第4話
4月になった。4月は柚香の誕生月だ。そのため今月は生誕祭なるものがある。柚香の誕生日を祝う主催ライブだ。そして柚香は殺陣もやっているので、上旬には、群馬で忍者のイベントがある。群馬というのがネックだった。遠征と言うまでもいかないが、少し遠い。先月散財してしまっていた僕は、交通費を捻出することが難しかった。でも行きたい。殺陣をする柚香を見てみたい。そうして僕は交通費をどう捻出するか悩むことになった。
散々悩んだ。散々悩んで、導き出した僕の答えは、ヒッチハイクだった。当日は休みだが、イベントの翌日は仕事だ。最悪帰って来られなかったことなどを考えると、かなりリスクはある。だが、そうと決めた僕は、もう気持ちを曲げることができない。断固、決行することに決めた。
前日の夜、僕は高速のインター近くで、プラカードを掲げ、ヒッチハイクに挑んだ。すぐ捕まるとは思っていない。気長にいこう。30分くらい過ぎただろうか、一向に捕まらない。まあでも、このくらいは想定内だ。更に粘る。すると、一台のトラックの助手席に乗っていた男の人が、声をかけていけくれた。だが「頑張って」と言ってくれただけで、そのまま通り過ぎていく。手応えはあった。この調子ならいけるかも。でもその考えは甘かった。1時間すぎ、2時間すぎ一向に止まってくれる車は無かった。もうちょっと粘っても良かったのかもしれないが、完全に心が折れていた。僕は諦めて、とぼとぼと、帰路についた。
ヒッチハイクを失敗してから、僕は凹みに凹んでいた。柚香がフォローしてくれているので、普段はSNSに毎日つぶやいているが、つぶやく気にもなれず、SNSを見ることが極端に減っている。とはいえ仕事に支障をきたす訳にはいかない。仕事は落ち込んでいることを見せないように、それなりに頑張っていた。
「前ほどじゃないけど、どことなく元気ないな」怜也は鋭い。僕が元気がないのを気づいていた。
「いや、話せば長くなるから簡潔に言うけど、実は推しに会いに行くために、お金がないからヒッチハイクをしようとしたんだけど、だめだった」
「なんだ、そんなことかよ。ヒッチハイクなんて捕まるわけ無いだろ。そんなことで落ち込むなよ」
「だからできるだけ、気づかれないように元気に振る舞ってただろ」僕は言葉に力が入る。「怜也が鋭すぎるんだよ」
「そのくらいすぐ分かるさ。何年の付き合いだと思っている。春人のことは俺が一番分かっているさ」
「そうだな。気づいてくれてありがとう」
怜也は僕の一番の理解者だ。小さなことに気づいてくれるのが何より嬉しい。
できるだき仕事は落ち込んでいるのをバレないようにやった。でも家に帰ると悶々としてしまう日々を送っているうち、あっという間に柚香の生誕祭になっていた。生誕祭まで逃す訳にはいかない。僕はお祝いごとだからと、どこか場違いかもしれないが、スーツに身を包み会場に向かった。
「あ、生きてた」会場に着くと、外で準備をしていた柚香のマネージャーが、僕に向かって開口一番、そう言った。
ん? もしかしてSNSをつぶやいていなかったから死んだと思われていた? これは柚香も勘違いしているかもしれない。困ったぞ。まあ仕方ない。まずは生誕祭を楽しもう。柚香にすぐ謝りたくても、物販は終演後だ。それまで謝れない。そう思いながら開場を待った。
生誕祭は素晴らしいものだった。柚香は3人組のユニットだが、柚香の2組ユニットだったときの元相方とのコラボがあったり、柚香達が歌って踊る後ろで、柚香の殺陣仲間の人が、殺陣を披露したり、普段見られない内容も盛り沢山だった。柚香は青色のドレスを着ていた。初めて見るドレス姿は本当に美しかった。普段可愛らしい柚香に美しさが加わり一段と魅力的に感じた。最後は柚香の挨拶、ケーキと花束がプレゼントされて盛大な拍手で生誕祭は終わりを迎えた。いよいよ物販だ。柚香に謝らなくては。
チェキの列に並ぶ。徐々に自分の番が近づく。いつも異常に緊張する。そうこうしているうちに、自分の番が回ってきた。
「もう、心配したんだからね!」柚香は涙を浮かべながらそう言った。
「ごめん。殺陣のイベントに行けなかったのがショックすぎて……」
「そっか――でも良かった。顔見られて安心した。来てくれてありがとう」
柚香は涙ぐみながらチェキを撮った。スーツの僕と涙ぐんでドレスを着ている柚香。心配させてしまったのは申し訳ないけど、僕のために涙を流してくれたことが、最高に嬉しかった。自分のために泣いてくれる人なんて初めてだったから――。
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