第16話 第三章 2
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きっと、あの夜のように姿を変えているのだろう。
塚本は、見に行きたい欲求を抑えた。
鶴の恩返しだ。根拠はないが、そんな風に考えた。
変貌は、カミクズにとって絶対に見られてはならないことなのだ。リビングに行き、蛍光灯をつけてその様を目にすれば、あの話のようにカミクズは、どこかに消えてしまうに違いないのだと。
どんな形になっているのかは、明日の朝のお楽しみとしよう。
塚本は眠ることにした。そう自らに言い聞かせたもののなかなか寝付けない。
朝までに、塚本の記憶の中では、ガサッ、ガサッという音の連続が、間隔をあけて合計で五回聞こえて来たのだった。
翌朝、塚本は、リビングに入り紙くずに視線をやった。
おやっ、と思った。
ひと目、変貌が成されているようには見えなかったのだ。
いや、違う。部屋の隅まで進み前かがみにそれを眺めた塚本は変貌を認識した。
全ての折り目が鋭く尖っている。蛇腹もバラの花の模様の部分も五角形、六角形の凹みの部分も、その鋭角的になった折り目から優しさや穏やかさが失われたように感じられた。
昨日散歩中に遭遇した細い体のカラスのせいではないだろうか。
危険を察知して、本能がこんな風にさせた。紙くずが、物体ではなく、より生き物に思えて来た。
塚本は、そっと蛇腹の山に指先をあてがった。ちょっと、力を入れた。痛い。けれど、細い体のカラスに襲われた時、今回の変貌がどれだけ役に立つか。
「カラスは、強敵だぞ」
塚本は、紙くずに語り掛ける。
紙くずは、揺れ動き、コロコロ数十センチを転がって止まった。
梅雨空が続いている。
天気予報で午後の時間帯に雨マークを見ると、がっかりする。
家の中でつまずいたりしないために足腰は常にしっかりさせなければいけない。小雨程度だったら、散歩は決行することにしているが、今は、カミクズを連れての散歩である。汚れを寄せ付けない材質であるのは分かっているが、だからと言って、雨にも強いという気持ちにはなれない。
散歩中に雨にあったらどうしようか。
ジャケットを羽織っていれば、ポケットでもいいが、最近は、気温が高くなって着ることは滅多にない。
雨に濡れない容器に入れた方がいい。それに、――。塚本は、容器を購入する理由をひとつ加えた。
カラスである。あのカラスでなくても、地面を転がる何かに興味を覚え襲って来る可能性は十分だ。ゴンジロウは、大丈夫だったが、他の猫や犬から安全とは言えない。
カミクズは、超常現象で生み出されのかも知れないが、過信するのは危険だ。
塚本は、ホームセンターに行き、ペット用ケースを購入した。
雨に濡れないようにする、或いは攻撃を仕掛ける敵から身を守る密閉式のケースの方がいいだろうが、カミクズは、生き物だという気持ちが、ペット用の空気が入る物を選ばせた。
カミクズは、どんな反応を示すだろうか。檻の中に閉じ込めるつもりかと入ることを拒むだろうか。それでも、必要だ。
家に帰り、入り口の扉を開いてカミクズの反応をみることにする。
コロコロと転がってきたカミクズは、小さくジャンプしてペット用ボックスに入ったのだった。
「そうか、満足してくれたか?君の家だ。今夜からここに寝てもいいぞ」
塚本は言った。
カミクズは再びジャンプしてカーペットの上に飛び降りると、転がってこの場所がいいとばかりに部屋の隅に行ったのだった。
数日後、小さな固めのクッションをペット用ボックスの中に入れた。小雨の時や、天気予報で午後から雨と聞くと、右手に傘、左手にペット用ケースを提げて出かけるようになった。
カミクズには、かなりのエネルギーが秘められているようであった。それを発散せずにはいられない時があるのかも知れなかった。
雨が降って、塚本が足踏み運動をする時は付き合わないのに、買い物に行って帰ってくると、リビングのカーペットにかなりのスジが認められたりするのだった。
時には、これまで、公園の中では見せたことのないスラロームの跡が付いていることもあった。
「田中君達の前で、僕がスラロームと言ったからって無理することはないからな」
塚本は言ったが、翌日にはもっと長いシュプールがカーペットについていたのだった。
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