最弱だからと言う理由で婚約破棄されたポジティブ小熊令嬢、実はとっても最強でした!!

水鳥楓椛

第1話

◻︎◇◻︎


「リリアーナ・ポーラーベア!シロクマでありながら最弱な女め!今日こそその弱い力が我慢ならん!今この瞬間をもって、婚約を破棄する!!」


 黄金で彩られた色彩鮮やかなダンスパーティー会場の中央で、唐突に事件は起きた。


 タテガミのように雄々しく広がる黄金の髪に、不機嫌そうに揺れる毛先の長い毛が特徴的な優雅な尻尾。豪奢な軍服を身に纏った二メートル越えの筋骨隆々としたライオン獣人にして獣王国王太子ディートリヒ・マーライオンの言葉に、三大公爵家が一つポーラーベア公爵家が末っ子のリリアーナ・ポーラーベアは、ぱっちりと大きなアイスブルーの瞳でぱちぱちと瞬きをした。


 筋肉の美しさと力の強さが全ての国である獣王国に生まれたリリアーナは、最強の一角であるシロクマ獣人に生まれながら身体が小さく、とても弱い。


 シロクマ獣人特有の純白のストレート且つ内巻きの髪を肩上で切り揃え、くりんと小さな尻尾が見えるパステルブルーのプリンセスラインドレスを身につけた姿は、十センチ近くあるハイヒールを履いてなお身長が百五十センチちょっとにしか見えないことも重なり、少女にしか見えない。あまりの小ささから成人を迎えているのにも関わらず、小熊令嬢と言われてしまっている始末だ。

 アンバランスに大きくたわわな胸も良くないらしく、ムキムキが好まれる獣王国では常に醜いと嘲笑わられてきた。


 そういう理由もあって、リリアーナはずっと前からこの婚約破棄を予想していた。

 だからこそ、満面の笑みで頷く。


「はい!承知いたしました!!」


 リリアーナの言葉に、表情に、狼獣人のベアトリーチェ・ウルフ公爵令嬢の腰を抱いていた傲慢なディートリヒの顔が驚きに染まった。


「な、なっ!?」

(だって私、ディートリヒさまのこと大っ嫌いだもの!!)


 小さい頃からことあるごとに、小さくてまん丸な熊耳を引っ張られ、尻尾を引っ張られ、髪を引っ張られ、転ばされて踏んづけられることもあったリリアーナは、元凶たるディートリヒが大嫌いで大嫌いで仕方がなかった。


 強さが全てのこの国で、リリアーナは強さではなく優しさを求めていた。

 強い男と結婚することが誉と言われようとも関係ない。


 リリアーナは婚約破棄を突きつけられてしまった瞬間に小躍りを始めてしまうぐらいに、ディートリヒと結婚したくなかった。


 くるっと唖然としているディートリヒから視線を外し、彼に腰を抱かれている同じ三大公爵家が一角であるウルフ家の長女たるベアトリーチェに視線を向けたリリアーナは、満面笑みで彼女の方にたたっと近づき、彼女の両手を包み込むようにして手を握る。


「ベアトリーチェさま!ディートリヒさまを奪ってくださり、本っ当にありがとうございます!!毎日お耳が千切れちゃうっていうぐらいに力一杯に引っ張られても、グズノロマってディスられながら泥水を浴びせられても、満面の笑みを浮かべて『ご指導ありがとうございます!』って言うのがディートリヒさまの婚約者として円満に暮らしていくコツです!!ディートリヒさまの婚約者のお仕事、頑張ってくださいね!!私、応援しています!」


 美しいグレーアッシュのツンツンと尖った髪を頭上高くでポニーテールにし、真っ赤な血色のマーメイドラインのドレスと黄金と黒曜石でできたティアラを身につけたベアトリーチェは、「ん?」と言った顔で首を傾げている。悪役令嬢すらも泣いてしまいそうなぐらいに凶悪な釣り上がった黄金の瞳が、ちょーっとだけ揺れているのを無視しながら、ぴくぴくと熊耳を震わせご機嫌いっぱいに振る舞うリリアーナは、この国の基準で最も美しいベアトリーチェの腕をブンブン上下に振る。


