第8話 王都襲撃事件(偽)
のちに『王都襲撃事件(偽)』と勘違いされた事件はこうして起こってしまった。
「この、この私の魔法が……氷結の魔導師たる私の魔法が、紛い物なんかに」
周囲が目を開けるよりも早くロルカはこの惨状を目にしていたが、ポカンと口を開けたまま脳が考える事を拒否していた。雷のスクロールだから眩しくないようにレンズが黒いメガネを鞄から取り出しかけていたが、「眩しくなくてよかったね」のような幼稚な言葉では済まされない状況になっていた。
いかに今回の検定試験が不本意であったにしても、どこぞの自信過剰な魔法使いが大丈夫といったとしても、引き起こしたのはロルカが作製したスクロール。
「あ、は、はは」
ロルカは引きつった笑みしか溢れない。
良くて死刑、悪くて極悪人といったお触れ込みがあったあとに死刑。どう転んでもこの惨状を引き起こしたのは自分に咎が来ないはずはない。なぜなら……。
シリウスの後方にあった塀は見るも無惨な瓦礫の山へ。そしてその後方にあった王城の一角までも瓦礫と化している。その惨状を起こしたもう一人は地面に両手をついた状態でブツブツと何かいっている。自信を喪失する前に考える事が他にもあるだろう。
いや、ここまでの惨状を引き起こした威力に耐えているのだから流石というべきなのだろうか。
誰もが言葉を失った歩兵訓練場とは裏腹に、王城や街の方からの喧騒が大きくなっていく。急に城が崩れたら何らかに襲撃された可能性をまずは考えるだろう、城を守っている兵士達ならなおさら。早急に原因を探るべく動くだろう事は容易に思いつく。
鎧を身にまとっている兵士の足音だろうか、徐々に大きく多量に聞こえてくる
「一旦、中止に、しましょう」
なんとか進行をしていた男が口にだすと観客の多くはそそくさと訓練場をあとにしていった。
ロルカはこの場から逃げてしまおうかと考えるもお店の事を考えるとどうしようもなくなり、崩れていない塀を背に両膝を抱え座っていた。
流石王城と言ったところか、数分も経たない内に訓練場出入り口には多くの兵が来ており関係者に事情聴取が始まっていた。
やらかしてしまったロルカと違い、さぞいい気分であろうグレスダを見ると正に顔面蒼白といった形相をしていた。冷や汗が止まらないのか禿頭には滝の様に汗が流れ落ちていた、ハンカチで拭くのが追いつかないほどに。
そのうち数人がグレスダに話を聞き始めると「自分は悪くない」や「こんなつもりではなかった」など言い始め、しまいにはロルカの方を向き「アイツが悪い!」と言い始めた。
ロルカは現実味が沸かずにどこか冷めたようにその光景を眺めていた。
「魔法諸店のロルカさんですね、話を伺っても?」
「はい」
そのうちロルカの順番が回ってきた。まずは今回の検定試験の運営を行っていた人達、そしてシリウス、次にグレスダ屋の五人が聞かれ、ロルカの事情聴取は最後だった。その頃には瓦礫の撤去作業も始まっており、多くの人々が行き交っていた。既に日は傾き始めていた。
「まずは、今日検定試験を受けに来た、で間違いないですか?」
「はい、間違いないです」
「訓練場の壁、王城まで破壊したのはロルカさんが作製したスクロールで間違いないですか?」
「はい」
そもそもこのような催しをしなければこういったことも起きなかったのに。ロルカは誰にも迷惑をかけずお店を引き継いだだけであるし、粛々と生活していた。
今回の検定試験が魔法諸店を潰すためだとしても巻き込まれたに過ぎないし、そもそもあの王宮魔導師にも危ないと伝えていた。
「あなたは危険性を説いていたことは他の人より伺っていますが、それは事実ですか?」
「はい」
「そこを王宮魔導師であるシリウス様が押し切ったと」
「はい」
巻き込まれた上にとばっちりだなんてあんまりだ。シリウスって野郎は見つけたらぶん殴ってやる。気が付くとあの男の姿は消えていたのだ。
「シリウス様や他の方からもあなたは何も悪くないと仰っていますので、ロルカさんには何も罪になりませんよ」
いっその事神級スクロールをあの男にぶっ放してやろうか、ついでにグレスダも巻き込んでやろう。よし、そうしよう。
「あの、ロルカさん?」
「はい、はい」
「何でカバンを漁っているのですが?今日はもう帰られていいですよ?」
「何をって、ここら辺一帯を、え?今なんて?」
強行に及ぼうとした一歩手前で現実に戻ってきたロルカは普段の言葉遣いを忘れ、再度尋ねた。
「ロルカさんには罪はありません。他の方からの証言もありますし、帰られて大丈夫ですよ」
「よっっしゃぁあああああー!」
ロルカの突然の大声に作業をしていた男たちの視線が集まり、ロルカは居心地が悪くなりそそくさとその場をあとにした。
仕方ない、絶対死刑は免れないと思っていたのにまさかの生存報告である。家に帰れるという事は無罪放免と言ってもいい。なにかしら罪状に問われる場合は牢屋いきなのだがら。
感情の起伏が大きく何やら途中良からぬ考えをした気がするけど気の所為だったはず。ただ普段より間違いなく疲れたロルカは店に帰り着くなり『本日閉店』の札に替え、そのままベッドへと転がる。
「帰ってこれたぁ、よかったー」
行儀悪く被っていた帽子を放り投げ、大の字になる。そういえば鞄をまだ外していなかったと思い当たり気怠げに鞄を置いて再び大の字となる。
改めて思い出すと沸々とグレスダに巻き込まれたことに怒りを覚える。完全に巻き込まれた形だ。試験があるとわかって対策は立てたつもりで今回挑んだが、蓋を開けてみると首の皮一枚と言ってもいい。
今後は事後対策ではなく、そもそもあちらの好きにはさせない対策が必要だ。必要以上に関わりたくないが身にかかる火の粉は払わねば命に関わるかもしれない。
「まぁ流石に今回のような事はもう起きないだろうけど」
悪意には悪意を。どう仕返ししてやろうかと考えながらロルカはいつの間にか眠りに就いた。
翌朝はっとして目が覚めるともう朝だった。
「しまった、お風呂入ってない。ご飯も……お腹、空いた」
早い時間に寝たせいか、いつもより早い時間に目が覚めたロルカは昨夜入りそこなった風呂へと向かう。
シャワーにお風呂とあり、身体をキレイにしてから湯船へとつかる。師謹製のものであり湯量なども自由自在。
さっぱりしたあとは空腹感を強く覚える。孤児だった過去のあるロルカにとって食事はとても大切なものだ。腹に入ればいい孤児時代とは違い、今は美味しさが重要。それを一食のがしてしまうなんて、なんともったいないこと。
吊るしてあったベーコンを手に取り、食べられなかった分少し贅沢しようと普段より厚めに切る。
「たまご、たまご」
フライパンを火にかけ温まるのをまつ。その間野菜を盛り付けパンを切る。フライパンが温まったところにベーコンと玉子を割っていれる。
熱せられたフライパンにじゅうじゅうと踊るようにベーコンと玉子が音を奏でる。立ち昇る香りにロルカのお腹が可愛らしく鳴る。
「もういいかな」
しっかり火が通ったことを確認し、野菜を盛り付けたお皿に乗っける。そのままテーブルへと運ぶ。コップを取り出し牛乳を入れ席につく。
「いただきます!」
ロルカの朝は始まったばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます