第三十章 出雲市からのサンライズ

 東京遠征組は八人となった。女性七人男性一人。最年長は私であり、必然的に引率責任者の役割を負わされる羽目に。

 町田さんがいるので、私の気づけないような女の子たちへの対応はお任せできるから心強い。

 まずは東京までの移動方法を考えなければならない。

 広島まで行って一泊し、明日朝の新幹線または航空便で向かうのがいちばん妥当なルートだろう。

 広島までは御茶水氏の車と私のレンタカー二台で移動する。レンタカーは旅先での乗り捨てが可能であり、東京に持っていく最低限の身のまわりの物以外は旅館から宅配便で自宅へ送り返せばよい。

 御茶水氏はみずほちゃんたちを広島で降ろして、自分たち夫婦はそのまま帰路につくことができる。

 そうなると今夜の広島市内での宿泊先を手配しなければならない。駅の近くが最良だが、金曜日でもあるし簡単に見つからないかもしれない。

 分散宿泊はしたくないので、これから汐音やみのりちゃん、みずほちゃんとマロンちゃんに手伝ってもらってネットで探すしかないだろう。

 チェックアウトの時間がせまっているので、とりあえず帰り支度をして先に階下に下り、清算をすませてロビーでタブレットを使いホテルの検索をしていた。

 「藤村さん」

 呼びかけられて振り向くとみずほちゃんが立っていた。

 「ん、どうしたの?」

 「広島に一泊しなくてもいいかもしれない方法がありそうなんですが……」

 「え、ほんと⁉ どうすればいいの」

 「温泉津駅から出雲市駅まで行って、そこから出ている夜行寝台特急サンライズ出雲に乗れば明日の朝、東京に着きます」

 そうか! サンライズという手があった。これなら宿泊と移動が同時にできるからもっとも効率が良い。

 「問題は」

 とみずほちゃんが続ける。

 「人気のある列車なので、当日分の乗車券が残っているかどうかです」

 「わかった、ありがとう。予約できるかどうか急いで調べてみる」


 結果、奇跡的に八人分の個室が予約できた。個室の位置はバラバラだったが、これで安心して東京に向かえる。

 タブレットを鞄にしまい様子を見に二階へ上がろうとすると、ちょうどみずほちゃんが下りてくるところだった。

 「今日の乗車券と個室券、全員分がとれたよ。サンライズのこと教えてくれてありがとう!」

 「そうなんですか! 良かったです。わたしも一度乗りたかったんですよ、サンライズ号」

 「みずほちゃんは鉄オタなの?」

 「鉄オタじゃありません! 鉄道ファンです」

 「ああ、そうなのね。だから現在地からサンライズ利用の案を思いついたんだ」

 《鉄オタ》であると思われるのを極度に避けているようなみずほちゃんの返答に、おもわず苦笑しそうになった。ファンとオタクの線引きがみずほちゃんの中でははっきりしているらしい。この話題はこれで打ち切ろうとしたらみずほちゃんが

 「鉄オタはむしろわたしの母ですね」

 と意外な事実をリークした。

 「え、瑤子さんは鉄道オタクなの? ファンじゃなくて」

 「あれはオタクの領域ですね。いわゆる乗り鉄です」

 「へえ、人は見かけによらないもんだね。瑤子さんの印象は美術館や図書館通いが好きな雰囲気があるけど」

 「美術館も図書館も好きで、わたしとよく出かけます。

 でも乗り鉄はかならずひとりで出かけて行くんです。

 各駅停車のローカル線に乗るのが好きなんだそうで、かなりの長距離を何回も乗り換えて目的地に向かうのが極上の楽しみとか言ってました」

 パーティー嫌いだから不特定多数の人が乗り降りする列車の旅は気疲れするんじゃないか。それをみずほちゃんに訊いてみると

 「知らない人ばかりの列車や街中はぜんぜん平気なんです。

 でも付き合いのパーティーにお呼ばれして、知らない人に社交辞令を言ったり作り笑顔で接するのが超苦手なんです。

 逆に知っている人ばかりが集まる我が家主催のパーティーは、率先して開きたがるんですよ」

 「あー、なんだかわかる気がする。私も時々仕事関係の呑み会やパーティーに誘われるけど、参加メンバーを聞いて出るかどうか答えているな。瑤子さんはそれの極端なタイプなんだろうね。

 そういえばロビー活動の日、瑤子さんも来ていたらしいけど、姿を見た記憶がないんだよね。どこか別の部屋に隠れてたとか」

 「ああ、あの日はずっとおじいちゃんの秘書のふりをして付いてまわってました」

 「え、そうだったの⁉ おじいちゃんとは数分間、立ち話をしたけど全然気づかなかった。いや、ちょっと待って。あの時、時間を知らせに来た美人の秘書さんがいたけど、あの人が瑤子さんだったのか!

 でも私たちには快く接してくれているみたいだから、瑤子さんに認知されたのかな」

 「藤村さんや町田さん親子とは、以前から早く会ってお話がしてみたいと言っていましたよ」

 「じゃあいつか、私や町田さんたちと呑みに行ってゆっくりお話しをしてくれるかな。その時はもちろんみずほちゃんもお誘いするけど」

 「喜んでお誘いをお受けします。母はわたしが引っぱって連れてゆきます」

 ふたりで話していたら、上からぞろぞろと旅行者たちが下りてきた。

 御茶水氏が勘定をすませ、女将と仲居さんたちが総出で見送ってくれる中を、御茶水氏のドイツ車と私の国産レンタカーはそろそろと温千旅館を後にした。



 サンライズ出雲では特筆すべき面白い出来事はなかったが、狭い一人用の個室にマロンちゃんと御茶水双子姉妹が集まって、朝の四時くらいまで乗車前に買った弁当や菓子類や炭酸飲料を飲み食いしながら女子会をしていたらしい。結局一人部屋に三人で寝たんだそうだ。

 東京駅に着いて朝食を済ませ、山手線で渋谷まで行き、渋谷と原宿を女子たちに引き回され、夕方近くになってようやくライヴ会場近くのホテルにたどり着いた。

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