ロルカの魔法緒店

@ru--na

第一章 炎天の空、巻き込まれは突然に

第1話 閑静な住宅地に響き渡る怒号

 

「ガラクタばっかじゃなえぇか! 」


 ある夏の快晴の空の下、閑散とした住宅地に怒号が響き渡る。その声に驚き、屋根で休んでいた鳥たちが羽ばたいていく。

 その声の出どころは、外見はいかにも古めかしくどことなく怪しい雰囲気を醸し出している店からであり、この街でであった。


「ですからお試し期間を設けましたし、ちゃんと前もって、しっかりと確実に! 説明しましたよね!?」

「設置すると魔力が回復するって話しだろ?」

「ええ、ええ。確かに魔力が回復すると伝えましたが極わずか! 微量に魔力が回復するとお伝えしたのです!」


 言い争う男性と女性の声を聴き、周囲の住人はまたかとため息を漏らす。

 男性の声はおそらく冒険者、そして女性の声は周囲に住む住人にとっては聞きなじみのある声であり、その店の主の声だからだ。


「いいですか、そもそもこんな引っ込んだところにある人があまり来そうにない寂れた店に魔力が普通に回復するような伝説級の魔道具アーティファクトが金貨二枚で買えるわけないでしょう! 」

「いやそこまでは言ってねぇよ」


強面の冒険者がそのけんまくにたじろぐも、なおも少女は続ける。


「この魔道具は街灯の明かりを参考に作られた魔力吸い上げ装置を元に周囲へ魔力を分配するというものです。なので街灯程度の明るさの魔力しか回復しません。街灯は御存じでしょう? 光輝石こうきせきです。それを説明は聞かずに試してみたいといったのはそちらでしょう?」


「ちっ、確かに返却したからな。いくぞ!」


 貸出証文書を投げ捨てるようにカウンターへ放り投げ、大声を出していた男は店の外に複数人で来ていたらしく、仲間を連れて去っていった。

 残された店の主である名をロルカといい、妙齢の女性である。ボディラインが強調されないように厚手のローブを着ており、くすんだ赤毛を隠すように大きい縁の帽子をかぶっている。帽子には銀色でできたリングが通してあり、緑に銀が目立っている。メガネをかけている瞳は青色で、小さい体躯たいくと合わせると魔女の格好をしている子供のようにしか見えない。


「はぁ、われながら引っ込んだところにある店何て言ってしまって、御師様はなぜこのような場所に店を構えたのだろうか」


 ここは立憲君主制の治める国であり、その名もデームブルヴ王国。そしてこの国の首都でありクリスタルブルヴ。そんな人口の多い首都であるが、店の立地は人通りの多いメインストリートから外れに外れ、外れまくった路地の奥に構えている。

 商いをする人からすると、そのメインストリートである『ジュエルクロイスストリート』に店を構えることができれば一流、その脇道に店を構えることができれば二流と商売をしている人の中では認識がある。その認識の通りメインストリートは人の往来が多く、それだけで人が訪れる可能性が高くなる。その認識は冒険者へも浸透しているらしく、こんな外れに店を構えているとどうしても見下してくる客が後を絶たないのは本当に困ったことだ。


「魔力のない私には回復しているという認識はわからないけど、悪くない商品だと思うのに」


 魔力を回復する手段で最も一般的なのが休むこと。次に魔力ポーションを飲むことだ。逆にそれ以外の手段はほとんどない。ただし一部の上位冒険者であれば回復できる手段を他にも持っていると聞く。絶え間ない努力や研鑽によりそういった技術アーツを身につけることもあるらしい。奥の手がないと上位冒険者とは呼べない常連客の冒険者が言っていた。つまり回復手段をこのような店に探しに来ている時点で。


