13

「……梓に、一泡吹かせられると思ったのになあ」

 身に覚えのない台詞に、きょとんとする。一泡って、私は彼女になにか悪いことをしていたんだろうか。

「私、何かしちゃったの?」

「だって、大地をフッたじゃん」

「大地くん?」

 想像しない名前が出て混乱する私に、小夏ちゃんは前のめりになる。

「あたしは、ずーっと大地が好きなの!」

 思わぬ告白を訴えて、彼女は背もたれに背中を押し当てた。

 私はここに来て一番戸惑ってしまう。小夏ちゃんは大地くんが好きだった。予想もしない展開。

「なのに……あたしとっても頑張ってるのに、ぜんっぜん振り向いてくれないんだもん。同じ部活にも入ったのに」

「あ……小夏ちゃんが、天文部に入ったのって」

「そう。大地がいるから、接点がほしくって」

 私と入れ違いに天文部に入った目的が、大地くんと仲良くなるため。その積極性に脱帽する。

「で、でも、小夏ちゃんは誰とでも話せるから……だから、特別だっていうの、気付いてないのかも」

「それでもアピールしてるつもりなのに」

「告白とか……」

「ほんとに好きなんだもん、そう簡単に出来ないし!」

 拗ねたように唇を尖らせて、彼女はぎろりと私を睨んだ。今度はその視線にぎくりとしてしまう。

「それに、大地が告った相手が、よりによって梓だもん」

「よりによってって……」

「だってそうでしょ、梓、大地と距離詰めようとしてなかったでしょ。あたしいっつも大地のこと見てたけど、そんな兆しなかったし」

 確かに私も、大地くんに告白されたのは、本当に驚きだった。これっぽちも予想してなかったから、すぐには返事さえできなかった。

「しかも大地をフッたって」

「えっと、私、そんな」

「すっごく悔しい! まだオッケーするならわかるよ? でも梓からフッたんでしょ。信じらんない!」

 あまりに声を出すから、一つ挟んだ隣に座っていたサラリーマンが、パソコンから顔を上げてこっちを見た。「もうちょっと、声落として……」小夏ちゃんを宥めながら、会釈をする。

「悔しくてどうにかなっちゃいそうで。その頃旭くんのこと聞いたから、梓にも悔しい思いさせようって思ったの。気になる人を横取りされる気持ち、味合わせてやろうって」

「え……じゃ、じゃあ、小夏ちゃん、旭のこと好きじゃないの?」

「まあね」

 そんなあ。思わず声が出そうになった。旭も小夏ちゃんも、お互いをなんとも思っていなかった。私はあんなに悩んで何度も泣いて、辛い日々を過ごしていたのに。

「あたしってさ、マジで外面気にする人じゃん」細い両腕で頬杖をつく。「やっぱ、あーいう噂があるとね。あたしは敬遠しちゃう。あたしはね」

 今になって私を気遣っているのか、「あたしは」を強調する小夏ちゃん。確かにそう言われたらそんな気にもなる。周囲の目を気にせざるを得ない相手と付き合うリスクを、彼女は自ら冒さないだろう。

「だから、梓を退場させれば、それで十分だったの」

 あっけらかんとして衝撃の事実を次々と述べる。「それなら、最初っから旭に告白するつもりはなかったってこと?」

「なかったよ。話してたら、ちょっといいかなーとは思ったけどね。でもさあ」

 重大な内緒話をするように、彼女は少し顔を近づける。神妙な面持ちに、私も耳を寄せる。

「雨の日に、傘ささないでずぶ濡れで歩いてるの見たの。忘れて走ってるとかじゃなくて、平気な顔して帰ってるの。ヤバいって」

 傘をささない旭を思い出して、小夏ちゃんの顔を見て、そうすると何故だか可笑しな気持ちになった。くすくすと笑い声が喉から漏れてしまう。

「そうだね」怪訝な顔をする小夏ちゃんに、私は笑いながら頷いた。「ヤバいよ。傘ぐらいさせって私も思うもん」

「だよねえ」

 釣られるように小夏ちゃんも笑った。ヤバいヤバい。そんな言葉を繰り返して、顔を突き合わせて私たちは笑っていた。


 しばらく笑い合って落ち着いた頃、思い出す。

「そういえば小夏ちゃん、あの写真、本当に知らないの? 私のスマホに送られた写真」

「もちろん知ってる。じゃないと怖すぎじゃん」

 大袈裟に自分の腕を抱いてみせる。

「知り合いが、梓に送るって盗み撮りしたんだよ。……そういえばあいつ、なんで梓のアドレス知ってたんだろ」

 口元に手を当てて考え込んでいる。彼女があのメールに心当たりがあって、私は少しほっとしたけど、まだ腑に落ちない。

「その知り合いが送り主なのかな」

「だと思ってたけど、確信はないなあ。そもそも旭くんのことを言いふらし始めたのもあいつだし……なんか怪しい」

 旭の事情を桜浜に広めて、彼と小夏ちゃんが仲良く見えるように隠し撮りし、それを私の元に送って誤解させる。

「もしかしてあたし、あいつにいいようにされてた……?」

 小夏ちゃんの私に対する嫉妬心を利用して、旭と無理やりくっつける。私は泣く泣く退場する。

 全ては作為的だったのかもしれない。

「あり得るかも。マジでムカついてきた」

「その知り合いって、西ノ浦の人?」

「そう。高等部一年の男。崎本さきもとってやつ」

 聞いたことのない名前だった。私には、西ノ浦に旭以外の知り合いはいないから当然なんだけど。

「他の学校だからいいやって思って、大地が好きだってこととか、梓がフッたって話を愚痴ったの。その時、確か崎本もいたはず。あいつ絶対なんか企んでるよ」

 理由はわからないけど、その崎本っていう人がなにかしら関係している可能性は高い。

「その人と話すことってできるかな」

「できるできる。てゆーかそうしないとあたしの気が済まないし」

 任せて、と小夏ちゃんは胸元を軽く叩いた。

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