第29話 図書とほんの少しの昔話
王都の図書館は中心地より少し外れの方に建っている。傾いた日差しが町全体を橙色へと変える。昼間は暖かいが夕方になるにつれ肌寒く感じてくる。師からもらったローブは夏は快適なのだが冬になるともう一枚着こまないと寒く感じてしまう。どうやら夏と冬では体感温度が異なるらしい。
「そろそろ冬の準備も始めないと」
ストーブに冬物の服も出さないといけない。少し肌寒さを感じながら図書館へと向かう。
「ぎりぎり」
閉館迄にはどうやら一時間を切っており、なるべく早く探さなくてはならない。館内を司書であろう人たちが忙しそうにしているところ話しかけるの申し訳なく感じるが、そうはいっていられない。
「すいません」
「はい、どうされましたか?」
「聖属性について記載がある本を探しているのですが……」
「そうですね、少々時間をいただきます」
忙しそうにしていた司書は探している本があることを伝えると表情を引き締めた。
夕方のこの時間帯まで忙しそうにしている理由は街の噂になっていた。印刷技術の向上により従来と比べ安く大量に本を仕入れることができるようになった。そのため日々大量に本が仕入れられ振り分けに奔走しているといったところ。既存の建物だと収まりきらず移設や増築の話も出ているという。縁遠い人も多い図書館であるが、ロルカにとってはないと困る存在だ。
待ち時間をもてあそぶのももったいないし、自らも本を探す。分野ごとに分けられているので魔法と記載されている場所へと向かう。ロルカの身長より高い本棚に隙間なく並べられている本。本好きとしては大変眺めが良い。
「この本の匂いがたまらない」
様々な素材を扱う魔法諸店ではどうしても素材の匂いが勝ってしまい本の匂いしない。インクのにおいと古そうな本の匂いは何とも代えがたいものがある。
魔法関連の本を何度か手に取りパラパラと捲るもなかなか求める記述がない。聖属性の魔法が大変希少であり、詳しくわかっていないという情報がわかってしまう。ふと、窓の外へ目をやると窓からさす陽は暗くなりかけており、閉館時間も迫っていることがわかる。
「出直したほうがいいかな?」
なるべくなら一度で済ませたいが、見つからないのであれば仕方がない。そう思っていると頼んだ司書が数冊抱えて向かってきている姿を目にする。
「ありましたか?」
「三冊だけですがありました。このまま貸出簿を書くので身分証明書をお願いします」
「はい、どうぞ」
手慣れたように身分証を渡し、本へと目を向ける。比較的新しい感じのする本ばかりだ。厚めの本が二冊と薄めなのが一冊。そのうちの一冊は見覚えのある人物達の連名によって書かれており眉を顰める。
「身分証お返ししますね。返却期日は二週間後になります」
「はい、わかりました」
本を鞄へと仕舞い、司書へと頭を下げ図書館を後にする。町はすっかりと陽が落ち、街灯が灯っていた。
店に帰り着くと早速借りてきた本を手に取る。ククとナナの名前が書かれている本は最後にしようと一番下に置き、本を三段に積む。
「本を出しているくらい優秀なんだなあの二人」
火山の件で一緒になった双子の研究者の事を思い出す。まだ二十歳にも満たなさそうな見た目をしていたし、その上本まで出しているとなると国に仕えているというのもうなずける。ただあの態度はないなと思う。
一冊目はオーソドックスに魔法全般についての事が書かれていた。まず魔力を持つ人と持たない人とで大別される。そのうち魔力を持つ人は火水風土のいずれかが使える。人によっては二属性三属性を使うことができ、三属性はほとんどいないという。また、四つの基本的な属性とは異なる属性がありその中に聖属性と闇属性がある。
「闇属性も聞いたことがなかったな」
素材の中にあれば絶対覚えていたであろう属性名の前にロルカはつぶやく。
聖属性は人体に有益な効果を持ち、闇属性は人体に有害な効果を持つ。この二属の属性は確認できた数が少なくあまり研究が進んでいない分野でもある。わかる範囲で述べていく。
聖属性は治療や解毒などをつかえる。聖属性の魔力よって肉体を修復する。地域によっては聖女や御使いとしてまつられることもある。闇属性は反対に忌諱されている属性で、貴族であれば幽閉され一生外に出てこれないような人生を送る。また地域によって属性が分かった瞬間に殺されてしまうといった件もあった。これらは過去に凶悪な犯罪者に闇属性を有する者が多かったことから闇属性は精神を汚染されている可能性を考慮するとされたからだと思われる。なお現在ではそういった事を禁止されているが地方まではわからない。
