第18話 オフ会 3 ~side:柚季~ & ~side:ナハラ~
『大崎さん、あなた最後は惜しかったわね。でも全国3位よ。これで地元の名門に推薦してあげることが出来るわ』
輝かしい中学時代だった。
最後の夏は、水泳の全国大会で個人メドレー第3位の成績をおさめ、スポーツ推薦による地元名門校への合格を早々に決めていた。
『あなたみたいな娘を産めたこと、母さん誇りに思うわ』
『欲しいモノがあったらなんでも言うんだぞ?』
両親からの評価も図抜けて高かった。
『柚季ちゃん俺と付き合おうよ!』
『いやいや俺と付き合ってみない?』
異性からの評価も高く、出会う男子すべてから好意を示されていた。
高校に入学してからも当然それは変わらなかった。
常に人目を集め、中心に立つ。
順風満帆。
そしてついにはひとつの運命的な出会いまで果たすことになる。
『――大丈夫かっ、このまま逃げるから付いてきてくれ!』
高1の夏休み。
夜間に酔っ払いに絡まれていた柚季は、同級生の呉人に手を引かれて助けられた。それを機に呉人への興味を抱き始め、自らが告白した初めての異性として、呉人との交際は始まった。
楽しかった。
この世のすべてを手に入れた気分だった。
しかし今にして思えば……それらは仮初めの愉悦に過ぎなかったのだ。
『別れよう』
浮気バレによる呉人からの決別メッセージをきっかけにして、すべてが崩壊し始めた。
『学校で暴れるなんて何を考えているの! 信じられないわ!』
『恥を知ることだな、柚季』
学校で問題を起こしたその日の夜、両親は憤り、呆れ、落胆していた。
呉人からの決別があった上で両親からも見放されたその事実が、柚季自身に価値の無さを自覚させた。
『柚季……これアンタじゃない?』
『喘ぎ声うるさくない?w』
挙げ句、ハメ撮りの流出である。
柚季が不登校のさなか、クラス内でまず話題に挙がったようで、友人らからLINE等での事実確認や茶化しがあった。そういったモノはことごとく無視して話題の沈静化を狙っていたが、特定犯的な男子が色々照らし合わせた結果、ハメ撮りの動画に映っているのは間違いなく柚季だと断定されてしまい――そこからは学校全体にも容赦なく広まったようで、もうどうしようもなくなっていた。
そうなれば当然ながら、教師陣の耳にも入り込んでしまうわけで――
『柚季っ、あなたなんてことしてくれたの!? 学校から連絡があってスポーツ特待生の待遇を取り消すって連絡が来たわ!』
『不登校が続くようなら退学処分も辞さない、だそうだ……はあ、お前はろくでもないな』
両親からの言葉が刃となって柚季の心を引き裂いた。
自分にはもう味方が居ない。
だから自殺をしようと思った。
そして本日、柚季は自殺オフ会に参加して死ぬことに成功したのである。
(あの意味不明なナハラとか言うヤツに殺された……楽になれた……勝った……!)
と思う一方で、じゃあ――今自分が見ている走馬灯的な光景や、この思考はそもそもなんだろう? と疑問に思った。
(意識が……残ってる……?)
