第13話 対峙前 ~side:柚季~ & ~side:流歌~
乗と別れたあと、柚季はまずアフターピルを入手すべく近場の婦人科に向かった。
余計な出費だったがどうにか入手して飲んだあと、今度は警察署への移動を開始した。
遊び相手の乗を淫行で社会的に潰してやろうと思ってのことだが――
(……でも色々聞かれて家とか学校に連絡が行ったら……)
遊んでいることが、教師陣や身内にバレてしまうかもしれない。
現状はただでさえ停学処分を食らったばかり。
その上で問題を起こせば、それがいかに被害者としての立場であろうと、良くないことに繋がるのではないか。そう考えると、むやみに警察を頼るのも怖く思ってしまった。
(帰ろ……)
乗とはもう金輪際会わなければいいだろう。
そう考えて警察署に行くのはやめて、帰りに黒染めのヘアカラーを購入し、大人しく帰路につく。
日が暮れた歩道を歩くさなか、柚季は気付くと泣いていた。
自分の価値が分からなくなっている。
呉人に別れを切り出されてから自信が消え去っている。
今まで色んな男からチヤホヤされてきたのは、すべて身体を求められてのことだったのだろうか。
乗がこう言っていた。
――柚季ちゃんに穴以外の価値はない。
もしそういう見られ方をされていただけなら、自分はとんだ道化だったことになる。
穴として見られていただけなのに、蛾を集める明かりとして自信満々に振る舞っていたのだから。
(……呉人も……そういう見方してたのかな……)
今回の決別は、テイのいい穴を切り捨てたということなのだろうか。
だとしても、いきなり別れを切り出されても納得が出来ない。
(もし浮気がバレてた、とかなら……謝れば、なんとかなんないかな……)
呉人は甘ちゃんだ。
素直に謝れば案外どうにかなるのではないか。
初めて柚季自らが告白した異性だからこそ、呉人には執着してしまう。好きというよりは、あたしにわざわざ告白させたのだから報いろ、という感情。このまま特になんの利ももたらさないまま切り捨てるなど許さない。報いないならしがみついてやる、という意固地な感情が柚季の脳裏には渦巻いていた。
(こうなったら……今から呉人のアパートに行ってみようかな……)
結局なぜ別れを切り出されたのか、その詳細を知りたいところでもある。
なので――、
『今、行くから』
呉人とのトーク画面にそんなメッセージを送信し、柚季は足先を呉人のアパートへと向けたのである。
~side:
一方その頃――
呉人の部屋で今日という日をゆったりと過ごしていた会長、もとい流歌は、
「……可愛い」
昼下がりから昼寝をしている呉人の寝顔を覗き込んで、慈しむような笑みを浮かべていた。
流歌にとって呉人は、ひと言で言えばヒーローだ。かねてより小さな好意を抱いていたが、昨日の一連の言動によってその好意は爆発し、嘘偽りない恋慕へと開花した。
死んで欲しくないと言われて嬉しかった。事情を知ってもなお救いの手を差し伸べてくれたことも嬉しかった。そして告白を受け入れてもらえたことも嬉しくて、流歌はもはや全幅の信頼を呉人に置いている。この人のために出来ることはなんでもやって尽くしてあげたい。そんな心理状態でもあった。
――ぴこん。
そんな中、呉人のスマホがLINEの着信音を鳴らしたことに気付く。
呉人は起きない。
親などからの緊急性の高いメッセージの可能性もあるのでは、と考え、流歌は一応メッセージを確認してみる。スマホを手に取ったりはせず、通知として表示されたメッセージを軽く覗いてみるだけだ。
すると――
『今、行くから』
そんな簡素なメッセージが表示されていた。
送り主は――
(大崎柚季……元カノさん)
流歌は呉人を眺めていた母性的な眼差しを鋭く一転させてそのメッセージを睨み付けた。
その瞳に渦巻く感情はもちろん、怒り。
浮気によって呉人を間接的な死へといざなおうとした不届き者に対して、流歌はとてもじゃないがフラットな感情を抱くことは出来なかった。
(……今から来るということ? 何をしに来るつもりかは知らないけど、会わせるわけにはいかないわね……)
せっかく、今日1日休むことで呉人の精神はリフレッシュされたのだ。
にもかかわらず柚季と顔を合わせれば色々と台無しになりかねない。
もちろん学校に通うようになればどのみち顔を合わせることになるかもしれない。しかし、学校で仕方なく顔を合わせるのと、家に来られるのとでは、まったく違う。
家は安寧の地であるべき場所だ。
その場所に安寧を掻き乱す存在が来るのは絶対に、違う。
(……守らなきゃ)
昨日、流歌は呉人に救われた。
なら今度は自分がその恩に報いらなければならない、と流歌は考える。
安寧を守るために、この場に柚季を訪れさせるわけにはいかない。
「霧島くん……大人しく寝ていてね」
静かに声を掛けて立ち上がり、流歌は部屋の外へと出たのであった。
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