第13話 目的地と準備

「それで? 詳細は?」


 ロルカは仕方なくといった雰囲気を隠そうともせず宰相へ尋ねる。


「北北西にある山をロルカ嬢は御存じかな?」

「アークウェイル活火山」

「左様。目的地はそこだ」

「はぁ」


 徒歩で行けばニ週間程かかる僻地。調査団の人数にもよるが大所帯であればあるほど移動速度は遅くなる。全員が馬で移動というわけにはいかないだろうし、馬も貴重な動物だ。

 魔物より弱い動物は自然淘汰されていく。人間にとって有益な動物は保護され繁殖できる環境が整えられているが、自然界ではそうはいかない。一応王国では動物の狩猟は命の危険性がある時以外は禁止されているが、どれくらいの動物が残存しているかは不明だ。

 そんな中、馬は保護されている種でありある程度のまとまった数生息している。


「隊列を乱さない程度で騎獣も使用する予定だ」


 騎獣とはまれに魔物と意思疎通できる人間が調教した魔物である。魔物とは魔力を宿した獣の総称であり、基本的に好戦的とされている。なので討伐対象なのだが、人を襲わない事が確認され届け出をして飼育することが可能。冒険者の中にも使役した魔物を連れている人がいる。


「口輪を付けさせる予定だから馬も食べることはないだろう」


 口輪は口に付ける輪で開口防止の為だ。魔物ということもありつけていた方が何かとトラブル防止となる。魔物の攻撃手段は噛み付きだけではないので実際は意味をなしていない事の方が多い。


「出発日時は」

「明日だ」

「は?」

「明朝日の出とともに出発」

「さらに悪くなってる」

「なに、その分色を付けるさ」

「そういう話じゃない」


 宰相は悪びれもなく言うが、ロルカ的にはたまったものではない。少なくとも数週間急に不在となるのに事前に知らせることができないなんて最悪以外のなにものでもない。


「ギルドに一筆書いててよね」

「ああ、承知した。ニル隊長、誰かギルド使い走りを。『魔法諸店は諸事情により王のために数日間働くことになった。苦情は王城まで。喫緊の用であれば本日中に尋ねるようにと』と知らせるように」

「かしこまりました。誰かっ!」


 ロルカが言った一言で何がいいたいかを察した宰相は無駄のない判断で指示を下す。流石は国を支える宰相といったところか。その仕事が出来る雰囲気を出しているのであれば他にもっと連れて行くべき人が居るだろうとロルカは思った。

 隊長が呼ぶとすぐさま若い兵士が走ってやってくる。不在と知らせることはできてもロルカでしか作製できない物が多くあるのであまり解決にもならない。ストックがある品であればいいが、そうでない場合1から作らなければならない。素材もうまいこと残っていたらいいが、時間帯はもう夕方である。素材が足りない場合諦めざるを得ないだろう。


 行きだけで何日かかるだろうか、それが往復となるといったいどれだけの……


「あー!帰還スクロール作製するので素材かお金ください。いやそれぐらい出して当たり前でしょ!」

「ああ、ああ。構わない」


 くつくつと笑う宰相の姿を見てロルカは青筋を立てる。人の気も知らないでお金さえ出せば解決すると思っている節があるこの宰相ハゲにいつか雷が落ちるようにと内心毒づく。


「移動は馬車? 移動中の食料は? 移動中に使う魔道具も請求していい?」

「ああ、詳細を書いてくれれば」

「言質はとったから」


 敬いのかけらもないロルカの言葉遣いにハラハラしっぱなしのニルであったが、不思議と楽しそうな宰相をみて首をかしげる。

 とりあえず言いたいことは済んだと踵を返し去っていくロルカの背に疑問をかける。


「よろしいので? 」

「ああ、あの娘はこれくらいでいい。不敬だのなんだのは気にしなくていい」


 なにせあの魔女殿の弟子なのだ。不満をためて爆発するより不遜な態度でストレスを多少発散できるのであれば安いものだ。もし不満を爆発でもさせてしまえば城が吹き飛ぶ何かをしでかすかもしれない。それに魔女殿には莫大な恩がある。本人に返すことはできないが、その弟子に色を付けるくらいなら安いものだ。


