推しのガールズバンドがドームに行けなかったので、過去に戻って軌道修正します。

オメガ

第1話 プロローグ①

「今日は皆来てくれてありがとー。次でラストの曲になります。

最後に有終の美を飾りたいので、みなさん思い残すことのないように、

残ってる力、全部出し切っちゃってくださいね」


ボーカルが言い終わるやいなや、観衆達の野太い声が返ってきた。

別れを惜しむ声や、悔いの残らないように喉がはちきれんばかりの声援を飛ばすもの。

それらが合わさり地鳴りのように会場を揺らす。本日一番の盛り上がりだ。

それとシンクロするように、ギターが弦を奏でた。心地よいリズムがこだまする。

その旋律はファンなら当然しっている。

彼女たちガールズバンドのデビュー曲だ。

キーボードが腕を突き上げ観客をあおる。それに応えるように歓呼が響き渡った。



2000人収容できるライブ会場ではあるが半分以上が空席だった。

だが最終のライブとあって観客の熱量は凄まじく、満席と変わりないほどの存在感を放っていた。

結成10年目のガールズバンドが解散することに悲しさはあれど、

応援し続けてよかったという面持ちで各々が一心不乱に声援を投げていた。


ただ一人を除いては。



「くそ。俺がもっと、頑張っていればこんなことにはならなかったのに」


最後列に位置する男の目から一筋の涙が流れた。解散することへのファンの傷心の涙ではない。

悔し涙である。この男、己の不甲斐なさでバンドメンバーが解散すると思っているのだ。


啜り泣いている彼、近藤大吾はガールズバンドの所属事務所の運営、及びマネージャーでもなければ音楽の関係者でもない。

肩書きで言えばただのファンだ。権限など何一つない。なのに自己に責任を覚えている。

自意識過剰の痛いファンに見えるがこれには深い理由があった。



大吾は服の袖で涙を拭いステージ上を見やった。

視線の先にはベースをリズミカルに弦を弾く女の子がいる。

ボブヘアーの黒髪が特徴的な可愛らしい子だ。奏楽最中ギターと目配せして音を合わせている姿がなんともいとおしい。彼女に思い入れのある彼にはその情景が、人間の形を借りた天使に見えたはずだ。

