9

 翌日の昼休み、私は当然の如く結々に詰められていた。もちろん、昨日の呼び出しのことで。

「はあー。梓、いつの間にそんな人作ってたのー?」

「だから、そんなっていっても、旭はただの友だち。落とし物を届けてくれただけ」

「ふーん、旭くんっていうんだ」

 はっとして、私はわざと憮然とした顔を作り、手元のお弁当箱からプチトマトをつまんで口に放り込んだ。今日は朝から結々以外の友だちにも詳細を求められて、大変だった。ただの友だち、と何回繰り返したかわからない。

「そんなに意外? 私に男友だちがいるってこと」逆に問い詰めてみる。

「意外っていったら意外。けど悪い意味じゃないってば。そうつんけんしなさんな」

 謝罪の代わりに、結々は卵焼きを私のお弁当に移す。山吹家の卵焼きは美味しい。私は黙って口に運んで噛み締めた。ほんのりした甘味がふわりと口の中で溶けていく。

「図書館で会ったんでしょ。いいなあ。あたしも通ってみようかなあ」

「図書館はそういう場所じゃないから。それに、結々も一回見たことある子だよ」

「うそ、どこで」

 五月の初めに図書館前で雨に濡れていた男の子だと言うと、彼女は目を真ん丸にして驚いた。「あの変なやつ? マジで?」

 マジで、と私は頷く。彼が雨を降らせられるとか、猫と話せるとか、そんな話は抜きにして、私は旭と仲良くなった経緯を手短に説明した。

「そういうこともあるんだねえ。そんな自然な出会いって羨ましいわ」

「そうはいってもね、ただの友だちだから。みんな勘違いしてるんだよ」

「でもただの友だちならさ、わざわざ……」

 言いかけた結々が、はっと口を閉じた。何ごとかと思って、彼女の視線を辿ろうとしたとき、「わっ」と後ろから声をかけられる。思わずびくっと身を竦ませて、振り向いた私は安堵のため息をついた。

「大地くん……びっくりした」

「何の話? 昨日のこと?」

 近くでお弁当を食べていた彼にも聞かれていたみたい。「彼氏とかじゃなくって?」どさくさに紛れて、大地くんまでそんなことを言ってくる。

「違うってば。ほんっとーにただの知り合い。友だちっていうだけ」

「けど意外だな。梓ちゃんって、男子とか興味ないって感じなのに。……ねえ」

 彼に同意を求められて、はっとした結々がこくこくと頷いた。うっかり彼に見惚れていたらしい。お箸で挟んでいたブロッコリーが、ぽろりとお弁当箱の中に落ちた。

「普通、わざわざ学校まで来るかな」そして彼も結々とおんなじことを言う。

「そう、あたしも思ってた。……ね、梓?」

「もー、だから違うってば!」憤慨する私を見て大地くんが笑って、結々もくすくす笑っている。完全にからかわれてる。みんなこんな話が大好きだ。私はふんとそっぽを向いて、食べ終わったお弁当箱を閉じた。


 逃げるように学校を後にして、私はなおも図書館に行くか迷った。けれど、結々や大地くんの推測が正しければまだしも、旭との間にやましいことが何もないなら躊躇う必要はない。

 そう思いながら歩いていると、図書館のそばで旭を見つけた。歩道と施設を仕切る生垣の前に屈んで、わさわさ茂るキンモクセイの間を覗き込んでいる。相変わらず変な高校生だ。私を見つけると軽く片手を上げてくるから、私も右手を小さく上げる。

 近寄った生垣には、ぶち猫のぷちがいた。

「おいで、ぷち。ほら」

 私も変な高校生になって、ぷちに両手を伸ばしてみる。

「そんな気分やないんやと」

 旭の言葉通り、ぷちは私の手を前足で軽くパンチした。その足をぺろぺろ舐めて、ついでに毛づくろいまで始める始末。

「可愛くないよー、ぷち」

 ぷちの緑の瞳が私を見上げる。「ほんま?」旭がぷちの気持ちを代弁する。

「うそうそ。ぷちは可愛い。猫の中で一番可愛い」

「ほんなら良かった」

 旭が言うと同時に、ぷちは毛づくろいを再開する。抱きしめて頬ずりしたいけど、ここは我慢だ。

「あ、そういや、昨日返事聞いてなかったな」

 大あくびをするぷちを見ていると、旭が言った。昨日私が盛大に勘違いした「付き合って」の返事だ。

「どこに行くつもりなの」

 無理な場所を言われても困る。そう思って尋ねると、彼は市の中心にあるショッピングモール兼アミューズメント施設の名前を答えた。そこなら私も何度か遊んだことがあるし、電車で乗り継ぎもせず行ける距離。

「うん、いいよ」

「ほんまに?」

 頷くと、こっちを向く旭の顔がぱっと明るくなった。まるで子どもみたいな表情で、喜んでくれているのがありありと伝わって、私もなんだか嬉しくなる。

「いっぱいお店あるけど、どこに行くの」

「えっとな……」少し考えて、彼は「内緒や」と言った。

「ここまできて?」

「心配すんなや。七瀬なら退屈せんと思う」

 にゃおんって可愛い声がして、私たちはぷちの方を見る。いつの間にか、身体の下に手足を折り畳む香箱座りで、こっちを見つめているぷち。

「あかんよ、おまえは連れていけん」

 先の黒い尻尾が、まるで抗議するように地面を叩く。

「ごめんね、ぷち。またいっぱい遊ぼうね」

「そんなら今だっこしてくれって」

「いいの?」

 おずおず手を伸ばして、ぷちを抱き上げた。今度は全く抵抗せず、私の腕の中でじっとしている。その頭に念願の頬ずりをしつつ、ふさふさの喉元を指先でさすった。

「おまえはほんまにわがままやな」

 彼の言葉に、私も思わず笑ってしまう。旭が苦笑するのに構わず、甘えるぷちはごろごろと気持ちよさげに喉を鳴らしていた。

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