第1話:姫と弟の幸せな白
ふわふわで真っ白なベッド。弟は風に揺れる天蓋のカーテンが気になるのか、金色の髪を一緒になって揺らしている。彼の名前を呼べば、綺麗な蜂蜜色の瞳を細めて私の布団に入り込んだ。
「今夜は何を読もうか?」
「ねーさまのすきなおはなし!」
どこまでも優しい弟のリクエスト通り、私が一番好きな絵本を読み聞かせる。よく眠れるようにと、お母様がくれた林檎のフルーツティーはサイドテーブルから私達を微笑ましく見つめていた。
「『昔、それはもうずっと昔のお話です。ある国にとても優しいお姫様がいました』」
「ねーさまといっしょだね」
可愛い合いの手を入れてくれる弟の髪をそっと梳いて、続きを読む。しかしいつしかその合いの手は深い呼吸に変わっていた。
「寝ちゃったの? やっとレイの好きな王子様が出てきたのに」
『この物語のように私にもいつかきっと白馬に乗った王子様が迎えに来るのかしら』なんて甘い夢を抱きながら、マシュマロのような頬にそっと口付けた。
***
私は、ベルドールの国の姫として生まれた。ベルドールは平和主義を掲げる資源が豊富な国だ。甘い果物も新鮮な野菜もあって、いつもみんな笑っている。
この国のたった一人の姫として、私は宝石箱に仕舞われるような生活をしてきた。お勉強も素養もひたすらに叩き込まれた。それは必然的に私が王位を継ぐということを示していたから、泣くことも助けを求めることも許されなかった。
でも十回目の誕生祭を迎えてから少し経った時、私に弟が出来た。それから、私は一人ぼっちじゃなくなった。別に今までは不幸せだったかと聞かれれば「いいえ」と答えるだろう。王として厳格なお父様と微笑みを絶やさないお母様がいてくれた。それに、私はお姫様だから孤独と隣り合わせで当然だと思ってた。それがお姫様として生きることなんだって思い込んでいた。でも今は弟が傍にいてくれる。大好きって抱きしめられる大切な弟。大嫌いなお勉強も今までより頑張るようになった。だって私はお姉様だから。そう言えることが嬉しくてたまらなかった。十年の月日が経っても何一つ変わらないまま、私たち仲睦まじい姉弟を国民は暖かく見守ってくれていた。
「レイ」
「何? レイナ姉様」
「大きくなったなぁって」
「……突然どうしたの? 僕だって今年で十二歳だよ。もう立派な大人さ」
国の地図を片手に笑う弟は、私の執務室の棚から数枚の資料を引っ張りだし誇らしげに言った。
「お姉様、嬉しい。レイがこんなにいい子に育ってくれたなんて」
わざとらしく涙声でからかえば、真面目な弟は心配そうに眉根を寄せた。
「まるでお母様みたいじゃないか。姉様、僕はまだまだだよ。姉様の方がずっと政務を熟知しているし頭だって良い。お父様も褒めていらしたよ」
「私が十二歳の時なんてレイを連れまわしてばかりいたわ。身体の弱い弟を振り回してはいけないって貴方の世話係に怒られたものよ」
「最近は体調も安定しているから大丈夫だよ、姉様。もっと振り回してほしいくらいだ。僕にも姉様みたいに公務をやらせてほしいよ」
「まったく……。野心家はお父様譲りね。いいのよ。貴方はもっと遊びなさい」
この時は疑いもしなかった。そんな冗談も言えなくなる日が来るなんて。
白の悪魔は私達に口が裂けるほどににっこりと笑いかけていた。
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