第4話 キャロルはお茶淹れが下手

「んっ………! んん……っ、ぶはっ、はぁっ……! はぁっ……!」

「ふう……、結構強くねじ込んでみてはいるが、中々届かないな。僅かだが一昨日より奥に行けている手応えはある」


「そ、そうですか、あ、んっ…………」

「辛いか。痛くはないか。そうか、じゃあこのままでいく。息は止めるなよ」


「ふっ……! ん……! んん〜〜!!」

「…………グレイ、息は鼻で確保しろ。いちいち止めるな」


 俺の千切れた魔力回路の話である。決してあなたが想像したようないかがわしいことではない。


 実験も兼ねた治療である。治療魔術師の免許はないと言っていたので確実性はないが、『こういうのは得意だから多分できる』とキャロルさんは仰っていた。……得意だから?


 まさか、こういう接触を他の人ともやっていたのだろうか。でもまだ仲良くまではなってないから、そこんところは非常に気になるのだが聞けない。


 もしも悪い想像をした通りのことを言われてしまえば。すっげえショック受けそう。睡眠時間は大切だ。その確保のために聞けないのだ。


 あと俺はそもそもショックを受ける立場じゃない。そういう意味でも聞けてない。貴人の閨でのことを聞き出すわけにはいかないじゃんか。躾のなってない平民風情とはいえ、さすがに品が無さすぎる。




 ──────




 ドキドキしながら迎えた休日、俺は模造の武具などの手入れや清掃を凄い速度で終わらせて、午後からは自由になった。昼食後に、と約束していたからだ。『お前、最近気合いすげえな』とよく言われるようにもなり、思わぬ賞賛も得てしまった。


「切れている箇所は複数だから、場所を変えてみようか。横を向いて」

「え? こうですか……ひゃっ……」


 キャロルさんはちょっと伸びて耳にかかった俺の髪を手で梳き、耳の後ろに流した。ゾクゾクとしたものが首の辺りから背中までを走り抜ける。


 そして後頭部を持たれ、期待が最高潮に膨らんだときに顔の気配を近くに感じ、濡れた柔らかい何かが耳の穴に入ってきた。温かい。これは舌か。……マジか!


 じわり、と温かいものが体内を滑ってゆく。鼓膜があるはずなのに、水が奥まで侵入してしまったような感覚だ。複数に枝分かれしながら神経を撫でられるような感じがして、今度は全身がゾクゾクする。ダメだ、声が出てしまう。


「ふっ……! んっ……、くっ…………」

「気持ち悪いか」


「いやそのっ……気持ち悪いというかっ……ぞわぞわしますっ……」

「ふーん、悪くはないか。わかった」


 さっきより勢いよく、何かがまた侵入してきた。キャロルさんの息が耳元にかかる。それを感知するたび、首筋に走るゾクゾクと、体内に流れるぞわぞわが連動する。


 この感覚は彼にこうされていること自体のせいなのか、魔力のせいなのか、全く判別がつかなかった。


「今日はもうこれ以上伸びなさそうだ。お疲れ様」


 そっと耳元をハンカチで拭われた。それが妙にホッとする。ありがとうございます、とお礼を言って見上げると、こちらを見下ろした彼が何かを見つめている。なんだろう……あっ!


「あっ、違うんです、ごめんなさ、違うんです、でもどうしても! どうしてもこうなっちゃうんです!!」

「気持ち悪かったわけじゃないんだな? 身体の具合は大丈夫だな?」


「は、はい、むしろ良かっ、いえ大丈夫です、はいっ」

「そうか。じゃあお茶を出すから飲んで行け」


 俺は動揺しながらもキャロルさんの股間をさり気なく確認した。……何にも反応していない。そりゃそうだろう、彼は治療のつもりでやっている。


 それに慣れてるって言ってた。俺がした、下衆な想像通りのことなのかもしれない。それを思うと、高揚した気分が少し沈んでいった。


「……ちょっと待ってくださいキャロルさんっ、待って待って!」

「ん? なんだ」


「なんで茶葉を入れたあとポットを回してるんですか、置いて蒸らすんですって! あーほら……全然色が出てない……」

「へえ、蒸らすのか。なんか茶葉を入れても入れても薄いなあと思っていたよ」


 口に指を当て、ポカンとした顔がめちゃくちゃ可愛い。開いた瞳がキラキラして……いや可愛いってなんだよ失礼だろ、とせわしなく思いながらお茶の支度は俺がやった。


『へえ、ちゃんとしてるな』との評価を彼からいただいた。こんな美味しいお茶じゃないけど、家で散々やってたからな。


「茶菓子が余ったら持ってけ。じゃ、また来週」


 そう言って彼は椅子に座り、帳面を出して何か書き物を始めていた。この冷静クールさがかつて通った治療院の治療師さんっぽい。


 俺がこんなにドキドキしていても、彼は違う。この先の目的だけを見ている。俺自身のことは見ていない。実験台の感情なんて彼にとっては観測範囲外のこと。


 そのことがとても寂しく感じた。暗に退出して帰れと言われているのに、扉を閉めてしばらくは、そこに突っ立ったままでいた。




 ──────




「どうしたお前、元気ないじゃん。午前はあんなに張り切ってたのに」

「兄ちゃん、俺さあ、キャ……治療魔術師さんのこと好きになっちゃったかも」


『えっマジで!? 恋バナ!?』と兄ちゃんが前のめりになってきた。あーちょっと面倒臭いかも、と思いながらも言わずには居られなかった。だって辛いんだもん。


「その魔術師さんってどんな人? 年上? だよな」

「あっ、うんそう……年上の人。でもそんなに離れてない。綺麗な人……だと思う」


「へー。若い人で綺麗系かあ。なんか仕掛けアプローチとかやったか? その人のことを色々聞くとか、誉めるとか。なんかあるだろ」

「あっ」


 そうだった。俺は何にもしていない。言われるがままあそこに行って、されるがままキスされて、促されるがまま退出して。治療院に行って帰るのと本当に変わりがない。そのことをワタワタしながら話すと、兄ちゃんはでっかいため息を漏らしていた。

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