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 梅雨を迎えて、天気は連日ぐずついている。よく雨が降って、空気はじめじめ。今日も午前中に雨が降っていたけど、午後になってやっと晴れ間が見えてきた。最後の授業が終わって結々と話し込んでいる内に、放課後の教室は随分と賑やかになっていた。

「今日、カラオケ行く人ー!」

 女の子の声に続いて、教室の中央で何人かが手を上げる。私とは距離のある、一軍の人たち。恋や部活に精を出して、青春を謳歌している高校生代表みたいな人たち。部活に入らず図書館にこもって本を読んでいる宇宙オタクは、それを端から眺めるだけだ。

「小夏、キラキラだね」

 窓際で立ち話をしていた結々も、彼らを見ながら私に耳打ちした。

 男女の輪の中心にいるのは、中学時代に結々と同じ塾に通っていたという、一葉ひとつば小夏こなつちゃん。背が低く小柄で、肩につく髪を軽く巻いている。小さな顔に薄くメイクを施していて、リップや日焼け止めクリームを使うのがせいぜいな私とは雲泥の差だと思う。彼女は隣のクラスの生徒であるにも関わらず、堂々と教室の中心にいる。

「大地はどうする?」

 彼女は、輪の一つを形成している大地くんに声をかけた。手を上げなかった彼は、笑顔のまま、うーんと首を傾げる。

「今日はいいかな」

「えー、行かないの?」

 小夏ちゃんは不満顔で、頬をぷっくり膨らませた。このぶりっこな仕草は、彼女にはすごく似合っていて、不思議とあまり嫌味を感じさせない。もちろん私の個人的な感想だけど、少々敵を作っても痛くも痒くもない地位にいることを自他ともに認めている証拠だ。他クラスだけでなく他校にまで顔の広い彼女は実質無敵で、それも実際に可愛らしいから受け入れられている。多分、私が真似すればあっという間にイタいやつ認定されて、陰で笑われまくるに決まってる。想像すると背中がぞくぞくする。

「はー。いいなあ、あたしもあんな気軽に話せたらなあ」

 隣で、結々が大きなため息をついた。小夏ちゃんが大地くんとたわい無いお喋りをしているのが羨ましいみたい。

「結々は意識し過ぎなんじゃないの」

「だって気になるんだからしょうがないじゃん。あーあ、どっかで経験値積まないとなあ」

 陰ながら自分の青春に悩む結々が可愛くて、私はつい頭を撫でてあげたくなる。

「恋愛もいいけど、そろそろ部活行かなくていいの」

「それもそう……あっ」

 結々の声に、教室の後ろの出入り口にいる女の子に気が付いた。結々と同じ美術部の、私とは顔見知りの女子生徒がこっちに手招きしている。一緒に部活に行こうって誘いに来たんだ。

「じゃ、お先」慌てて、結々は自分の席から鞄を持ってくる。「また明日!」

「うん、またねー」

 手を振り合って、私も帰ろうとそばの机に置いていた鞄に触れかけた。

「あずさ!」

 そう名前を呼ばれて振り向いた。十秒前に別れたばかりの結々だった。

「なに……?」急いで駆け寄る。

 結々の部活友だちが呼んでいたのは、私の方だったらしい。あまり話したことのない彼女は、何故か目を輝かせている。

「梓ちゃん、校門で待ってるって」

「待ってるって、誰が」

「さあ、よく知らないけど、男の子。さっき先輩とコンビニに買い物行ったんだけど、正門で話しかけてきて。一年の七瀬梓知ってたら、呼んでほしいって」

 興奮気味の彼女は更に付け加える。

「名前聞き忘れたんだけど、うちの学校の制服じゃなかったよ!」

「ちょっと、もう少し声小さく……」

「えーっ! だれ! ねえ梓、それだれ?」

 こういう話が大好きな結々も軽々と乗っかった。体温が急上昇して、一気に顔が火照るのが分かる。

 旭だ。すぐに分かった。だって、他の学校の、それも男子の知り合いなんて、旭しかいない。でもどうして……。

 そこではっとした。二人が騒ぐから、周りのクラスメイトも何ごとかって顔をしてこっちを見ている。私は慌てて両手で頬を抑えたけど、恥ずかしくてたまらない。詳細をくれと、結々たちはそれぞれ私の手を掴んで口々におねだりしてくる。

 その手を振り切って、私は机まで走って自分の鞄を引っ掴み、即座にターンした。小夏ちゃんや大地くんを含めた人たちが、私の奇行を不思議そうに眺めているのが視界の隅に入る。真っ赤な顔を隠すこともできないまま、私は教室を飛び出した。

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