第10話 決別の一手
死ぬことをやめて迎えた最初の朝。
僕はまぶたを開けた瞬間から、これ以上ない幸せな気分に満たされていた。
なぜなら――スヤスヤと寝息を立てる会長の姿が、僕の隣にあったからだ。
白い肌着を着用し、下はショーツだけの格好で、会長は無防備を晒して休んでいる。狭いシングルベッドの上で、差し込む朝日に彩られた会長は綺麗だった。
そんな光景を見ていると……昨晩のことが夢じゃなかったんだと分かって、嬉しくなった。
僕は……会長と結ばれた。ぽっかり空いていた心の穴を、優しさと色香で満たしてもらえた。
それは喜ばしい反面……、僕は柚季と同じことをしてしまったんじゃないかって、そう思う部分もそれなりにはあった。
形だけとはいえ、僕と柚季はまだ交際中だ。にもかかわらず、会長と寝てしまった。多分、というか確実に、同じ穴のムジナ。僕らは結局、似たモノ同士で交際をしていたのかもしれない。
でも僕と柚季に違いがあるとすれば、僕はもう断ち切る気しかないってことだ。柚季はなんか知らないが、浮気をしているくせに僕との交際を続けてきた。対して僕は、こんなことになったからにはケジメを付けるべきだと思った。
終わらせる。仕返しはもういい、ってわけじゃないが、そこはもう柚季の出方次第かもしれない。ひとまず交際関係だけは断ち切っておかないと気持ちが悪い。会長にも失礼だ。
今日学校に行ったら話そう、と思うが……なんだか酷く疲れが残っている。
昨日……朝から晩まで色々あったせいか、疲労が抜け切っていない。会長のおかげでメンタルはだいぶマシになったけど、身体はもう少し休まないとキツいかもしれない。今日はいっそ休んでしまおうか……別れを切り出すのは別にLINEでもいいし、明日直接言ってもいいはずだ。
「……ん」
そう考えていると、会長が小さく吐息を漏らしたことに気付く。うっすらとまぶたも開けていて、どうやらお目覚めの様子だった。
「あ……霧島くん、おはよう」
先に目を覚ましていた僕に気が付くと、会長は小さく微笑んでくれた。朝から会長の笑顔が見られるのは、何物にも代えがたい至高の気分だった。
おはようございます、と応じた僕に対して、会長はのそりと抱きついて胸元に顔をうずめてきた。甘えるようなそんな行動を、僕はもちろん快く受け止める。
「……どうですか会長? 疲れ、取れました?」
「どうかしら……ちょっと怪しいかもね……」
会長は少し掠れた声でそう言った。
「……久しぶりにきちんと寝られたとはいえ、やっぱり昨日、色々あったから……」
そうか……会長も案の定きちんと疲れが取れていないらしい。
そりゃそうだ、僕なんかよりもよっぽど重い事情を背負った状態で、本当に死のうとしていたんだから……気疲れもあるんだろう。
「……今日は無理せずに休んだらどうですか?」
「そうしようかしら……霧島くんは平気?」
「実は僕もダルいので、休もうかなと思っていて」
「なら、今日は一緒にゆったりしてみる?」
「はい……してみます」
僕らはそんな考えのもと、担任の業務用LINEに休みの連絡を入れて二度寝した。
僕が次に目覚めたのは、お昼過ぎのことだった。
「あ――ようやく起きたみたいね。おはよう霧島くん」
まぶたを開けた途端、僕の視界は会長の綺麗な尊顔で埋め尽くされていることに気付いた。
の、覗き込まれてる……?
「何やってるんですか……」
「先に起きて暇だったから、霧島くんの寝顔を拝んでいたの」
身支度を整えた状態で、会長は僕の顔を至近距離からジッと眺めていた。どこかイタズラな笑みを浮かべながら、僕の鼻をちょんとつついてくる。
「寝顔、可愛かったからスマホで何枚か撮らせてもらったわ」
僕との関係を早速楽しみ始めているなこの人……。
でも良かった……メンタル面はだいぶ回復傾向にあるようだ。
「ところで、冷蔵庫の中身、勝手にだけど使わせてもらってお昼を作ってみたの。大丈夫だった?」
「あぁはい、それは全然」
言われてみれば、良い匂いがしている。
ベッド脇のローテーブルには、あり合わせの食材で作ったとは思えない料理が幾つも並んでいた。
会長が料理上手なのはイメージ通りだ。
冷めないうちに起床して僕はお昼をいただいた。
「そういえば、具合はもう大丈夫ですか?」
会長と共にお腹を満たして、お昼の時間を穏やかに過ごす。
そんな中で会長はこくりと頷いてくれた。
「二度寝したらだいぶマシになったわね」
「良かったです」
「でもここはまだちょっとだけ、痛むかも」
痛むと言いつつも、会長は幸せそうな表情で下腹部をさすってみせた。それが何を言わんとしているのか察して、僕は照れ臭くなってしまう。
それと同時に、責任を強く感じた。
「あの、会長……まだ色々と乗り越えるべきことはありますけど……僕は絶対に会長と一緒に良い未来を掴みたいなって思ってますから」
「うん、私もよ……頼りにしているし、頼りにされたい。そういう対等に愛し合える関係で在りたいわね」
そう言って身体を寄り添わせてきた会長と、キスをする。僕らはもう、一蓮托生だ。
――ぴこん。
そんな折、僕のスマホにLINEの着信があった。会長とくっついたままスマホを手に取ってみれば――
『昨日から既読無視してて今日は休みって何かあった?』
柚季から、そんなメッセージが届いていた。
よく見れば午前中にも何件かメッセージが届いている。
……こいつはなんでこんなに僕に執着しているんだろう。
「大崎さんは……まだ霧島くんに気があるのかしらね」
会長が少しイヤそうに呟いた。僕に更に身を寄せて、一緒にスマホを覗き込んでくる。
「……霧島くんは、大崎さんとの関係をどうしたいの?」
「そりゃ、別れるつもりですよ……柚季だって惰性で付き合ってるだけでしょうから」
「なら……別れよう、ってメッセージを今すぐ送れる?」
会長がすがるように僕を見つめてくる。それは僕を試すような表情だった。深い仲になった以上、僕はその眼差しにはあらがえない。
とはいえ、そんな催促がなかったところで、僕が取る行動に変わりはない。
「送れますよ」
華々しい柚季を僕の方からフってやるのが、現状における何よりの仕返しになるのかもしれないと思っている。
歴代の彼氏は全員あたしの方からフってやった、って謎の自慢をされたことがあるし、もしそこに誇りじみたモノを持っているなら、僕からの切り出しは柚季のプライドを傷付けられる可能性がある。
別に傷付けられなくても、それはそれでいいような気がした……もう、柚季に時間を割くのが億劫だ。タイムパフォーマンスが叫ばれる今の時代に、なんで嫌いになったヤツに時間を割かなきゃいけないんだよ。正直、柚季のことを考えるのは時間の無駄が過ぎる。
そう考えながら、僕は直後に――
『別れよう』
そんなメッセージを入力し、送信していた。
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