闇属性は毒や治癒の過程を止めることができるとされている。また毒とは別の方法で相手を弱らせることができる魔法も確認されている。
「改めて見てみると知らない歴史もあるんだなぁ」
もっと大きい視野でみると魔力無しも迫害を受けていた時期もあったと聞く。時代によってそういった対象が変わることはよくあることなのかもしれない。
「生まれに尊貴下賤はないというのに、人って優劣をつけたがる生き物だよね」
師は高貴な人や孤児などという括りにこだわる人物ではなかった。王には尊大な態度で接するし、孤児である自分を拾い育ててくれた人物だ。権力者はめんどくさい、貴族はめんどくさいと事あるごとに言っていた。人の上に立つのも、下の人。そうやって区別する人が嫌いだったのかもしれない。
一冊目はそのような感じで二冊目は聖属性についての本、というか教会の本だった。
王都にはベイワンド教という宗教があり、大きな教会を有する宗派だ。宗教で葉腹は膨れないことを身にもって体験したロルカにとってきれいごとばかり並べている宗教とはあまり好きにはなれない存在だ。
「教会のお知らせ」
どうやら布教用の手記のようなもので薄めの本である。前半は何やらうんちくが書かれていたため飛ばし、パラパラと捲ると御使いの一文字がみえた。どうやらお布施額に応じて神の奇跡とやらが行使されるらしく、恐らくそれが聖属性という事だろう。
「御使いということは男。女性だったら聖女だったんだろうね」
いつぐらいから存在するかわからないが、こうやって大々的に担いでいる事からそれなりにお金を集めているのだろう。
「コルニャ」
かつて孤児の時に一緒だった友人を思い出す。一年くらい一緒に行動していた女の子がいた。名をコルニャと言い、いつも帽子をかぶった子だった。機転が利き判断力もあり足も速い。孤児として生きていく能力を兼ね備えており、快活に笑う彼女はどことなく孤児らしくないと思っていた。
ある日、同じ孤児の違うグループの人たちが話しているのを耳にする。なんでも教会が炊き出しを行うらしい。普段そういった事をしていない教会が炊き出しをすることを怪しいとは思ったが、温かいものが食べられるのであればと二人で向かった。
「うちの方が足が速いんだからうちから先に行く」
警戒心の高さは孤児としては非常に大事で、こうだったらこうするを事前に決めているだけで動きが全然違う。どちらかが異変に気付き「逃げろ」の言葉で全力で逃げる。それが二人の決め事だった。
教会に着くと炊き出し自体はしていた。ただ同じような孤児の姿は全然なく、コルニャとロルカしかいなかった。やたらと職員があちこちに行き交い、そんな中大きな鍋を気にせずかき回している職員の姿が異様に映るほどだった。
「スープだけでも盗れたらいいのに」
スープをもらいに来た、だからスープを渡される時が一番油断していた。
恐る恐ると近づくと職員が木の器にスープをよそうのがみえる。職員がそれをこちらに差し出そうとしコルニャが受け取ろうと手を伸ばすと一瞬で手首をつかんできた。
「逃げろ」
先に並んでいたコルニャはロルカに向かってすぐさま逃げるように言い放つ。ロルカも掴まってたまるかと全力で逃げる。後方で「はなせ、くそやろう」などコルニャの言葉が耳に入るも彼女がその後戻ってくることはなかった。同じ女として、どういった経緯で捨てられたかわからないが一緒に生きてきた仲間を奪われた。
時間を置き教会を探るも人が多かったのが嘘のようにいつも教会に仕える人数は少なかった。あの日は人を捕まえるために意図的にやったことだとロルカは理解した。
一度外で音場を掃いている老シスターにコルニャの事を聞いたことがあった。
「こちらで穏やかに生活できるようにしたのだけれど病気で死んでしまったわ」
と悪びれる様子もなく言い放った。ロルカは頭にきて老シスターに蹴りをかまして逃亡した。
そういった過去があり、好きになれない存在。というより嫌いである。
「怪我の回復や欠損した四肢の復元。視力や聴力も戻せるって、なんでもありかな?」
ただし先天性はだめらしい。それにしても万能じゃないかと思える内容だ。
神の奇跡とやらではなく、聖属性は非常に有用な魔法ということは分かった。
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