魔界コンサルタントアスナト

愛笑屋【うれしや】

第1話

「ナト様……アスナト様! 起きてください!」


「うん……? ふぁーあ。よく寝たぜ」


「見えてきましたよ、あれが"魔都ポリメトロス"です」


 馬車に揺られ心地よい眠りを、女従者のレヴィに妨げられた俺の名はアスナト。

 辺境からはるばる魔界の都へと商売に出かけるところだ。

 商売と言っても目に見える物を売るわけじゃない。俺が売るのは"流儀"だ!


「へぇー、結構賑わってんだな」


「今、魔都では魔界一の商人を決める大会。通称"MM-1グランプリ"で大盛り上がりですからね」


「コラーッ!」


 街に入るなり、リザードマンの店主の怒鳴り声が聞こえる。


「早速、商売の種が見つかりましたね」


 "魔武具屋"と書かれた看板を掲げているその店の壁には、と罵詈雑言が書かれていた。


「これは、さっきのゴブリンどもがやったのか?」

           

「ああ。……ったく忙しい時にやってくれるぜ。あんたらもうちに用がないならどいくれるか?」


 その様子を見てたレヴィは、ここぞとばかりに店主に話を持ちかける


「まま、いては事を仕損じる。なーんてことも言うこの魔界。私達は、皆々様のお悩み事を万事解決と旅をしている者です。そして、こちらが今をときめくコンサルタントのアスナト様にございます」


「悩み事を解決するだぁ? なんだか胡散草ぇな……」


「別に金を取ろうってわけじゃないんだ。話くらい聞かせてくれよ」


 店主がアゴで落書きされた壁を指し示す。


「あのゴブリンどもが毎日うちの壁に、悪口を書いて評判を落としやがるんだ」


「魔界警察には相談したのか?」


「したさ。けどよ……ゴブリンの悪戯だっつってまともに取り合わねぇんだ」


「なるほどな……はっきり言って解決するのは簡単だ」


「何!? どうするってんだよ?」


「そうだな、その落書きを称賛して報酬をやりな」


「ハァ!? この落書きで売上げが落ちてんだぞ! なんでそんな奴らに報酬なんてやらなきゃいけねぇんだ!!」


 店主の反応は当然だが、俺のやり方でゴブリン達は落書きを

 だけど、俺のコミュ力じゃこの店主を納得させるのは無理だな。


「まぁまぁ、報酬と言ってもほんの小遣い程度でいいんですよ。魔界警察の対応がの現状で他に打つ手が無いのでしたら、是非私達に任せてはみませんか?」


「邪神に誓って落書きは必ずやめさせる。もしやめなかった時は、俺の首でもなんでもくれてやるぜ」


「そこまで言うなら乗ってやろうじゃねえか」



***

「ギャハハハハハ!」


「おい、お前ら」


「わぁ! 出たぞ! にげろにげろー」


「まぁ待て、逃げんな!」


 翌日、いつものようにゴブリンどもが落書きをしに来ている。

 声をかけられ逃げようとするゴブリン達を、店主はぶっきらぼうに呼び止める。


「お……お前らの書く文章はすげぇな。こんな文才は生まれてこの方見たことねぇぜ」


「え?」


「だ……だからよ、これからは、ら……落書きする度に、こ……小遣いをあ……あげようじゃねーか」


 作り笑いを浮かべる店主。半信半疑なこの作戦に困惑してるんだろう。

 だがそれでいい。を続ければ必ず落書きはなくなるからな。


 翌日も、そのまた翌日も、店主はゴブリン達の落書きを褒めて小遣いを与えつづけた。


 そろそろ頃合いか………


「おい、オメェらどうなってんだ!? あいつら落書きをやめるどころか、うちの商品にまで手を出してきやがったぞ」


 声を荒げた店主が魔剣を出して来る。巨匠オーディンが打ったというのがその紋章からうかがい知れる。

 神々との戦いの時に幾万本の魔剣を打ったが、今の技術で復元出来ているのはほんのわずかで、紋章だけは数多く残されている。

 そして、その魔剣に宿った魔力が封印されたようだ。

 

