あさってくらいの未来の話

吉岡梅

幼なじみのメガネが便利そうなアプリを作って来た

 よっしゃ部屋に帰って来たし、いっちょLINEでもカマしますかと取り出したスマホを掴む手を掴んでくるのは悠人ハルトの手。


「ちょっと何、ハルト。てかなんでいるの」

「は? アオイが課題手伝えって言いだしたんだろ」

「……そうでした。本日はよろしくお願いします」


 私は深々と頭を下げる。目の前の幼なじみは何か言いたそうだったが、無言で眼鏡をクイッと上げて手を離した。ちょろい。


「まあ、いいけど。でさ、アオイまたLINEやろうとしてただろ」

「はい。すみません。まず課題やります」

「あー、違くて」


 お? これは? ご近所一の天才が何かソワソワしておる。間違いない。これは何か妙な物を作って来たけど見せようかどうか迷っている時の顔。私じゃなきゃ見逃しちゃうよね。


「何々? ひょっとして新作?」

「まあ、そうなんだけど……」


 今、ハルトの中では戦いが起きている。勉強をしなくてはいけないという真面目なハルトと、新作を見せたいというわんぱくなハルト。そして私が選ぶべきは、そう、勉強をしなくて済む選択肢! 来い、わんぱくハルト! キミに決めた!


「見たい! べきでしょ! 見せるべき」

「ええ~。まあ、そこまで言うなら。しょうがないなぁ~アオイは~」


 ハルトはスラリとバッグからタブレット端末を取り出して私のスマホと直結した。開発用タブレット持ってくるとか本気かお前。見せたさが過ぎるだろ。私の大事なスマホに何する気だ。まあ大丈夫だろうけど。


「アオイはさ、すぐになLINEするだろ?」

「え、うん。ひょっとしてハルトのお兄さんの正体バラしたやつまだ怒ってる?」

「ひょっとしてるし進行形で困ってるけど、それ。それを始めその他諸々」

「もろもろか……」

「だからさ、壁打ち用アプリ作ってみた」

「かべうち?」

「よし、インストールできた! 説明するより使ってみて。はい」


 受け取ったスマホのLINEの隣には、緑の下地の上に白の吹き出しのアイコンが乗っている。ほぼLINEと同じだ。違うのは吹き出しの中に「前」と言う漢字が表示されてる事だけだ。


「前」

「そう。それが今回の新作アプリ。その名も〔LINEその前に〕!」

「センスが小林製薬」

「!!」


 何やらショックを受けた様子で絶句しているが、とりあえず使ってみよう。


「おー! LINEそのまんまじゃん! ……え? そのまんま? 間違えた?」

「いやいや、それで大丈夫。画面はそのまんまだけどね、その〔LINEその前に〕はね、なんと! どこにも……」

「マエンにしない?」

「は?」

「だから、LINEの前だからMAE-NEマエン。言いやすいし」

「そんなに言いにくかった? わかったよ。……えー、あらためまして。なんと! マエンはLINEと同じ画面だけど! ……どこにも繋がってないんだ!」

「ん? どゆこと? メッセ送っても返事ないって事? それ見て1回落ち着いて考え直せ的な?」

「いや、返ってくるよ。LINEと同じ返事が。だから『壁打ち』なんだ」

「どゆこと?」


 私が首をかしげると、メガネは胸を逸らしてクィッっと溜めて言った。


「AIさ」

「AI」


 そして圧巻のドヤ顔。毎度のことながらイイ顔すんなこいつ。ていうかちゃんと説明しな?


「いまいちわかんないんだけど。AIが返事してどうなるの」

「そのAIはね、アオイ周りのLINEのデータや諸々を学習済みなんだ。だから、メッセージを送ると、実際にLINEで送った時に返ってくる返事を高確率で返してくれるんだよ」

「ってことは、LINEでメッセージ送る前に、これでメッセージ送ったら、結果が見れちゃうってこと!?」

「その通り。アオイがうかつなメッセージ送ってタイムラインが大混乱になる前に、その結果を知る事が出来るってわけ」

「凄いじゃん!」

「だろう?」


 なんてことだ。いつも何気にメッセージ送って怒られまくってるけど、これがあれば怒られるかどうかを事前チェックできるのでは。

 私の周りのあれこれを学習したとか言ってるところは、え、プライバシーは? とか思わないではないけど、もし本当にチェックできるんだったらメリットやばすぎる。やばすぎてやばい。

 いや、ちょっと待て。本当なのか。ハルトは信頼できるが果たして技術の方は信頼できるのか。確かめてみるべき。


「じゃ、ちょっと試そ! これでハルト宛にメッセ送ったらさ、実際ハルトが返してくる返事が出てくるってことだよね」

「え、僕に送るの? まあ、その通りだけど」

「じゃあ[センスが小林製薬]っと……。これでさっきと同じ返事だったら信頼できるって事で」

「待て待て待って」

「何?」

「そんなのいきなり送られたら、何が? ってなるに決まってるじゃん。その前の会話の流れがわかんないんだから。主語付けて? ってなるじゃん」

「オッケー」

「オッケーじゃないが。大体アオイはいつもそういう……」


 ワーワー言ってるけどはい送信。さあ、どうなる。すると、速攻でポヨンと返事が返ってきた。


---

ハルト:何が?

ハルト:主語付けて?

---


「え、凄い! まんまじゃん」

「まあ……そうなるよね。うまく動いてるだろ? 思ってた流れと違ったけど」


 開発者はどこか不満気だけど私はコクコクと頷く。これは凄い。ある意味、事前にささやかな未来が分かるようなものだ。AIすごい。ヤバい。


「だからさ、今後は考えなしにLINE送るんじゃなくてさ、まずそれで試してみて、事件にならなかったら本当に送る感じにすれば、アオイも変なトラブルに巻き込まれないで済むんじゃないかな」

「ハルトくん」

「はい?」

「私、前々からちょっとクラスのグループとかに投げてみたかった事あるんだけど。これがあれば試せるって事だよね?」


 私の100点の笑顔を見たハルトの顔がメチャクチャ曇る。


「……それって、怒られそうな事?」

「はい」

「アオイさあ……。まあ、試してみたら。そういうのを防ぐために作ったわけだし」

「そうこなくっちゃ! だからハルトって好き」


 ハルトはブツブツ言っているが気にしない。私だっていつも何も考えなしにポストしてるわけじゃないのだ。まあ、考えなしの時のがちょっと多いかもだけど。


 日頃ちょっと「やめとこうかな」ってグッと堪えてる事だってないわけでは無い。思っていたことを投げてみたら、みんなはどんな反応をするのだろう。


 本番ではとてもできない事もなら試せる。だったら、試す以外ないじゃない? さあ、パーティの始まりだ。私はアプリを間違えていないか慎重に確認してタップした。

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