死んだはずなのに、意識が顕在。
これは一体どういうことなのか……。
そう思っていると、目が覚めるような感覚に駆られてしまった。
そんなはずないのに、死んだはずなのに、起きるはずなんて絶対にないのに――しかし柚季はまぶたをうっすらと開ける動作を行ってしまい――
「やあ、目が覚めたかい?」
どこぞのプレハブ小屋のような室内で、ニヤリとあざ笑うナハラの姿を捉えるに至った。
その瞬間、柚季は混乱と落胆と絶望に包まれた。
「――っ、な、なんで……」
「なぜ自分が死んでないのか、理解が及んでいないようだね?」
ベッドに横たわる柚季に向かって、ナハラは楽しそうに告げてくる。
「そりゃ当然、俺は君の手首なんて切っちゃいないからだよ」
「――っ」
慌てて目線を右手首に向けてみれば、そこは確かに綺麗なままだった。傷なんてひとつも見当たらないそんな状態を見て、柚季の混乱は更に深まってしまう。
「な、なんで……」
「だってさぁ、君はただ俺の実験で死んだ気になれただけなんだもんよ。誠に残念ながら、この生き地獄から解放されることはなかったってわけさ」
「ぁあ……」
「どうだい? 教えてくれよ。興味があるんだ。やっと死ねたと思ったのに、生きていたときの絶望感」
「あぁ……ああぁ……」
柚季はまともな言葉を発することが出来なかった。
すべてを失い、無価値になった自分がイヤで、ようやく楽に死んで苦しみから解放されたと思ったにもかかわらず、まるでなんともない状態でピンピンしている。
そんな自分が受け入れがたい。
「あぁぁ、あぁああ……」
終わったはずの苦行が続く。
悪夢が終わらない。
「あばっ……ぼぐぇ……」
その事実が体調を急変させ、柚季は直後に胃の中身を吐瀉し始めていた。吐くモノが無くなって胃液しか出なくなっても吐き気が収まらず、目からは涙がこぼれ落ち、気付けば尿さえ漏らしていた。
死ぬ度胸も勇気も持たない自分は、これから生き恥を晒し続けるしかない。
そう考えただけですべてがイヤになり、一瞬後には悲鳴じみた叫びを上げ始めていた。喉が裂ける勢いで慟哭し続け、やがて声帯が傷付いて声が掠れ、ひゅーひゅーとしか音が出なくなった頃には、思考が真っ暗に閉じていた。
それは解放ではなかった。
地の底に自ら潜って閉鎖されただけのこと。
そう――だから。
この場に残されたのは死んだ目で泣き続けるだけの、物言わぬ肉の塊であった。
~side:ナハラ~
「なるほど……楽に死ねたはずの自殺者が生き地獄に引き戻されると、壊れてしまうのか」
過度なストレスによる精神疾患。
一時的なモノか恒常的なモノかは分からないが、どのみち現状はいわゆる廃人のような状態に近いのは確かなことだった。
「壊れちゃったのは少し可哀想だが、まぁでも……因果応報なのかな。俺の介入があろうとなかろうと、遅かれ早かれこうなっていたんじゃないか、君」
奔放に遊んできた中で積み重ねた業の重みに、潰されたのだろう。死ねなかったショックはきっかけに過ぎず、たとえしばらく生き恥を晒しつつ普通の日々を歩んでいたところで、いずれは思考を閉じて自分をこんな風に防御していたのだと推測される。
「君にとってこれは勝ち? 俺は思うよ、負けだとね」
これが勝ちなら、この世は勝者で溢れていなければおかしいだろう。
「俺としては、どこかで勝って欲しい思いもあったけどね。残念だよ」
ナハラは落胆したように呟いたあと、柚季の持ち物から自宅の住所を割り出して、彼女を家の前に送り届けて退散した。
「死ぬことが出来ず、まともに生きることも叶わない……それでも命があるってのは、羨ましいよ。希望があるってことだからさ」
帰りの車内で、ナハラはそんな風に呟く。
信号待ちのさなか、ふと咳き込んだ拍子に血が噴き出したのを見て、彼は苦笑するように頬を緩めた。
「君以外にも、俺は何度か壊すきっかけを与えてきたからねえ……恐らくまともな最期を迎えられずに終わるだろう……事実として、先はもう長くないんだ……」
ステージ4。
もはや治療を放棄して好き勝手に生きているナハラは、自分が後悔しないための日々を過ごしている。だから自分の信念のために自殺者を止められるだけ止めようとしている。そのためにやれることをやっている。それになんの意味があるのかと聞かれたら、単なるエゴでしかなかった。
「なあミサ……俺もしょーもねえよなぁ」
こんな活動をし始めた動機とも言える亡きカノジョに思いを馳せながら、ナハラは自らの過ちをかえりみずに前へと進み続ける。
彼にはもう、そうすることしか出来ないのだった。
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