「下位、もしくはそれ以下でしょう」


 ロルカの営むお店は『魔法諸店』。魔法系の道具である魔道具を取り扱うお店であり、魔法諸店で一番の売り上げを誇るのが魔法スクロールである。スクロールも魔道具も店主であるロルカが作製しているが、魔道具の方の才能は彼女の師も首をかしげるほどだった。


 しかし人口が多い首都であるがこういったスクロール取り扱いのお店は二件しかない。いや、なくなってしまったといった方が正しい。残りのもう一つは一流の場所と言われるメインストリートに店を構える『グレスダ魔法スクロール屋』である。このお店が革新的な道具を生み出し、スクロールを細々としていたお店が軒並みつぶれていった。


 それは図版印刷だ。


 魔法スクロールに描く図形はある程度法則がある。火属性であれば△を組み合わせ、土属性であれば□、水属性であればΞ。属性などの図を組み合わせ陣となる。この陣は図を書く魔法紙と媒介となるインクがあればそれだけで魔法を発動することができるが、そのままだと紙であるために軽く破れやすい。また戦闘中となるとわかりにくく取り出しにも時間を要してしまう。そういった理由から何かに巻き付けて保管するといった現在のスクロールとなっていった。台紙に貼り付け芯材に巻き付けるのが一般的。


 グレスダはこれらをインクに付けて紙に押し付けるだけで陣を書くことができる技術を編み出してしまったのだ。これまでは手書きで時間がかかるうえに、間違えるとやり直しという最悪な状態であったのにも関わらず、短時間で組み合わせの間違いさえしなければ量産することも簡単。結果、格安なスクロールが世に出たのだった。


 冒険者としてはいざという時の保険が安価で手に入るのであればと諸手を挙げて喜んだ。だが同じ生産者側だと素直に喜べない。


 とてもじゃないが手書きの魔法スクロールでは対抗できない。そう思い当たり撤退していったスクロール屋は数多く、現状二店舗だけとなった。といってもスクロール屋はなくなったが魔道具屋としては残っている店もある。だが、魔道具屋を営むにあたり、魔道具は高価なため売れ筋の中心とはなりにくい。どの魔道具屋も売り上げが良かったのはスクロールだ。なぜならスクロールは使い捨ての消耗品だからだ。


 多くの冒険者にとって、格安で立地のいい場所で売り切れもないお店があればそれだけで困らない。元々の立地の良さに格安、他の店に対抗できる手段はなかった。ただ一店を除いて。

 普通のスクロールであればそれでいいが普通ではないスクロールだと需要はある。ロルカのお店は普通ではないスクロールによって支えられていた。また、一部の上級以上の冒険者達が贔屓にしてくれていることも後押ししている。


 その基盤を作ったのは年若いロルカではなく、その師である。ロルカにとって師はどれくらい優れているかわからない人であったが、なんでも知っているすごい人だった。孤児だったロルカをある日偶然見つけ、「あんたには才能がある。あたしの弟子になれば食うものに困らない生活を送れる」とかなんとか言われ連れていかれた。一応同意の元なので安心はしてほしい。


 修業は厳しかったし、毎日手が痙攣けいれんするくらいスクロールの写しを書かせられた。また、基礎しか教えてもらわなかったのに好きに仕上げてみろといい、考えて書き上げるも「そんものはスクロールじゃない! 」と理不尽に怒られたことも多々ある。たくさん怒られたくさんげん骨をもらい育った。そんなつらかった下積み時代が六年経った頃、店とロルカを置いて師はどこかへ行った。しばらく一人で何とか切り盛りしていたが、師の死亡のお知らせと遺言状が届いたのはいなくなって丁度三年が過ぎた日だった。


 師の残した魔道具やスクロールは多く残してあったが、事実上三年はロルカ一人で切り盛りしてきた。遺言状が届いたその日名実ともにロルカのお店となったのだ。『魔法諸店』は元々使われていた店の名前であり、そのまま現在に至る。



 十六歳ロルカの巻き込まれ騒動はここから始まる。

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