次いで興奮を抑えられずに人目を気にせずに騒いでいただろう。

いつもの彼なら。



「円香さん。約束守れなくてすまない」

大吾はぽそりとつぶやいた。失望の入り混じった声であった。

悔しくて握り込んだ手がぐんぐん血色がわるくなっていく。


なぜ彼がこんなにも悔しがっているのか説明するには、大吾と彼女の出会いから話さなければならない。



時は10年にも遡る。大吾が高校2年の入学式の時だ。




県立桜ヶ丘高校。

校門から出てすぐに桜並木の歩道がある。この学校の開校日の記念に作られた歩道で、

長年たくさんの学生達から愛されてきた名所だ。

太陽の光を浴びた花びらが、輝きながら舞い踊る様相を登校した新入生は目の当たりにし、

幸福な気分で胸を躍らせるという。


そのような趣を感じさせる学び舎の前に三人の人影があった。


「今から新入生のお前達に男としての教訓を捧げる。心して聞くがいい」


大柄の男が、けたたましく言いはなった。


「はい。大吾の兄貴」「耳かっぽじって聞きます!!」

それにずんぐり坊主頭の男とヒョロ長の男が大きな声で返事をした。


高校2年生になった近藤大吾は、新入生二人に演説をしていた。


後輩となる二人と対面し、偉そうに腕を組む。そして顎を突き出し見下ろすような形で教えを説いている。

対して後輩二人は足を大きく広げ、後ろに手を回している。まるで応援団のようだ。

初々しさを微塵も感じさせないお門違いな光景だった。


ちなみに後輩二人とは中学の柔道部からのつきあいである。

男気あふれる大吾に惹かれたずんぐりの和也とヒョロ長の智樹は、兄貴と慕い

高校までついてきたのだ。

人生の肝心な分岐点をも迷わず決めてしまうほどの彼らの崇めたてる眼差しに、大吾は悪い気はしなかった。むしろ誇らしく思っている。

俺を慕って入学したからには、ダサいところは見せられないな。と密かに思う所存であった。



「まず初めに、この学校は男子校だった中学と違って共学だ。

お前たちのことだ、おおかた色恋まみれのムフフな展開を空想しているのだろう。

まぁ男子校出身なら無理のない事だ」



出し抜けに何を言い出すんだと当惑の表情を浮かべる二人。


「い、いや俺は別に」「俺もそんなこと考えてないっす」

「嘘をつくな」言下に否定した。

「は、はぁ」


「いいか共学ってことは女と接することは山ほどあるだろう。

断言するが女性経験のないお前らはそこらの女に鼻を伸ばすことになる。

次いで女のけつを追っかけて、あわよくば密会にふけたいと思う。

元来なら、かような色事は自然の摂理。だがしかし」

一泊おいて目を見開いた。


「俺の舎弟になる以上、

そういう浮ついたことは一切許さん。

俺は女に入れ込むだせい男が大っ嫌いなんだ」


後進二人はキョトンとした顔で、お互いを見交わす。


「あのー。大事な教訓ってのはそのことで?」


先に口を開いたのは智樹の方だった。

「ええと要するに女に浮かれるなってことですか?」


和也も続く


「あぁ、そうだ重要なことだからな」

さも当然と大吾は言った。



尊敬している大吾がなぜこのような事を教訓にしているのか、

二人は熟慮した。やがてある答えに察した。

たぶんこの人、拗らせた童貞だ。



予想は当たっていた。硬派に生き抜く大吾は生まれてこのかた女子と付き合ったことがない。

学園では彼を慕い周りに集う者もいるがもれなく全員男だ。

柔道一筋で己に厳しく取り組む姿は同性から共鳴を得られるのだが、

女子から見たら男臭くて近寄りがたいのだろう。


本人も当初はそんなもんだろうと気にしてもなかったが、

彼のクラスの軟派な男が女子と戯れてるのを何度も目の当たりにするたびに、

無意識にもその男に嫉妬心を抱いたのだ。

彼も多感な時期なので多少は異性に興味はあるものの、全くと言っていいほどモテない。

俺は腕っ節も知性も男らしさもある。あんなチャラついた野郎なんかより男として格が上だ。

なのに女どもは俺に見向きもしない。このわからずやめ。

そんなもどかしさが仇となって、拗らせていったのである。


「だ、大吾の兄貴の考えは理解しました。

その教えを全うしたいとおもいます」


「お、俺も女子にうつつをぬかすような事はしません」


態度に軽い怯えが混合している。だがそんな機微は大吾には伝わらない。

二人の藪蛇を突かぬような言動に彼は満足し笑みをみせた。


「分かればいいんだ。よしじゃあ今から道場に案内してやるから着いてこい」


傲然と言い放った大吾は上機嫌になって校門もくぐり闊歩する。

呆気にとられた二人も戸惑いながらも追従していった。



「大吾の兄貴しばらく見ねえうちに随分拗らせてしまったな」 


「だな共学ってのはあんなに人を変えちまうんだな」


「俺らも気をつけなくちゃな」


後輩達が拗らせ男の豹変ぶりをコソコソ話しながら歩いていた。

そうなるのは無理もないが話に気を取られていた智樹が前方不注意で

衝突した。大きな弾力壁にぶつかったように反動で後ろに倒れてしまった。


「どうしたんですか兄貴こんなとこで立ち止まったりして?」


倒れた智樹を華麗にスルーし、あけすけに和也が尋ねる。けれどもいくら待っても返事はなかった。

疑問に思い大吾の前に回り込んでみると団栗眼を剥き出し、愕然とした表情で佇んでいる。

まるで時が止まったかのようだ。

目線は上を向いており三白眼になっていた。


なにをそんな一心不乱に。和也は気になって釘付けになっている大吾の視線の先を辿っていく。

方角のからして校舎の2階だ。窓ガラスの向こうに女子生徒が見える。

華奢な体つきで無垢そうな雰囲気を醸し出しており、

ボブカットの黒髪を手ぐしでほぐしている。

目線の位置的にこの女の人で間違いなさそうだが、知己なのだろうか?


「あの女の人がどうかしたんすか」


大吾に向かって有体に疑問をぶつけた。


だが今だに無言を貫いている。

代わりに「なにー。女の話?どれどれ」と、起き上がった智樹が事情もわからず

興味津々と近寄ってきた。

「お前は黙ってろよ」ぞんざいに智樹の馬面を押さえつけた。


そうこうしていると沈黙を徹していた男が口を開いた。

「俺は運命の出会いに立ち会ってしまった」


「え?なんて言ったんすか」顔にそぐわぬ言葉に和也は思わず聞き返した。



「お前らにさっき言った教訓のことなんだが」

それに構わず大吾が神妙な面持ちで二人に顔も向けずに続ける。

二人は息を呑んで聴き入った。


「前言撤回する」


和也は諸々察した後、頷いたが智也は混迷とした表情になった。

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