 満足いくまでベアトリーチェに向かって自分勝手に振る舞ったリリアーナは、彼女の手をパッと離して未だ若干放心しているディートリヒに、満面の笑みを浮かべる。


「じゃあディートリヒさま!婚約破棄の慰謝料として一発ぶん殴らせていただきますね!!」

「んっ!?」


 底抜けなポジティブ小熊令嬢リリアーナは、大嫌いな婚約者と婚約破棄した今こそ、最弱と言われてなお隠し続けた隠し玉たる真の力を解き放ち、魔法の呪文を唱える!!


 腕にいっぱいいっぱいに魔力を込めて、全力の叫び。


『くまパーンチ!!お星さまになぁーあれ!!』


 王宮の屋根を突き破って勢い良く吹っ飛び、お星さまになった元婚約者たる王太子、そして唖然とする貴族たち。


「ふぅー、つまらぬものを吹っ飛ばしてしまったわ!!」


 肉体的には軟弱な、満面の笑みを浮かべているリリアーナ。

 しかしながら彼女は人類最高峰の身体強化魔法の使い手であった。


「ひ、」

「ひ?」

「ひっ捕らえよおおおおぉぉぉぉ!!」


 首の軍部を司っている猪獣人の騎士団長さんの言葉を受け、多くの兵士が一気に武術の構えを取ってリリアーナを囲い込む。

 隙のない動き、けれどそれはあくまで、“肉体戦”に於いてだ。

 魔法を扱った線問いが得意であるリリアーナにとって、肉体戦特化型の包囲網など屁でもない。というか、肉体戦特化型の陣形ほど崩しやすいものはない。


「ふっふっふー!レッツファイティング!!」


 東の国の戦闘で用いられているという発勁を魔法で擬似的に作り上げ、敵兵の陣形のど真ん中に『くまパーンチ!!』と叫びながら勢いよくズッボーン!!と打ち込むと、リリアーナのことを侮っていた兵士たちの陣形が総崩れし、あとは首筋に手刀を入れるのみという状態となった。リリアーナは満面の笑みを浮かべて「きゃきゃっ」と楽しげな声を上げながら、コココッとハイヒールの踵を鳴らして、『くまアターック!!』と叫び全ての兵士を戦闘不能にする。


「次は?次は?」


 わくわくとしているリリアーナの声に、表情に、貴族たちは唖然とする。

 国の精鋭揃いたる騎士団が一瞬で壊滅した状況に、自らが最弱だと罵っていた少女の纏う圧倒的な覇気に、腰が砕ける。


「では、僕が行かせてもらおうか」


 戦闘で気分が高揚しているリリアーナの耳を通ったのは、見知らぬ涼やかな声。

 嫌悪も恐怖も感じられない穏やかな声は、家族以外からは感じたことのない温かな音色をしていた。


 人垣を掻き分け現れたのは、身長百八十センチ越えの少し小柄な細身の男性。

 漆黒の猫っ毛を半分だけ撫で上げ、琥珀の切れ長の瞳に穏やかな色を宿している男性の頭上には耳が乗っておらず、一瞬だけ首を傾げたリリアーナは、顔の横側についた皮膚と同じ色の楕円の耳に手をポンと打った。


「外交官の………!ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございませんわ。ご生憎様、少々ることが立て込んでおりましたので………、」


 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら優雅に足を引き、腰をゆっくりと落としたリリアーナは、ふわっと愛らしい微笑みを浮かべた。シャラリと揺れる純白の髪の上では、銀とアクアマリンで彩られた豪奢なティアラとお花畑のように飾られたネモフィラが美しく輝いていた。


