第5話 オフ会 4
「はい着いた。今12時半だから、とりあえず13時まで自由時間ってことで。13時になったらあっちのフードコートでご飯食べるから集合よろしくぅー」
某サービスエリアに到着したのと同時に、ナハラさんがそう言った。
僕らはその言葉に頷いて、ひとまず自由時間を過ごすことになった。
「霧島くん……さっきはありがとう」
「……なんのことですか?」
僕は会長と一緒に降りて、なんとなく、特に理由もないままに、駐車場の端を散歩していた。僕らは多分、人の波に溶け込むのがイヤなんだ。だからこうして人の居ない方に来てしまう。はみ出し者としての、それはもはや本能に刻まれた習性みたいなモノかもしれない。
「さっき泣いちゃったとき、手を繋いでくれたでしょう?」
「あー……」
「だから、ありがとう。嬉しかったわ」
会長は風で揺らめく長い黒髪を手で押さえている。そんな所作が綺麗で、可憐で、みすみす目を離すことが出来ない。
「私の事情、全部まるごと誰かに打ち明けたのって、霧島くんが初めてだったの……引かれちゃったりしたらどうしようって思っていたけど、ああやって受け止めてくれて、ホッとした部分もあったわ」
「……引くわけないじゃないですか。会長はどう考えたって被害者ですし」
会長と父親のあいだに血の繋がりがないことが発覚。
ずっとそれを黙っていた母親が原因となって両親はそのまま離婚。
挙げ句、引き取ってくれた父親から襲われそうになって、友達の家を転々。
最終的にはネカフェ暮らし。
お金がなくなって、色々どうしようもなくなって、死ぬためにこのオフ会へ。
会長の顛末は、改めておさらいしても笑えない。
悲惨だ。
「それを言ったら僕の方こそ……、死ぬ理由がちっぽけ過ぎて引かれてませんか?」
「カノジョに浮気された仕返し、だっけ?」
「はい……」
「引いてないけど、車内でも伝えた通り、そんなことで死ぬのはもったいないとは思うわね」
会長は優しい表情でそう言ってくれた。
「女性ってこの世にたくさん居るのよ? 浮気したカノジョがすべてじゃないわ。そんなカノジョのために命を粗末にするのは良くないと思うの」
「でも……腹が立ったんですよ。お前のせいで彼氏が死んだぞ、って後ろ指指される人生を送らせてやりたいなって思って……」
「そんな身体を張った復讐をするほどの価値、そのカノジョさんにはないと思う」
会長は引き続きそう言ってくれる。
「そんな方法で仕返ししなくても、普通に別れたあとに、新しいカノジョと幸せにしているところでも見せ付けてやればいいんじゃないかしら?」
……新しい彼女。
そんな候補、居ない。
柚季と付き合えたのが、そもそも奇跡的なんだ……。
……僕は友達が居ない人種じゃないが、女っ気のない、いわゆる教室の片隅でディープなオタ話をしているような、その手のグループの人間だ。
そんな陰キャがどうして柚季と付き合えたのかと言えば、たまたまあいつが夜の路地で酔っ払いに襲われているところを助けてやったからだ。
それが去年の夏頃のことだった。
それ以降、柚季に惚れられて色々な経験をさせてもらった。
……特に、童貞を捨てたときのことは今でも忘れられない。
初めてじかに裸の女の子を見て、胸を揉んで、下腹部を触った。
いきり立ったモノを入れて、まったく動かないまますぐに出してしまって、柚季には早すぎって笑われたっけ……。
改めて思うまでもなく、僕はとてつもなく……柚季のことが好きだった。柚季との恋人生活は楽しかった。そんな恋仲がずっと続くもんだとばかり思っていたのに……。
じわりと、目に滲むモノがあった。
ダメだな……思い出すと泣けてくる。
……僕は今でも柚季のことが好きなんだろうか。
いや……好きとは違うんだろうな。
落差が酷いから、それがショックなんだ。
「ほら、涙を拭いて?」
穏やかな声と共に、会長がハンカチを差し出してくれた。
僕はそれを受け取って、目元を隠すようにハンカチを押し付ける。
「にしても、そのカノジョさんは本当に見る目がないわね……霧島くんほど素晴らしい男の子はなかなか居ないでしょうに」
会長はそう言ってくれる。
「霧島くんは成績が良いし、生徒会役員だし、性格も実直で、仕事も早くて丁寧だし、会長としての立場から言うと、最高の右腕としか言えないわ」
「……ありがとう……ございます」
「きっと、生きてさえいればあなたを魅力的に感じる人は幾らでも現れると思うの。だから、死なない方がいいと思うけどね」
……会長はあったかいな。
こんな僕を優しく諭してくれる。
だからこそ……僕だって会長は死ぬべきじゃないと思う。
こんなに優秀で優しい人が、不幸にまみれたまま人生の終焉を迎えていいわけがない。
行く宛てがなくて困っているなら、僕んちに来てもらったらいい。
僕は会長がその道を選んでくれるなら、死ななくてもいい。
柚季のために命を消費するなんて確かにもったいない。
でも会長は……そもそも生きたいのだろうか。
僕が勝手に盛り上がってもしょうがない。
だから今この場で確かめてみようと思った。
「ところで会長は……このままナハラさんたちと一緒に死ぬつもり、なんですか?」
「ええ、死ぬつもりよ」
……迷いなくそう言われた。
「だけど」
だけど……?
