第11話
撮影会の余韻に浸りながら、仕事をしていると、怜也と圭と航希が3人揃って僕の席に来た。何事かと3人を見ていると「誕生日おめでとう!!」と揃って言う。そうか、今日は僕の誕生日かと思い出しありがとうと僕は返す。
「これ3人で出し合って買ったんだ」と怜也が紙包みを差し出す。
「なんだ嬉しいじゃないか。開けていい?」
「いいよ。開けてみて」
「――どれどれ……お!? 時計? わっG-SHOCKだ!」
「時計持っていないなって気になっていたから」
「よく気づいたな。大切に使うよ。早速付けよう」
そう言って僕はもらったばかりの時計を左腕に付けた。気持ちがポカポカする。口元が自然とニヤけてしまう。こんなサプライズは初めてだった。
「似合っているじゃん!なー?」と3人が顔を見合わして、うなずき合う。
「本当にありがとう。こんなの初めてだよ」僕は心からお礼を言った。
「そうだ怜也、今度推しの舞台があるんだけど一緒に行かないか?」
「舞台か。どこであるの?日にちは?」
「都内であって、日にちは再来週の日曜なんてどう?」
「再来週の日曜か――えーと、その日なら空いているから行こうかな」
「お? 本当? やった!」
「俺等は誘わないのかよ」航希が嫌味のように言う。
「お前らは興味無いだろ?」
「まあな」
「じゃあ言うなよ」
「うるせー楽しんでこいよ」航希は口は悪いが根は優しい。憎めないやつだ。
「まあまあ」と圭が航希をなだめていた。
僕は友だちが少ない。が、もう1人誘うあてがあった。従兄弟の絵美だ。僕より4個下の絵美は小さい頃よく遊んでいて、今もたまにメールでやり取りをする。丁度顔も久しぶりに見たかったし、舞台に行かないか?とメールを送ってみる。だが中々メールの返信は来なかった。これは駄目かと思っていると、やっと返信が来た。
〈久しぶり! 舞台? いいね。楽しそうだから行ってみたい〉
〈ありがとう。詳しいことはおって連絡するね〉
〈うん。待っている〉
そんなやり取りをして携帯を閉じた。やった。柚香に2人を紹介できる。僕は胸が高鳴っていた。友達の少ない僕は女友達なんていない。そんな中、絵美を誘ったのは、女の知り合いもいるぞという見栄だ。柚香にそのことを悟られなければいいなと思いながら眠りについた。
僕らは会場となる劇場前で待ち合わせをした。僕は待ち合わせ時間より前に、怜也は待ち合わせ時間丁度に、絵美は少し遅れて劇場に姿を現した。それぞれ性格の違いが、うかがえる。怜也と絵美はお互い初めましてと挨拶を交わしていた。劇場は同じ系列の劇場が何個か連なったミント色のタイルの建物の中だった。僕達は1番左の入り口から劇場に入る。
「舞台って初めてなのよね」
「え、まじ?怜也は?」
「俺も初めて」
「2人とも初めてか。楽しんでもらえるといいな。」
「期待しているよ」
「私も」
「わ、プレッシャーだな」
「春人がプレッシャーに感じることはないだろ」と怜也が僕の肩を叩いて笑う。
席は自由席だったので、3人並んで真ん中あたりの席に座った。僕はいつも通り、自分のことのように緊張して、身体がガチガチだった。そのうち役者2人が舞台に現れて、観劇中の諸注意などを面白おかしく説明する。会場が暗転して、サッと波が引くように静まり返った。開演である。この舞台の柚香は、いつもと違いメガネをかけツインテールの髪を三つ編みにしていた。知的な印象。役は学生役だ。水色のカーディガンを学生服の上に羽織って、柚香は長台詞もそつなくこなす。少し大人しい子の役のようだ。いつもより落ち着いた感じで演じている。舞台のあらすじは、高校で殺人事件が起き、主人公が捜索するということをSNSで確認していた。隣をそっと見ると、怜也と絵美も見入ってくれているようだ。ホッと僕は胸をなでおろす。これで柚香を集中して見られる。僕はいつも舞台は柚香だけを基本目で追っていた。一時も見逃したくないという思いからだ。演じている柚香を見て感情移入をし、由香が悲しそうな顔をすれば、僕も胸が締め付けられ、由香が声を張った演技をすれば、胸が高鳴った。
舞台はクライマックスを迎え、犯人が明かされ、終演を迎えた。観客席から大きな拍手が巻き起こる。怜也と絵美も楽しかったと言ってくれた。僕は心の中で飛び跳ねていた。終演後の物販、会場からロビーに出て、僕と怜也と絵美3人並んで柚香を待っていた。数分すると柚香が姿を現した。端のファンから順番に声をかけている。僕達は1番逆の端にいた。順番は結構かかりそうだ。気長に待とう。
「――春人くんおまたせ。お友達連れてきてくれてありがとうね。はじめまして。高峰柚香です。今日は見に来てくれてありがとうございます」
「ええと、こっちが従兄弟の絵美」
「はじめまして絵美です」
「わー! みんなおっきいですね。何歳ですか?」怜也と僕は180cm。絵美も170cm以上ある。151cmの柚香からはさぞ大きく見えるだろう。
「31歳です」
「わー! 私より年上だ。見えないー」柚香は大げさに驚いてみせる。おだて上手だ。
「あら、ありがとう」
「そんでこっちが親友の怜也」
「はじめまして怜也です。春人がいつもお世話になっています」
「はい、いつも春人くんのお世話しています!」と柚香がにっこり微笑む。
「これ、来てくれたみんなに渡しているんです。良かったらどうぞ」と柚香がオリジナルの舞台衣装の缶バッチと、キットカットと、手書きのメッセージカードが入った包をそれぞれに手渡してくれた。そういう気遣いが推したいと思える理由の一つだ。ありがとうと僕達は受け取った。
「今日は来てくれて本当にありがとう。お友達も見れらて嬉しかったよ」
「うん。こちらこそありがとう。この後の舞台も頑張ってね」
そう言って僕達は劇場を後にした。怜也達を紹介できて本当に良かった。夜も遅かったので、怜也と絵美とはお礼を言って劇場前で別れた。僕は街頭の煌めく夜の街を1人ふわふわした足取りで歩いた。心は舞台を見る前より、数倍も軽かった。
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