第13話
アルゼンチンアリ。
ハチ目アリ科カタアリ亜科アルゼンチンアリ属に分類されるアリの一種。働きアリの体長は約2・5㎜、体高は1・6㎜程度。攻撃性が強く、他種のアリの巣を見つけるとそれを襲って、その巣の成虫幼虫含めまるごとエサにする。アリだけでなく、ハチの巣や天敵であるはずの鳥の巣まで襲ってヒナを殺す場合がある。毒性は持たない。
もっともこれらの情報はエルハにとって大した意味を持たず、この情報を知っていたところでやれる選択肢は増えないのだが。
しいて言うなら毒性がないのがたった一つの救いと言ったところか。
エルハは蟻によって腹を裂かれて吐血していた。殺陣の足を流れる血とはとは比べ物にならない。ナイフでズタズタに斬られたように腹からは血があふれ出していて、なんとか立っている状態だった。
「いくらドーピングしても耐久力が上がらないのが難しいんですよね。所詮蟻なので火で燃やせば一瞬で消えちゃいますし。まあ、あなたにできないことを言っても意味がありません。今回も大した問題なく生き残れるので考えるのも意味がありません」
「なーに勝ち誇っているニャ?」
エルハは挑発するように嘲る。
「私はここからこんなことだってできるニャ」
そう言うとエルハは、殺陣の後ろに一瞬で移動した。
「孤達」
ソフトボールの下投げように右腕に体重を乗せながら、思いっきり右腕を振るう。
残像すら見えず、まず間違いなく軽自動車なら弾き飛ばせるだろう張り手が殺陣の顔面に襲い掛かる。
「そんな抵抗何の意味もありません」
その張り手を殺陣は生欠伸をしながら盾で受けた。
「ニャァァ!?」
盾によって跳ね返された自分の攻撃のエネルギーがエルハ自身を吹き飛ばす。
「今の感触だとさすがに骨の一本は行けたでしょう」
「・・・・・・まだいけるニャよ」
なんとか立ち上がるエルハ。
「そんな抵抗には何の意味もありませんよ。大人しく死んでください」
「いーや、もう大丈夫ニャ。タテ君の『盾心』と『轟蟲』この2つの組み合わせは凄く強力ニャ。『盾心』で自分を守って『轟蟲』で相手を攻撃する。苦手と言っていた火炎放射だって『盾心』で火炎放射を封殺したら楽に戦えるニャ」
でも、と続けるエルハ。
「蟻のスピード自体はそこまで早くないニャ。不意を突かれたからまともに襲われただけで普通にやれば対処可能な速度ニャ。盾だってやっぱりスピードは全然大したことないニャ。それに私は伏せている技が何個もあるニャ。それを含めれば私のほうが有利ニャ」
実際は、エルハは多量の流血で消耗している上に伏せている技がそこまで多いわけでもなく、正直言ってエルハの状況は間違いなく不利なのだが、ハッタリで心理戦で多少有利を取れれば程度のことしかエルハは思っていなかった。
――そのハッタリがエルハ不利を後押しする
「別に今から逃げても出血多量であなたは勝手に死ぬでしょうが、もしかしたら生き残っちゃうかもしれませんね。あなたはミュータントですし血が無くなっても生きているかもしれません。念には念を入れますか。勝利しても別に僕にとって意味ありませんけど」
「まだなんかあるニャ?」
そう質問され、殺陣は微笑を浮かべながら答える。
「いやいや、もう僕に隠し玉なんてありませんよ。今からやることはただの応用です。技の応用」
そう言うと、自分の手を使い高速でいろんな印を結び、最後に盾を前方に構え術を唱える。
「轟蟲応用」
そう唱えると同時に大量の蟻がジャージから出てくる。
ガサガサ、カチカチと耳障りな音が部屋に響く。
「ニャハハ! 応用もさっきとやっている事変わんないニャ!」
そんなエルハの哄笑を気にも留めず、殺陣は蟻を出し続ける。袖に入ると思えないような量の蟻。そして蟻は網目状に線を作りながら縦横無尽に空中を移動する。
「攻撃を立体的にしたぐらいでエルハが対応出来無いとでも言うニャ?」
しかし蟻はエルハを襲わず縦横無尽に、天衣無縫に移動し続ける。牢のように網目状に、エルハを閉じ込めるように。エルハを囲む。
「あ、これって――」
「やっとお察しですか」
殺陣を見ると完全に盾で体を隠している。盾の周りには蟻が大量に固まって盾と一緒に殺陣を守っている。
「戦いとは何か。僕は相手の選択肢を無くす事だと思っています。相手から選択肢を奪い、相手が負け以外の選択肢を選べなくすることです」
「じゃあタテ君の考えで行けば、私の選択肢をすべて奪ったっていう事ニャね」
「失敬な。僕は2つの選択肢を用意しましたよ」
「へー教えてほしいニャ。どんな選択肢があるニャ?」
エルハはなんとか疲労を感じさせないように気を使い聞いた。
「衰弱死、捕食死。この2つを用意しました」
「・・・・・・どっちにしても死ぬニャね」
「はい、なのでその選択に――意味はありません」
この詰みとなった状況でも、一切面白くなさそうに冷めた言葉を呟く。
「これが、轟蟲応用――選択死」
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