13

 電車に乗り二駅先で降り、浮月橋に辿り着いた。夏休み真っ只中の今日は、一段と観光客の姿が目に入る。下浮月橋と瓜二つの木製の橋は欄干が低く、「泳ぎたいっすねえ」と川面を覗き込みながらのんびりと佑が言った。

 川べりを下流に向かって歩きつつ、月子が説明する。

「神様のご神体は、鏡なんだって。見る人が一番望むものを与えてくれるって話」

「気前がいい神様ですね」

「そうだねえ」瑞希の言葉に頷く。「優しい神様なんだよ」

 途中の店で団子を買い、三人でぶらぶらと道を行く。水面をかけた風は思いの外涼しく、真夏の暑さもさほど気にならない。

 浮月橋が遠くなり、観光客の姿もなくなった頃、土手の足元にぽつんと小さな屋根が見えてきた。「あ、あれだよ」いち早く気づいた月子が指をさす。

「あれが神様の祠?」

「そうそう。間違いないはず」

 佑に大きく頷き、彼女はスマートフォンを手にする。橋から直線距離にして約六百メートル。マップに書き込まれた星マークは、ちょうどこの場所だ。

 半畳ほどのスペースに、佑より少し背の高い祠がちんまりと建っている。切子屋根の朱色は褪せているが、汚れている雰囲気ではない。定期的に掃除がされているのだろう。月子の祖母の話では、近くに昔から暮らす住民には馴染み深いものらしい。観音開きの戸はぴっちりと閉まり、正面には紙垂が垂れ、小銭や野花が供えられていた。

 三人はしばらく祠を観察し、誰からともなく月子を真ん中にして横に並んだ。「ここに神様がいるんですね」佑が感慨深げに言った。

「そう。浮月川の神様」

「私、知らなかったです。多分、うちのお母さんたちも知らないと思う」

「だって、今は上流の祠がメインにされてるからね。あたしもおばあちゃんに聞くまで知らなかったし」

 でも、と彼女は続ける。

「本物っていったら語弊があるかもだけど、こっちがずっと川を守ってくれてる神様なんだよね。心が広いんだ」

 観光客を呼ぶためとはいえ、代表の地位を明け渡した神様。それでも昔からの住民はせっせとお参りをし、だからこそ川を見守ってくれているのだろう。月子の言うように、心の広い神様だ。

 瑞希は、先ほど買った団子を祠に供えた。パックの中には、白い三つの団子が串にささっている。つやつやと輝いて、見るからに美味しそうな団子を、きっと神様も気に入ってくれるだろう。

 三人はそれぞれ手を合わせて目を閉じた。祠から返事はなかったが、爽やかな風が吹いてきてなんとも心地よかった。

「ねえ、なにお願いしたの」

 祠から離れ、川べりの芝生に腰を下ろす。

「えーと、僕はね」月子の質問にもったいぶりつつ、佑はちらりと瑞希を見た。「先輩と同じだと思います」

 眉をしかめる瑞希を見て月子が笑う。

「なるほどなるほど、ぶれないねえ。じゃあ、ずっきーはなんてお願いしたの?」

「まあ、その……来年は一次に残れますようにって」

「そこはどーんと受賞って言っちゃおうよ」

「あ、ちょっと僕と違いますね。先輩が作家になれるようにってお願いしたんですよ」

 ぽんぽんと月子が瑞希の背を叩く。佑まで笑っているのがなんだか腑に落ちない。彼が自分の為に願い事をしているのが、なんだかむず痒く、やめろと言いたくなってしまう。その理由はよく分からないのだが。

「つっこさんは何お願いしたんですか」

「あたしはねえ、来年も抽選に当たってフェスに行けますように」

 月子は日焼けした腕を撫でた。

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