カミクズ、恐怖の鳥と失踪殺人事件[カミクズ改稿版]猪瀬宣昭・作

猪瀬 宣昭

第1話 第一章 1

           1

 塚本武彦、痩せ型で背が高く背筋がピーンとしている。皺が刻まれた端正な顔立ちからは、どことなく気品が漂っている。


 彼は、散歩をするのを日課にしている。夏場やそうでなくても気温の高い日などは短めの距離にするが、普通は、正味、二十数分の距離を歩く。歩き方は、速足でないが、だらだら歩きでもない。ウォーキングを意識して姿勢よく歩くことを心がけている。


 家を出て十数分の場所に「東三丁目公園」という名称の公園がある。高さ一メートル程のオレンジ色の石壁に囲われた縦、横数十メートルのほぼ正方形の公園である。


 健康のために、と始めた散歩だが、この「東三丁目公園」を中心とするコースが、距離的にも要する時間的にも最適と思え、立ち寄るのが習慣になった。砂場や滑り台やブランコといった遊具施設の他にベンチが全部で五つ置かれている。広い通りの側に三つ、反対側の入り口から入った近くにふたつ並んでいる。


 公園のほぼ中央部には、三十センチ程石の壁に縁取りされた芝生の小山があり時計を載せた四角い柱がその左側の端っこに立っている。小山の一番高いところは、百七十二センチの塚本の背丈ほどある。この小山にオムライス山と塚本はニックネームを付けたのだった。時計の柱がなければ。本当にオムライスにそっくりの形をしているのだ。


 この日も、広い通りの側の入り口から入ると右に折れ、指定席とも言える三番目のベンチに腰をおろした。ベンチの真ん中に座るとオムライス山の裾野が正面に見える位置関係にあった。



「春だよなあ」

 四月になったばかりだが、すっかり春の陽気に塚本はひとり言葉を発し、フウッと息をついた。視線を右奥の滑り台やブランコなどの遊具が置かれた場所に投げかけ、ゆっくり手前のオムライス山に移動させた。

 

 この公園でのひと休みは、大体十分間ほどだが、時に過去の出来事などに思いをはせて倍以上の時間を費やすこともあった。

 突然、カサッカサッという音が、オムライス山を眺める塚本の耳に届いた。

 

 何だ?と視線を自分の方に引き寄せたが、再び、カサッ、カサッ、カサッ、カサッという音が連続して聞こえた。小さな音だが、音には、軽やかさと明瞭さがあった。ベンチの下からの音に思えた。

 

 足もとを見つめる彼の足の間から真っ白な丸めた紙が小さな音をたてて現れた。

 肩幅ほどに広げられた靴先と二等辺三角形を作る形で丸められた紙くずは止まった。野球の軟式ボールを連想させる球形に近かった。


 パソコンの印刷用紙だろうか?これだけの白さからすると捨てられたばかりだろう。

 公園の入り口付近に金網製のくず入れがある。捨てて帰ろう。

それにしても、である。塚本は紙くずが、ベンチの下から現われた様子を頭の中に描いた。

 やけに直線的ではなかったか。第一、今日は風がない。これだけの大きさの物を転がすには足もとに風を感じさせるだけのエネルギーが必要なのではないか?

 音も鳴っていた。紙くずが転がっただけにしては、やけに、明瞭な音でなかったか?


 次々起こる疑問。


 塚本は、紙くずをじっと見つめた。

 紙くずが、左右に揺れた。やっぱり変だ。穏やかな天気だ。気流が、瞬時に右から左に変化するなんて考えられない。気持ち悪い。視神経が疲れているのか。目を瞑り、両方の瞼を左右三本の指で軽くマッサージした。正常である。

帰ろう。

 塚本は立ち上がり、紙くずを拾った。ぎゅっと丸められてないのが、掌に包み込んだ感触からも分かる。


 目標の屑入れに数メートルといったところで異変が起こった。

塚本は、声を上げ、紙くずを地面に落としていた。軽く握った掌の中で紙くずが蠢(うごめ)いたのだ。捨てられるのは、嫌だ、嫌だ、と身悶(みもだ)えるような蠢(うごめ)きだった。

 

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