鬼守りの墓じまい

またり鈴春

第1話 墓じまい

 うだるような暑さの中、俺こと生田延治いくたえんじは墓参りに来ていた。


「うわ……あっつ」


 ミーンミーンとセミの鳴き声、ジリジリと唸り声をあげそうな日差しの強さ。あぁ、帽子を持ってくれば良かったな――なんて後悔する俺の頭上には、ハンカチ一枚。気持ちばかりの日よけだ。


『さて、今日つくるお料理は~!』

『明日は所により雨が降ることでしょう』

『この村で連続殺人事件が発生して十五年が経ちました』

『地元の協力を経て、今日だけ特別に撮影許可を頂きました! わぁ~、こうやって作られているんですね!』


 こんな暑さだというのに、クーラーもかけず窓を開けている家がある。一軒どころではない、かなりの数だ。そこから漏れるテレビ音……内容を聞くだけで、視聴者の年齢の予想がつく。


「さすがは田舎、か。じーさんばーさんしかいねぇな」


 少子高齢化、過疎化。これらの波を受けているのは、この村も同じらしい。


「クーラーつけないと倒れるぞ~って、聞こえるわけないか」


 耳の遠くなったご老人たちに、外からの俺の声は聞こえるわけない。でも……それなら、ちょうどいい。俺がこれから「大きな音を立て」ても気づかない方が、ここの村人たちのためだ。


「さーて、いっちょうやりますか」


 墓地に到着する。高さが不揃いの墓がある中――俺は、高さも奥行きも何もない、空っぽの墓の前に来た。墓の前、といっても、そこに墓があるわけではない。なぜなら、先祖代々の墓は、この前「墓じまい」したからだ。


 だけど――墓じまいをした日から異変が起こった。


「毎晩おこる金縛り、誰もいない部屋からラップ音、子供の笑う声……勘弁してくれよ。俺って一人暮らしなんだっての」


 そう。一人暮らしのアパートから、続々でてくる怪奇現象。文字通り背筋がゾクゾクしっぱなしの俺は、今日――


 大量の塩を持って、ココにやってきた。


「念仏も唱えてやったってのに、何が気に食わないんだか。ご先祖さんよぉ、アンタらの帰る家は俺のアパートじゃないだろ? なら大人しく……

 さっさと成仏して、あの世に行けよ!!」


 バサッと、手に握った大量の塩を振る。

 瞬間「うわ!」という悲鳴が聞こえた。


「このあっつい中、雪が降ったかと思ったら……しょっぱ。灼熱で沸騰した海水が、あられになって降ったわけ?」

「え……、人?」


 さっきまで誰もいなかったのに――という疑問は即座に消えた。なぜなら、悲鳴の主が、なんともヘンテコな格好をしていたからだ。何も考えられないほど目を奪われる。


「紺色の浴衣にスニーカーに帽子って……それキャラ作りとして無理ねーか?」

「あと銀髪も足しておくように。僕の最大のトレードマークだからねぇ」


 言いながら、の男は、ニヤリと笑った。糸目な事もあって、何を考えているか分からない。その男は、どこか飄々とした雰囲気がある。


「あーあ、全身塩まみれになっちゃったな。僕が無病息災で良かった。どこかに傷を作ってたら、そこに塩がしみて大変なことになってたよ」

「……悪かったな」


 大げさな言い方が鼻につく。でも実際、塩を振りまいたのは俺だし……。すると、追い打ちをかけるように「だいたいねぇ」と男が喋り始めた。


「墓じまいの時、ちゃんと供養したって? そんな脳天気な事を言ってるのは、生きてる人間だけよ。意味わからん念仏唱えられて、それでお引越ししましょうじゃ、彼らも納得いかんわけ。そして宿になる」

