第3話 宝と僕
僕と宝は、小学校の頃に出会った。
出会った、といってもクラスが偶然同じだっただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
実際、当時の僕たちはまるで接点がなかった。
それもそのはずで、僕らはまったく性格がちがう。
よく話す友達も、休み時間の過ごし方もまるでちがった。
それなのに、宝はひとつの出来事がきっかけで僕に絡むようになった。
図画工作の時間。
先生の出した工作の課題。
その作品づくりで、僕は宝にひどく負けたのだ。
小学校の工作で先生に勝ち負けを判定されたわけではない。
クラスのみんなの視線で、美術の先生の反応で、僕は瞬時に負けたと思ってしまった。
当時のことを思い出せば、宝はものすごい
それなのに、みんなの目は宝の作品に向いた。
今思えば人気者の作ったものが注目されただけの話だったのに。その日から、僕は天ヶ瀬宝のことを一方的に苦手になった。
小さい頃から自己肯定感がもともと弱かった僕にとって、唯一褒められたことのあること。それが、創作だったのに。
もともと人気者で、なんでもできてそうなこいつに。宝に負けた。
とうの宝は自分の作品が褒められたことに対して、ごく自然に「ありがとう」と返すだけだった。
教室の後ろ。壁際に並んだクラス全員の作品。
誰もいない放課後の教室で、一人だけになった僕はそれらをじっと眺めている。
どう考えても、僕の作品が一番いいはずだ。
口に出すことはない。
心の中でそう言って、頭に染み込ませるようにすっと飲み込む。
「伊能くんのつくったやつ、めちゃくちゃかっこいいよね」
身体がビクリと動き、小さく変な声が出る。
まったく気配を感じなかったのに、振り返るとランドセルを背負った宝がいた。
「俺のより全然いいよ、伊能くんがつくったやつ」
褒められてるものと比べるなよ。
ましてや、誰にも注目してもらえなかった作品を。
口からは出ない言葉が、腹の奥へ鉛のように沈んでいる。
もし、この鉛を目の前の宝に向かって吐けば、明日から僕は教室に居づらくなる。
飲み込めるなら、飲み込んだままでいい。
「そんなことないよ、みんな天ヶ瀬くんの作品褒めてるしさ」
これは本心だ。
褒められてるものの方が、みんなにとって価値がある。
「褒められるかどうかと、ほんとにいい作品かって別の話じゃない?」
それをおまえが言うのか。
「いい作品って、もっとこう、心が震えるっていうか」
おまえが語るのか。
「伊能くんのつくったやつみたいなもののことだと思うな」
それ以上、僕に喋るな。とは言えなかった。
「そう思ってくれるんだ、ありがとう」
僕はそれ以上何も言える気がしなかった。
「むしろ、俺は図工の時間あんまり好きじゃなかったから。伊能くんは楽しそうに作っててなんかかっこよかった」
リアクションに困ることを言ってくるなよな…。
僕の困惑とは裏腹に、宝の僕を見る目は恐ろしく純粋だ。
だから、僕もどう返せばいいのか正解がわからなかった。
「僕も天ヶ瀬くんはかっこいいと思うよ、なんていうか、キラキラしてて」
なんでこんなことを言ってしまったんだろうな、僕は。
「え、ほんと?」
「うん、天ヶ瀬くんの作品もすごいと思うし」
宝の目は輝きを増していった。
無邪気な少年らしい瞳は、僕と宝の作品に視線を注いでいる。
「じゃあさ、じゃあさ!」
天ヶ瀬宝の手は、彼自身の作品を掴んだ。
そして、あろうことか彼は自分の紙粘土でできた作品の一部を折った。
折れてしまった一部分は、僕の作品に添えられるように置かれる。
「こうしたらもっといいって、ずっと思いながら見てたんだ!」
おまえ、おかしいよ。
人に褒めてもらった作品を自分で壊して、人の作品と合わせようなんて。
僕の作品に勝手に手を加えるな。
僕の気持ちをぐしゃぐしゃにするな。
溢れてくる言葉を吐こうものなら、僕は僕を許せなくなる。
明日の教室を居心地悪くした、今日の僕をきっと責めてしまうだろう。
だから、宝のきらきらした目に対して曖昧に笑顔を浮かべることしかできなかった。
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