「では我々も明日の準備に取り掛かろう」

「はい……、いえ宰相様は付いてきたらだめですよ!」




 思ったより早く解放されたロルカは必要経費として色々買うために久しぶりにジュエルクロイスストリートへと向かう。早く店に戻りたいのは山々だが、準備を疎かにしてはいけない。ましてや魔物の跋扈ばっこする外へ行くには命の危険性もある。十分な余裕をもって挑みたいものだ。

 ロルカは魔力のない戦闘職でもない生身の人間なのだから、魔物の一薙ぎで死んでしまう。お付きの兵が着いてくるだろうがただでさえ異常事態、楽観視するわけにはいかない。


 軒並む店や開いたスペースで出店を開く人ひとなど多くのお店が集まる商業ストリート。ロルカが来ることは滅多にないが、時折掘り出し物があるという情報だけは知っている。師が店にいる頃は度々買い出しに行かされることがあり、店という店を一日中駆け回った忌々しい記憶もある。

 その記憶の中、適正な価格での取引や状態がいい素材を扱っている店は覚えている。一本外れた通りにある。少しさびれたような雰囲気でどことなく魔法諸店に似ているこの店は街の薬屋だ。記憶の中では薬屋なのに素材が売っているという不思議な店だった。


「いらっしゃい」


 外見とは裏腹にしっかりと明るい店内の奥には年寄りが一人腰かけていた。


「こんにちは、素材をみさせてもらっても?」

「ええ、どうぞどうぞ。足がこれなんで好きに見てください」


 そういった年寄り、もとい店主は杖を持っており、片足が不自由そうだった。

 店の右側は薬、左側に素材が置いてあり瓶に入れられて多くの種類があった。目の見えやすいところには手ごろで手に入りやすい物、上の方には希少で高価なものが陳列されており非常に整理整頓が行き届いていた。これだけ店が綺麗であれば素材の方の品質も保証されているようなものだ。ロルカは自分のお店の事を棚に上げ満足そうに商品を見渡す。


『ドラゴンの鱗』


 二度見してしまうほどの希少素材が目に入り目を丸くする。


「店主、これは本物ですか?」

「ええ、本物ですよ。息子が狩りに行ったときに上空を丁度通過したらしく、その時に落ちてきたらしい。あちらに椅子があるから手に取ってみてくださいな」


 店の端には三段だけの階段があり、それを使えば届きそうだった。

 鱗一枚は非常に大きいが、瓶に砕かれた破片状のものが詰められたものだった。店主の横のテーブルに一旦瓶を置き、鞄からメガネを取り出してみる。属性はしっかりと宿っていることは確認できた。


「直接触っても?」

「どうぞ」


 メガネを上にずらし肉眼で観察する。過去討伐された記録などほとんどないと言われるドラゴンの素材。空飛ぶドラゴンにとって人は地を這う虫と大差ないのか人を積極的に襲うような個体は存在しない。人からしても強大な強さを誇るドラゴンに喧嘩を売る馬鹿はいない。なのでドラゴンの素材といえば飛んでいる時の落屑らくせつしか入手方法はない。入手しようとドラゴンの領域に間違って入り込むと逆鱗に触れると聞く。そんな普通では入手できない素材だ。


 手に取ってみると見た目通りごつごつとした岩のような感触がわかる。砕かれた断面は岩のようであるがよく見ると層が重なっていることがわかり、岩とは違うことがわかる。持った感じは同等の大きさの岩などと比べても非常に軽い。手の甲でノックする様に軽く叩くとコツコツと軽い音がする。骨材などと似たような感じだ。類似するような素材は見たことないし、層状になるのはドラゴン種の鱗の特徴と一致する。


「いくらですか?」

「金貨三十枚だよ」

「むむむ」


 安くはない、が高くもない。無難な値段。


「これ、一枚分じゃないですよね?」

「そうですよ」


 一枚分じゃないからまけてほしいと遠回しにいうも難なくスルーされる。

 一枚、それこそ盾などに使えばそれなりの値段で売れること間違いないのだろうに、砕いて数回に分けて販売なのだ。どれだけ利益を取ろうとしているのか。ちょっとくらいまけても……。いや、どーせ返ってくるし自分の懐は痛まない。


「言い値で買いますので他の素材をおまけで付けてくれませんか?」



 数分後、ロルカは交渉が上手くいき上機嫌で店を後にした。


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