宿無やどなシ?」

「簡単に言うと、あてもなくさ迷ってる幽霊のこと。世間では浮遊霊って呼ばれてるんじゃなかったっけ?」


 聞かれても困る、と返したかったがココは我慢。「それで」と、続きを促す。


「俺が苦しんでる怪奇現象、アレも宿無シの仕業ってのかよ?」

「そういうこと。んで、その宿無シを、僕が回収して回ってるわけですけどね。いやぁ、これが追いつかないんですわ。ミニマリストだか、ミニトマトだか知らんが、なんでも手持ちの物を少なくすりゃいいってもんじゃないのよ、世の中」

「……」


 盛大に滑っただろう「ミニトマト」にはあえて触れず。再び「それで」と促した。


「例え相手が死んでる人でもさ、きちんと推し量ってやんなきゃ。気持ちを汲み取るって、そういう事でしょ。木魚を叩いて”ハイさよなら”じゃ、恨みつらみは増えるばかりよ」

「……そう、かもな」


 なかなか墓参りに来られないし、放置しておくよりはいいかと思って墓じまいしたけど……ご先祖様からしてみれば、慣れたこの地でのんびり過ごす方が幸せだったのかもしれない。そりゃ、怒るのも無理ないか。


「ウンウン。反省した顔になったね。よろしい。

 いかに墓じまいが罪か分かったっしょ? なら手伝いなさいよ。さっきも言った通り、人手が足らないわけだし。お前さん〝視える人〟みたいだし?」

「は? 手伝う?」

「もちろん宿無シ集めだよ~。いい助っ人ひろっちゃったわ僕。これからヨロシクね」


 勝手に言われてるけど、いやいや。俺は一言も「やります」なんて言ってない。

 それに――


「俺、忙しいんで。それじゃ」

「君ってさ幽霊――怖いんでしょ?」

「ぐ……」


 核心を突かれ、進めた足が思わず止まる。

 ……そうだよ。

 俺は掃除よりも何よりも幽霊が嫌いなんだよ。なのに、いかにも「幽霊を相手にしてます」みたいな頭イカれ野郎と一緒にいられるわけがないだろ!


「塩をぶちまけたのは謝る……けど、」

「おぉ、そうだったね。じゃあ――

 あーいててて!! なんでか分からないけど、今さら塩が目に入ったー!」

「本当に今さらだな!」


 なんなんだ、この人……。

 ため息をつきながら疲弊していると、もう一つの視線に気づく。辺りをキョロキョロするが誰もいない。なんだ、また幽霊か?


「……君さ、やっぱ才能あるよ」

「なんのだよ」


「もちろん幽霊的な才能」

「もちろんいらねーよ。のしつけて返してやる」


「ははは」


 男は「まさに豚に真珠だなぁ」と俺をおちょくりながら、体の後ろからヒョイと女の子を出した。

 ん?

 女の子⁉


「今まで後ろにいたのかよ⁉」

「いたよー。僕の後ろに、ずっとね」


 糸目を少し開けて、怪しい笑みを浮かべる男。さっさと距離をとった方がよさそうだ。

 浴衣男に、ワンピース女子。チグハグ加減が、これからの事を物語っている。天気予報的に言うなら「これからカオスが起こるでしょう」みたいな。


「じゃあ確保しようか、モミジ」

「はい」


 男が「モミジ」と呼ぶと女の子は素早く動き、見た目からは想像もつかない力で俺を取り押さえる。


「いてぇ! なんだよ、この子! プロレスラ―かよ!」

「あぁ、惜しいね!」


「惜しい」ってなんだよ――!

 身構える俺を見て、男が笑う。対して無表情な女の子。その子の背中をポンと叩いて、男は、


「僕は是々柊木これこれひいらぎ。仕事は宿無シ集めだよ。

 そして、この女の子はモミジ。たくさんの宿無シが集まって生まれた鬼だ」


 瞬間、俺の握った手から汗が絞り出る。

 クソ、この男……

 とんでもない事を言いやがった。

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鬼守りの墓じまい またり鈴春 @matari39

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