もう一人いる

諸星モヨヨ

第1話

「この間の誘いの件、今週末俺予定空いてるけど、どうする?」

 菊池きくち 二奈になは口に含んでいたカフェラテを吹き出しかけた。

 そこにいたのは顔立ちの整ったイケメン。何度見ても、そこには中島なかじま 隼人はやとがいた。

 社内でも一二を争う営業マン。顔立ちもよければ、要領もいい。

 要領も悪いし、見てくれも凡庸な自分と正反対。そんな彼が話しかけてきたのだ。混乱して当然だった。


「え、な、なんて……?」

 無理矢理カフェラテを飲み干し、二奈は聞き返した。

「いやだから、こないだの食事行こうって話。俺丁度、週末空いてるからさ」

 何を言っているのかは分かったが、意味が分からなかった。

「しょ、食事? 中島君、誰かと勘違いしてるんじゃないの、かな」

 二奈は固い笑みを浮かべ、隼人に返答した。

「勘違いって、菊池から誘って来たんだろ? 先週廊下で話したじゃんか」

「わ、私が……? 誘った?」

 あり得ない。口下手なのは誰よりも承知だ。自分から食事に誘うなど、ありえない。

「なんだよ。お前から誘っといて。ま、お前が行きたくないんなら別に俺は――」

「行きます行きます! もちろん行きますよ! 行くよね?二奈?」

 二奈を遮って、友人の半田はんだ 国子くにこが会話に割って入る。隼人に話しかけられた衝撃ですっかり存在を忘れていたが、ほんの数秒前まで彼女と談笑していたところだったのだ。

「行くよね? 二奈?……二奈?」

 彼女の目が訴える強い圧力に、二奈はコクコクと点頭した。

「う、うん。いく。行くよ今週末、食事」


「おっけ。じゃ、また連絡する」

 去って行く隼人の後ろ姿に、脱力した二奈は、すぐさま国子に掴みかかった。

「ちょ、国子っ! なんで勝手に!」

「勝手にって、あんたが誘ったんでしょ? ったく、なんか地味なふりしてやることやってんだから」

「違うんだって、私はホントに――」

「でもわが社のアイドル、中島 隼人を食事に誘うなんて、こりゃ失敗は出来ないね」

「えっ……ええっ?」

「そりゃそうでしょ。いきなり大胆な行動に出て、これで散々な結果だったら社内でも噂になり……女子社員からは白い目で見られ……ただでさえない居場所が今よりもっと……」

「や、やばい……やばいって……」

「大丈夫だって、そんな焦んなくても……ほら、口に髪の毛付いてる」

 国子が二奈の口から出た髪の毛をそっと手に取る。

「週末までまだ時間あるんだから、今から準備すれば大丈夫だって」


「そう、大丈夫だよね……」

 独り言ち、二奈はベットから跳ね起きた。

「いや、大丈夫じゃない!」

 二奈は壁に掛かったカレンダーを見る。Xデーを意味する大きな丸が付けられた週末は、明日に迫っている。

 にもかかわらず、何の準備もしていない。この一週間、迫りくる恐怖に対し逃避するだけで精一杯だった。

 店は隼人が予約してくれてはいたが、それ以外には何のプランもない。明日着ていく服もまだ決まっていなかった。


 「そんな男と2人の食事で着ていく服なんか持ってるわけないし……」

 頭の中で二奈は持っている服を思い出してみる。キャラTやアニメのパーカーはすぐにかき消し、もっと常識的な服を思い出す。

「だ、ダメだ…………普通の服も紺とかグレーの地味な服しかない……」

 今まで人目を避けてきた弊害だと、二奈は頭を掻き毟る。

 ダメもとでクローゼットを開いた二奈は、声を上げて、手を止めた。

 そこには見たことの無い服が一着。それも全身揃った状態で掛けられていた。白いアウターに派手過ぎず地味過ぎないスカート。

「これなら、大丈夫そう……でも……」

 これは誰の服?――

 二奈にはその服を買った記憶がなかった。見たところ新品で、まだ服にはタグが付いている。様々な疑問が沸き上がってきたが、すぐに差し迫った現実がその疑問をかき消した。


「いや、それどころじゃない。服は大丈夫だったとしても、明日そもそも何話せば……」

 生唾を飲みこむ。口の中に違和感を覚え、いつの間にか飲み込んでいたらしき髪の毛を指で絡めとった。

「というか、男の人とまともに話すの……これが初めてかも」

 溢れかけた涙を拭い、顔を上げると――

 二奈はタクシーの中にいた。シートと消毒の臭いでハッとして辺りを見回す。

「じゃ、今日は楽しかった。菊池ってこんな面白かったんだな。また、食事行こうぜ」

 タクシーの外に立った隼人が笑顔で手を振っている。

「は……へ?」

「じゃあ、また」

 有無を言わさず、タクシーのドアが閉まる。咄嗟に日付を確認すると、Xデーの夜になっていた。食事をした記憶は、全くなかった。



つづく


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