死に戻り先を見失った傾国の魔女はスローライフを満喫するために無双する
今晩葉ミチル
ダリア、死に戻る
ダリア、死す
深紫の髪を腰まで生やす少女が、色とりどりの花々に溢れた中庭でくつろいでいた。よく磨かれた真っ白な椅子に腰掛ける姿は絵画のように美しい。少女はお気に入りの赤いドレスを身に着けていた。ドレスは黄金色の装飾が施され、真珠のように白い肌に映えている。
表向きは
少女の名前はダリア・フロンティアという。勝ち気な赤い瞳に、整った顔立ちと抜群のスタイル、そして大陸中を探してもごく一握りの人間しか扱えない特殊な能力を持っている。エクストリーム王国の王太子フランソワの婚約者である。ゆくゆくは女王として迎えられるはずの彼女は、あらゆる贅沢が許されていた。
一年中花々に溢れた中庭も、豪華な部屋や装いも、顔も性格も良い召使いも、何もかも与えられていた。
それが国民の生活と引き換えに与えられていると知りながら、大して関心を示さなかった。
今日もダリアの目の前に温かい紅茶が置かれる。白いテーブルに置かれた紅茶を、ダリアは当然のように口にする。
「香り高くて美味しいですわ」
紅茶の材料となる茶葉は産地が限られる、とても貴重な飲み物だ。簡単に手に入らないし、美味しい紅茶を淹れるのは高度な技術も高価な道具もそろえる必要がある。人々の生活を犠牲にして搾り取られたと言っても過言ではない。
しかし、ダリアは悠々自適な生活を送るだけだ。
「ロベール、あなたもお飲みなさい」
ダリアの傍に金髪の少年ロベールが控えている。召使いにすぎないが、澄んだ水色の瞳と美しい顔立ちが見る者の気を引く。
顔も性格も良いと評判で、ダリアも弟のように可愛がっている。
ロベールは困惑した表情を浮かべて、深々と頭を下げた。
「せっかくのお誘いなのですが、僕が口にするべきものではありません」
「主人のお誘いを断りますの?」
ダリアが微笑み掛けるが、ロベールは頭を下げたままだ。
「偉大な主人だからこそです。同じものを口にするわけにはいきません」
「遠慮深いのですわね。たまにはよろしいのに」
「一度でも過ちを犯すわけにはいきません。他の執事や侍女に示しが尽きません」
「安心なさい。私には素晴らしい力がありますわ」
ダリアは口元に片手を当てて上品に笑った。
「愚民共が魔術と呼んで恐れる力ですのよ。私は魔宝石ダーク・ダイヤに愛されていますの。王族も私に逆らうなんてありえません。あなたを非難したり危害を加える人間なんて消し去ってあげますわ」
「愚民という言い方は今一度お考え直した方が良いかと思います」
「顔を上げなさい。あなたの事ではありませんのよ」
ダリアはロベールの頭を優しく撫でる。
ロベールは顔を上げた。水色の瞳がどことなく潤んでいる。
「ダリア様のご厚意は身に余るほどですが、国民の苦しい生活も考えて良いかと思います」
「生まれが違えば生活が違うのは当り前ですわ」
ダリアがきっぱりと言うと、ロベールは何か言いたげに口元をパクパクさせながら俯いた。
ダリアはクスクスと笑った。
真面目なロベールをからかうのは面白い。中庭のひと時と共に、毎日の楽しみとなっている。
今日も悠々自適な生活を送る。いつもと変わらない。
そう思っていた矢先に、ダリアは異変を察した。
茶髪の少年が歩いてきている。エクストリーム王家に伝わる、青を基調とした礼服を身に着けている。
「ダリア、話がある」
「あらあらフランソワ王太子、どうなさいましたか?」
フランソワは日中は公務に忙しい。中庭で優雅に紅茶をたしなむダリアとは大違いだ。
ダリアに会いに来る暇などないはずだ。
険しい表情を浮かべながら歩いてくる。
「聞きたい事がある。おまえは国民の生活を一度でも考えた事はあるか?」
「考えましたわ。私と違って当然です」
「おまえのせいで国民が困窮にあえいでいえるのに!」
フランソワの口調が激しくなった。
「無茶な重税を国民に押し付け、軍人や役人の汚職がはびこり、切実な窮状の訴えや反乱を力づくで抑えていると聞いた時には愕然とした。人々はいつも死の恐怖に怯えているのに、よくも紅茶なんて飲めたな!」
「偉大な力を持った王家の権利でしょう」
「黙れ! エクストリーム王国を腐敗させた魔女め! 高名なフロンティア家の出身といえど許せない。婚約はこの場をもって破棄とする!」
フランソワはダリアを厳しく糾弾する。
「エクストリーム王国を貶めた罪で国外追放とする。嫌なら婚約者として迎え入れた責任を取るために、この場で僕が斬る!」
「私は国外に行くつもりなどありませんわ」
ダリアは片手を振り、おどけた口調で答えていた。フランソワを小ばかにしていた。
フランソワは無言になり、剣を抜いて走り出した。目標はもちろんダリアだ。
ダリアは立ち上がって鼻で笑った。
「この私とやり合うのなら容赦しませんわ。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」
ダリアが時を操る魔術を使ったのだ。
フランソワは剣を構えて片足だけ浮かせたまま、不自然な姿勢で止まっていた。
フランソワが悔しそうに肩を震わせるのを、ダリアはあざ笑う。
「あなたは私の生活を続けさせるための資金と権力を愚民共から吸い上げれば良いのです。それができないのなら、エクストリーム王国はいずれ国王不在になるだけですわ」
ダリアは愉快そうに両目を細める。
「私が女王になれば良いのです」
フランソワは歯噛みして剣を動かそうとするが、ダリアの魔術のせいで全く動けない。
ダリアは勝ち誇った笑みを浮かべた。
しかし、ダリアの余裕は長くは続かなかった。
背中の辺りに激痛が走る。
振り向けば、ロベールが血だらけの短剣を握っていた。
その血が自らのものだと認識した時に、ダリアは倒れ伏した。
「ロベール……どうして?」
「僕はあなたの事が大嫌いでした。言葉を交わすたびに吐き気がしておりました」
ロベールの声は震えていた。
ダリアの身体から血と体温が失われていく。彼女を助ける人間はいないだろう。
「私は何を……間違えたのでしょう」
ダリアはロベールに右手を伸ばすが、虚空を撫でるだけだった。
やり直したいと切に願った。
「暗き祈りよ我に力を、タイムリープ」
魔術を放つ。死に戻るためのものだ。
ロベールとの関係をやり直したい。
彼の微笑みが消えたのはいつからだろう。思い出せない。困惑させて楽しんでいたのを後悔する。
どこからやり直せばいいのか分からない。
ダリアは考えがまとまらないまま、絶命した。虚空からひとりでに生じた闇色の霞に包まれて、消えていった。
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