかったのは、天賦の才と弛まぬ努力によって身に付けた修練の合わせ技であった。

 ほんの一瞬でも遅ければ、フレーゲルは涼花の体当たりを受けていた。

 しかし今、刃は迫り来る涼花を両断せんと彼女の脳天に迫っていた。

 正に刹那の差で勝利はフレーゲルのものとなる。

 彼はそう確信し、同時に頭はおかしいが、顔の良い女が潰れるのは少し惜しいと思い小さく笑った。

 その時、涼花も同時に勝利を確信していた。

「なっ!?」

「取ったぁっ!!」

 次の瞬間、涼花の脳天から真っ二つに両断するはずだった刃は、彼女の手の平の間で止まっていた。

「柳生新陰流といっただろうがっ!!!」

 涼花はそう叫びながら身を捻り、驚愕するフレーゲルの腹目掛け強力な蹴りを放った。

 キンッ!と甲高い音を立てバスタードソードは折れ、フレーゲルは数メートルは吹き飛び、墜落し、地面を転がって止まった。

「魔術のかかったバスタードソードが折れたぁぁ!?」

「人間技じゃない……」

 観衆がそのありえない光景にどよめく中、涼花は弾き飛ばされたファルシオンを拾い上げ、血反吐を吐きながらも地面を掴み立ち上がろうとするフレーゲルの下へ進んだ。

「これがサムライの奥義、無刀取りよ!」

 ファルシオンを担ぎながら仁王立ちをする涼花をフレーゲルは憎憎しげに睨み付けながら、痛む体へムチを打ち立ち上がる。

 見事だった鎧は中央にくっきりと涼花の足型が刻印されている。

「まだ俺は負けを認めいていないぞ!」

 不屈のプライドでそう強がるフレーゲルに涼花はニヤリと性悪な笑みを浮かべた。

「いいわよ。アンタが降参するまで付き合ってあげるわ」

 掲げられる刃の潰されたファルシオン。

 フレーゲルはプライドの張り所を間違えた事に気付いた。

「こっからは津宮流チャンバラ術だっっ!!」

「まっ、まっっ――――!!」

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