「……ちょっとずつ、怖くなっている自分が居るのよね」
会長はどこかおびえた表情で呟いた。
「覚悟を決めてここまで来たはずなのに、この世から消えてしまうのが怖い……このまま生き続けても親を頼れなくて、友達だってもう頼れなくて、いっそ死んで楽になった方がいいはずなのに、いざこうして死への時間が近付いてくると……やっぱり死にたくないな、って思ってしまう自分が居るの」
会長は駐車場から見える遠景を眺めて、瞳を潤ませていた。
そうか……まだ、希望はあるんだ。
会長は揺らいでいる。
だったら、ここで攻めないと僕は後悔すると思った。
「会長」
僕は力強く呼びかけた。
「僕にさっき、死なない方がいいって言ってくれましたよね?」
「ええ……言ったけど、それが?」
「だったら僕にも、同じ事を言わせて欲しいです」
「……っ」
「僕も会長は死なない方がいいって思ってます。いや……正しくは『死んで欲しくない』、ですかね……要するに僕の願望なんですけど……」
「……どうして?」
「会長は良い人なので……こんなところで人生を投げ出して欲しくないんです」
去年の秋、生徒会に初めて参加したその日、業務内容を丁寧に教えてくれたのは会長だった。
『私、以前は霧島くんと同じ書記だったのよ。だから分からないことがあればすぐに頼ってちょうだいね。なんでも教えてあげるから』
そう言って微笑みかけてもらえて、ありがたかった。そして実際に頼ってみたら本当になんでもつきっきりで教えてくれたのが、更なる感激を覚えさせてくれた。
柚季という彼女が居ながら、会長相手に揺らぎそうになったことは数知れない。もちろん耐えてきたけど、柚季との出会いがなかったら、僕はずっと会長相手に恋い焦がれていたであろうことは間違いない。
僕にとって会長はそういう人でもあるからこそ、死んで欲しくないんだ。
「僕は会長に生きて欲しいです――死ななくても、会長ならやっていけると思うので」
「……どうやって?」
無責任なことを言わないで、とでも告げるように、会長の目が僕を捉えてくる。
「……行く宛てがないのに、どうやって生きればいいの? パパ活でもしながら生きろって? あるいは娘を犯そうとする父親が居る家に真っ直ぐ帰れって言うの?」
「言いません」
「言わないなら……私にどうしろって言うの?」
「――ひとまず僕の家に来ませんか?」
「え……」
予想だにしない言葉を浴びたかのように、会長は目を丸くしていた。
僕はここぞとばかりに攻め立てる。
「僕はこっちで1人暮らしをしているので、親の目とかを気にする必要がないんです。会長を部屋に迎え入れることくらい全然問題ありません。心配性の親が仕送りを多めに送ってくれるので、会長の生活費に関しても節約すればまかなえると思います」
「で、でも……」
「会長が自殺を企てたとき、事情を知ってて助けてくれそうな味方は居なかったかもしれません。でも今は僕が居ます」
だから、と僕は会長に手を差し伸べる。
「僕と一緒に帰りませんか? 会長と一緒に帰れるなら、僕も自殺はやめます」
自分さえも取引材料に加えるのは、我ながら卑怯かもしれない。
だけど僕はそうしてでも会長をひとまずの日常に連れ戻したいと思っている。
そんな中、会長がうつむいて、嗚咽を漏らし始めたのが分かった。
それは……なんの涙だろう。
しばらく黙って様子を窺っていると、やがて会長は目元をぬぐいながら、
「嬉しいけど……本当に頼っていいの?」
と尋ねてきた。
――っ、すがってもらえるのか……っ!
僕は慌てて頷いた。
「も、もちろんです……っ、幾らでも助けます! 冗談で言ったつもりはなくて、一緒に生きて欲しいって本気で思ってます!」
「……迷惑にならない?」
「ならないですっ」
「助ける価値……ないかもしれないわよ?」
「そんなことないですっ。少なくとも僕にはあります!」
「じゃあ……本当に霧島くんの家でお世話になっていいの……?」
「当然です!」
「じゃあ……一緒に帰りたいって言ったら、本当に霧島くんも死なずに帰ってくれるの?」
「もちろん!」
僕は力強く、とにかく力強くハッキリと頷いた。
すると会長は、潤んだ瞳をぬぐいにぬぐって、どこか柔らかな口調で、
「なら……そうね、帰ろうかしら……霧島くんが希望になってくれるなら、私もまだ生きてみたい……」
とほだされた表情で言ってくれた。
来た――。
説得に成功したんだ……!
僕はたまらずガッツポーズを形作ったが――、
「――へえ、帰りたいんだ?」
そのときだった。
背後から、急に僕らめがけてヘラヘラと笑うような声が投げかけられた。
「それはなんつーか、ちょっとどういうことか聞かせて欲しいなあ」
ハッとして振り返ると、そこには自殺オフ主催者のナハラさんが、不気味な笑みと共に佇んでいた。
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