「獣王国の三大公爵家が一つ、ポーラーベア公爵家が娘、リリアーナと申します。以後、お見知りおきを」


 ちょっぴり地の滲んでいるドレスと血に濡れている髪、そして赤く染まったグローブで満面の笑みを浮かべているリリアーナに、外交官の男はうっとりと微笑む。


「レイモンド王国が第3王子、外交官を勤めているルフェーブル・レイモンドです。お麗しい姫君、あなたと踊る権利を僕にいただけませんか?」


 たくさんの屍が積み上がっているダンスホールの中央で跪いたルフェーブルに、リリアーナはぽっと頬を赤く染め上げた。心から求めてくれていると分かる声の響きに、リリアーナの心はぽわぽわと浮つく。


「はい!!」


 かっこいい男性にダンスを申し込まれて、嬉しくないわけがない。


(あんな大っ嫌いな男と婚約を我慢していたご褒美がこんっなにも素敵なものだったなんて!!)


 ルフェーブルの合図に合わせて、慌てた様子の楽団たちが美しいダンス曲を奏で始める。

 屍が転がるダンスホールの中央、リリアーナとルフェーブルは唖然としている貴族たちを置いてけぼりにして、心の底から幸せそうな表情で舞い踊る。


「あぁ、なんと麗しい姫君なんだ!!」


 耳元で囁かれたリリアーナは、「あうっ」と言いながら、ルフェーブルの足を思いっきり踏み抜いた。一瞬ピシリと顔がこわばるも、微笑み続けるルフェーブルは、それから曲の終了まで何度踏まれようとも決して微笑みを崩さなかった。

 その胆力に、その根性に、獣王国の貴族たちが恐れ慄く。


 曲の終わり、ルフェーブルが小さく詠唱を紡ぎ、大規模な魔法が展開される。美しき光の蝶が舞い羽ばたき、魔力の粒を会場内に降らせる。


「リリアーナ・ポーラーベア公爵令嬢、僕のお嫁さんとして共に世界中の美しい場所を旅致しませんか?」


 好奇心に満ちたアクアマリンの瞳を持つリリアーナに跪いたルフェーブルは、彼女の左の薬指に口付けながら、真摯な顔を向ける。

 じわじわと赤く染まる頬、小さくわななく桜色のくちびる。

 アクアマリンの瞳からぼろぼろと涙を溢れさせたリリアーナは、今日一番の満面の笑みを浮かべる。


「はい!!」


 ずっとずっと、いつかは幸せになれると信じてきた。


 信じて微笑んできた。


 信じて信じて、信じるたびに裏切られて、そしてその度に、悲しみを覆い隠すために笑ってきた。


 どんどんどんどん心が苦しくなって虚しくて、でも大丈夫って自分に言い聞かせて、いつも微笑んできた。


 リリアーナはやっと自分が報われた気がした。


 お星さまになって染まった元婚約者に手を合わせたリリアーナは、次の瞬間ルフェーブルの手をくいっと強い力で引っ張り、無理矢理に立たされた彼の腕の中にぎゅっと収まった。


「私、北の海が見てみたいです!!あとあと、夏の夜空と、東の国の桜!あとは!あとは………!!」


 きらきらと好奇心に輝く瞳。

 幸せだって口にしなくても伝わってくる満面の笑みを浮かべた顔。


 リリアーナの全てに一目惚れしたルフェーブルは、彼女を抱きしめ返す。


「必ず幸せにする」


 大きな木を松葉杖にして必死に王宮へと帰ってきているディートリヒ、恋人をお星さまにされて放心しているベアトリーチェ、考えることを放棄し呆けた顔をしている貴族たちを置いてけぼりにし、リリアーナとルフェーブルはぽっかりと穴の空いた王宮の屋根から降り注ぐ月光の下で永遠とわを誓う。


 〜数年後、とある国では婚約破棄された令嬢は、元婚約者の頬を『くまパーンチ!!』と言いながら思いっきり叩き月光の下で永遠を誓うと幸せになれるという言い伝えが広がったらしい〜


◻︎◇◻︎

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