第5話 中級スクロール作製

「出来上がったら挙手をし、それぞれついている試験官の指示に従うように」


 丁度確認が終わったタイミングで説明をした試験官によって全体に声が掛けられる。ロルカは早速手を挙げ周囲を見渡す。どうやら一番早かったようで手を挙げている人は他にはいない様子。

 図版印刷とはそんな大したことないのかと頭をよぎるも、真骨頂は中級以上の難しい陣からだなと思い考えを改める。


「終わりましたか、ではあちらの方の的へどうぞ」


 近くで見ていた試験官が横手にある的の方へ手を向ける。そこには土で出来た人形らしきものがあった。所々傷がついており普段から訓練で使用されているものだとわかる。地面から上半身だけ出ている形だが高さは一般の成人男性ほどの高さがある。


 ロルカは正面に立ち、左の人差し指と親指でスクロールをつまみたらすように構える。反対の手の指でつまみスクロールを張ると陣が輝きだす。


 拳ほどの大きさの火の玉が陣より飛び出し、的の人形に当たり消滅する。的には傷や焼け跡は付かなかった。

 初級のスクロールは陣を覚えるにあたり駆け出しのためのようなものだ。実用的にはほとんど使用することはできず、殺傷能力はほとんどない。流石に何発も連続で使用すればやけどくらいはするであろうが。


「合格です。席にお戻りください」


 席に戻ると試験官から次の紙を渡される。そこには『下級 水属性』と書かれていた。

 早速素材を見に行こうと席を立つとグリスダが風のスクロールを使用しているところだった。どうやら人によって課題が異なるらしい。スクロールから魔法が発動するたびに小さい歓声が起こる。


 まぁ初級は簡単だし、誰もここで引っかからないだろうと思いながら次の素材を吟味する。すると面白い素材があることに気づく。


「吹きさらしの岩」


 岩なので土属性を宿していそうなイメージであるが、風の強い土地から取れる風属性を宿した珍しい岩であり中々に貴重なもの。ただ、今回に限っては恐らく引っ掛け素材だろう。


 無難にブレイブバードの羽を選択する。純真なる水も同様だ。砕いた下級魔石を鞄からさっと取り出し羽と一緒に入れ、すり潰せたら純真なる水を入れる。


「これってスクロールが問題なく発動したら合格なんですか? 」


 ふと気になりロルカは傍に付いている試験官へ質問する。そういえば明確な合格基準の説明がなかったなと。


「はい、そうです。作業工程はそれぞれ異なると思いますので発動するかが一番ですね。あとはよっぽど等級の合わない素材を使わないかです。今回協賛の方から色々提供はされていますが、高価な素材ばかり使われるとちょっとといった感じですね」

「わかりました、ありがとうございます」


 ならば初めから適正の等級の素材をつかえと言ってほしい……と思ったところハッとする。


 なるほど、とロルカは思った。グレスダは三重の手で今回の検定試験を設けたんだなと。一つは単純にロルカが不合格になってしまえば競合相手を潰す事が出きると言う事。まぁこれはダメ元だろう。二つ目は間違った素材を使用すること、これは考えすぎかもしれないし、ただお店の従業員に対しての課題かもしれないが。本命は最後の一つ。

 どうやって魔力がこもっていないスクロールを作っているかを知ること。自前の魔力を込めながら陣を書くのが当たり前の魔法スクロールにとって、魔力なしが陣を書くことは考えつかない事だ。

 潰すためには敵の手の内を知ることから。だけどそういった企みは想定内。というか魔力無しのスクロールで支えられている魔法諸店にとっては知られてはならない唯一の弱点、当然対策済みである。


「きっと魔力を消す素材があり、それを知るために仕組んだ事」


 なんとなくこうかなと思っていた目的がやっぱりそうだったんだなと確信めいたロルカは、なんなく下級風属性スクロールを書き終え挙手し、的の方へ向かって発動させる。憶測で物事を見ることはいけないことだが、仮想敵として相手の企みを勘ぐることは悪いことではないだろう。