 変だな……? ゴブリンには少々高等な魔法だが……


「前はしなかった悪戯までやってんだぞ! どうするつもりだ!?」


「気になる事はあるが問題ない。次で最終だ」


「何するんだよ」


「あー……小遣い渡すのをやめるんだ」


「……! よーし、テメェらそこに直れ。その首切り落としてオークの餌にしてやるからよ!」


 ブチ切れた店主に「まぁ待て話を聞け」と、俺が言っても聞きそうにない……ここはレヴィの出番だな。


「まぁまぁ、落ち着いてくださいな。私たちをオークのエサにしたところで、落書きがなくなるわけでも、お店の売上げが良くなるわけでもないでしょう?」


「そんな事はわかってるが、はお前らが言い出したことだぜ」


 レヴィの引きつった笑顔からは「余計な事を言ってくれましたね?」と、そう書いてあった。


「私は確かにそう言いましたが、まだ失敗はしていません。でしたら、あなたに首を捧げるいわれはありませんよね!?」


「そりゃそうだが、やれっつったり、やるなっつったり、オメェらメチャクチャ言ってんぞ!」


 そう言いたくなる気持ちもわかる。

 はたから見たら振り出しにの策。だが、やらないと今までの行動全てが無駄になる。

 これはゴブリンども……いや魔族の心理を利用した心理戦なんだよ。


「お気持ちは大いにわかりますよ店主さん。しかし、私たちの策に乗ると言いましたよね? それは、大海に出る船のクルーとなったも同然。ゴールを目指して漕ぎ策を続けなければ漂流して潰れてしまいますよ?」


 店主の様子から察するに大袈裟おおげさな説得は成功したようだ。



***

「よう。どうだい調子は?」


「ん? ああ……悪戯はなくなってぼちぼち客も戻り始めたが、こんなにすんなり悪戯をやめちまって解せねぇな。……まさかとは思うがテメェら……!


 店主は疑いの眼差しを俺達に向ける。

 マッチポンプだとでも思ったのだろうが残念。その読みは大ハズレだ。


「安心しな。答え合わせも用意してるからよ」


「魔界学校もそろそろ終わる頃でしょうから、様子を見に行きましょうか」


「なぁ、今日は店に悪戯しに行くか?」


「うーん……なんかやる気でないなぁ」


「そうだね。あいつ怒んなくなったし、こづかいもらえなくなったもんね」


「なー、せっかく書いてやってんのに何もなしじゃ行く意味ねーよな」


「ほんとそれな」


「一体全体何がどうなってんだ?」


「アンダーマイニング効果だよ」


「アンダーニングだぁ!?」


「アンダーマイニングですよ。


「で、なんだよそりゃあ……」


「要は目先のエサで、あいつらの悪戯心を喪失させたんだよ。考えてみな、ゴブリン達の最初の目的は何だ?」


「はぁ? 単純に俺のことおちょくって楽しんでただけだろ?」


 店主がいぶかしげに口を開く


「そう。それが悪戯をするゴブリンの目的さ」


「ああ!? 益々わかんねーぞ。遊びながら小遣いを貰えた方がうれしいじゃねぇか」

             

「あいつらもそう思い始めた時に、突然小遣いがもらえなくなった。さぁ、お前ならどうする?」


「別に楽しむのが目的なんだからそのまま続けるだろ」


「そう思うだろ? でもそうならないのがあいつらの、いや……魔族真理の面白いところだな。報酬を与えられたことで、あいつらの中の"楽しい"が"義務"に変わっちまったのさ」


「対価を得られない労働ほど虚しいモノはありませんからね」


「魔族の心理は単純に見えて複雑怪奇なモノなのかもな」


「ちっ!」


「うん? なんか言ったかレヴィ?」


「いえ? 私は何も……」


「……? そっか…………」

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