「次の課題はこれです」


『魔力なし 中級 土属性』


 案の定わざわざ魔力なしの課題を出してきた。


「やっぱり。まぁ問題はないですが」


 魔法諸店の魔力なしのスクロールは模倣することが難しい。だったら作製するところを見てしまえばいいとの魂胆なのだろう。

 横目でグレスダを見るとチラチラとこちらを伺っている様子だ。そう考えると随分と穴だらけな試験だ。通常試験といえば覗きなどがご法度であるだろうに。ましてや試験内容の説明も不十分だったりと怪しさが満点である。完全にそれらしくみせるだけの体裁のような気もする。


「そんなにチラチラ見なくてもわかりやすく作ってあげますよ」


 中級ともなると属性との親和性が低いものは使えない、それなりのものが必要となるが、素材となる属性値の高さや書き手の図形の組み合わせで威力が増減してくる。それは組み合わせが一気に多種多様になり、中級の定義は『殺傷能力が高い物』となる。ちなみに下級は『殺傷能力が低い物』になる。上級は広範囲に使えるものとこちらもいい加減な指標だ。


 この殺傷能力はいい加減でで当たり所が悪ければ死ぬが殺傷能力が低く、当たれば死ぬが殺傷能力が高いとみなされる。同じ等級でも複属性は一等級上とされていて実際は下級の複属性でも中級相当となる。


 今回の指定属性である土属性の素材は安価なものが多い。なぜかというと石や土といったものは土属性を含んでいるものがほとんどであり、用意に採取できる物が多いからだ。また、生ものがほとんどなく元から乾燥している素材も多いため流通量が多いという点もある。


「ビッグワーム」


 地中に住まうモンスターで土属性を有しており、地中を容易に移動することができる。積極的に人を襲うことはないが、掘り起こした場合、明るい場所にでると凶暴化する特徴をもつ。討伐のなれた冒険者であれば無傷で倒すことも可能だろう。こちらは珍しく生ものだ。


「ノームの忘れ物」


 たまに地表や地中にあるきれいな丸をした石だ。エレメントの上位の存在とされているノームが気まぐれで作った物とされており土属性を有している。


 切り分けられているビッグワームとノームの忘れ物、結晶枝と純真なる水。本当は使用する素材はこれだけである。ロルカにとって魔力なしのスクロールを作る方が簡単だからだ。結晶枝は魔力無しのスクロールに対してなくてはならない魔力浸透率が低い特性を持っているが、これは勤勉なスクロール作製者であれば知っている事だろうし隠す必要はない。これは魔力の濃いダンジョン内を歩いてもスクロールが魔力を帯びないようにするための処置だ。


 ただロルカが魔力なしとわからないようにしないと感付いてしまう可能性があるため一芝居する。

 予め準備してきた白亜石と魔法紙を砕いて固めたものだ。それをバッグからこれ見よがしに取り出し、すり鉢の上でいくつかに割ってわかりやすくすり鉢へ入れる。先ほどから入れている正体はこれである。


 白亜石はただの塗料に使われる白い石だ。それを砕いて魔法紙と混ぜ『白い石のような柔らかいもの』としてつくった。これをみたグレスダはきっとこれが『魔力を消す素材』と思うだろう。


 横目で見ると食い入るようにこちらを見ていた。


「いや、真面目に試験うけなさいよ」


 あとはいつも通り陣を書いていくのだが、またあることに気付いたロルカは試験官に尋ねる。


「この魔力なしのスクロール、私が使用すると本当に出来てるかどうかわからないですよね? 」

「あー、そうですね。……こちらは別な人に使用してもらいます」


 試験内容に魔力無しスクロールを選定した癖に、誰が使うか考えていなかったのか。どこまで適当なのだろう。こんなんで試験と言われたらまじめな人は怒っちゃうんじゃないか?


 気を取り直し、改めて自分以外が使うとわかったロルカは普段使わない図を書くことにした。素材的にも何個か図を追加しても陣に影響はないだろう。


 まずは追敵ついてきの図だ。くの図に上の線と下の線をつなげるように曲線を書き、横から見た眼のような図。その目線の先に的である人形を簡略化したものを書く。

 これは通常陣の上に発動するものを指定した物へと発動を転換させる図だ。


 次に指向の図。これは攻撃の指向性を持たせるものだ。縦に線を書き、後半を斜めに書く(イメージ的にはローマ字のJ)。その上側に矢印を書き下から上に攻撃するように指定することができる。


 三つ目は空白の図。魔法諸店では中級以上で必ず書くようにしている図だ。スクロール自体、どんな状態でも陣が壊れていなければ発動できるが、握りしめている状態や畳んでいる状態で発動すると陣がある表の手や体には当然ダメージが入ってしまう。この空白の図は握りしめた状態でもダメージを受けないよにスクロールから少し離れた場所から魔法が出るようにするものである。スクロール作製において一般的な図と言える。


 空白の図は四角を書き、そこから少し離して太い矢印を書く。効果通りに離れた場所から魔法が出る、といったイメージだ。


 最後に光導の図。意図的にしない限り実践では使うことがないような図。今回のようにスクロールと発動させる場所が離れているときにスクロールから発動地点まで移動する魔力を光らせるものだ。△の一辺を丸みを帯びさせた図に、その丸みを帯びた面の外側に等間隔に短く三本線を書く。△の中には矢印を書いておく。これは街灯が光っている様子の中に導線を記しており、導線が光るという図。これに定着の図とサインを記す。


 なお、魔力ありのスクロールの場合発動するトリガーは動きや言語になるが、魔力無しだと魔力が発動トリガーとなるため起動の図は不要となる。


 中級以上のスクロールになると攻撃性も高くなる代わりに発動も派手になる。それに宴会芸かと師に怒られた光導の図を書くことができてロルカは少し気分が上がった。


「出来ました」


 挙手し、報告する。何やらびっちり書かれた陣をみて試験官は怪訝な表情を見せるも、進行役がいるほうへ手を上げると、横に腰かけていた金髪の青年がこちらに向かってくる。


「えーっと、早速的の方へいきましょうか」


 どうやらこの金髪の青年が魔力を込めて発動する役をするらしく、二人に向かって説明をする。


「手持って魔力を込めてもいいんですけど、地面に置いて魔力を込めてほしいんです」


 魔力なしのスクロールは魔力を込めれば発動するのは知っているだろうが、わかりやすく説明する。魔法諸店の魔力無しのスクロールの全てはあらかじめ追敵の図が書かれている。なので広げていない状態でも魔力を込めれば発動する。何なら握りつぶした状態でも陣が崩れない限りは発動する。


「そうする必要性は? 」

「普段書かない図をを書いたので地面に置いたほうがかっこいいからです」


 不満げな様子の金髪の男にロルカは断言した。そうか、かっこいいのであればしかたないとの小声が聞こえたが、納得できたのであればそれ以上口を挟まない。


 すでに他の人たちは中級を終えている状態であり、ロルカは中級試験の最後となる。中級になると流石に周りに声をかけて行うらしい。一般人にあたれば即死は免れないだろうし。


「魔法諸店の魔力なし、中級土属性スクロールを使用する」


 青年はそう高々に宣言し、スクロールを一度掲げる。そして地面に置き男は片膝を地面に着きスクロールへ片手を伸ばす。なんだか芝居がかった動作が目につくが、青年は魔力を込めはじめる。

 すると陣が光ったかと思うと的の方へ光の線が走り、大きな音と共に地面から巨大な棘が的である人形を突き破りそのまま伸びる。


 その棘はスクロールからの光のが途切れると動きをとめた。


「「おおー! 」」


 観客から驚嘆の声と拍手が聞こえロルカはさらに気分が高揚していた。師から怒られた図もこうやって誰かが驚いてくれるのであれば創った甲斐があったというものだ。攻撃のスクロールに目立つ光を入れると認識されて逃げやすくなるから実践では絶対使うことはできないだろうけど。


 スクロールを発動させた男は「確かにかっこよかった」との言葉を残し感謝された。


 グレスダ魔法スクロール屋の人達も手を止めてみていたらしく、遠くに見えるグレスダは怪訝な顔をしていたが、ロルカには遠くて見ることができなかった。


 ロルカが自分のテーブルに戻るとすでに隣の席の青年は会場のどこにも姿が見えなかった。

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