藤村家のヴィーナスの誕生

藤田アルシオーネ

第一章 新人類

 「ピンポーーーン」

 インターホンの呼び出し音で目が覚め、慌ててモニターの前に行き来訪者を視認、応答ボタンを押し

「はい」

 と答えた。

 画面から宅配業者と判る作業着風制服を着用した青年が、営業用の快活な声で

 「お荷物をお届けに参りました!」

 とにこやかに応える。

 ロックを解除し一分ほどして今度は自室への来訪を知らせるチャイムが鳴った。玄関ドアを開けると件の好青年風配送業者が満面の笑顔で

 「こんにちは、ご利用いただきありがとうございます。お荷物をお届けに参りました!」と、はきはきした口調でこちらの目をまっすぐ見て言う。

 待ちに待ったあの品がようやく届いたのだ。オーダーから三か月目だが、楽しみにしていた分、実際にかかった日数よりも長く感じる。

 サインをした伝票を受け取り、台車に乗せて運んできた荷物を土間に降ろして配送の青年は帰って行った。

ドアを出ていく時、一瞬こちらの表情を窺い見たような気がする。


 四〇㎏以上あるその荷物をリビングに運び込み、静かに横に倒して机の引き出しからカッターを取り出した。

 深く切り込まないよう注意して、最初の一刀を上蓋に貼られたガムテープにゆっくり差し込む。五分くらいかけて全部の密閉箇所を切り開き、いよいよ本体とご対面。

 そう、文字通りの《対面》である。蓋を開け保護材を持ち上げると、その下から《顔》が現れた。注文時に私が希望した条件を基準にして造られた、いや創造された顔である。

 現実に存在する特定の人物とそっくりな設定は、相当の理由がない限り受け付けてくれないが、『こんな風』程度なら要望を取り入れてもらえる。私のリクエストは『二十代前半の日本人女性』。初対面の第一印象としては、私の好みではないが、まあ美人の範疇に入ると思われる。あくまで私の基準であるが。

 残りの保護材や梱包材を取り除くと、一見本物の人間と区別がつかないほど精巧に創り上げられた女性が横たわっていた。


 ARL―35 Ver.2・3と言う名のこの女性、自立学習発展型アンドロイドとして、二年前にあるベンチャー企業から発売されたもの。人間との共存を前提とした高度コミュニケーション能力を備えている。

 私の購入したモデルは、人間と同レベルの日常生活を送ることができる一般モデルだ。

 ほかに特定の用途、例えば危険な場所で作業をしたり、深刻な人手不足に悩まされている介護の現場で、介護士の補助をするなどの目的に開発された、通常の教育や研修では技術を修得するのに数年かかる知識を、予めCPUに組み込んだ特殊業務対応モデルもある。

 両モデルには価格に若干の差があるが、これは主にソフトウェアの内容の違いによるものだ。筐体の仕様はどちらのモデルともほとんど変わりはない。

 外箱のデザインはどのモデルも同じ、型番も意識して読まないと、そのアルファベットと数字の組み合わせだけではモデルの判別ができない。

 ちなみに特殊業務用の型番は35SW。5の次のSWは「Special Work」の略。

 どちらのモデルにも女性と男性アンドロイドの二タイプがあり、女性は型番がARL、男性はARGで始まる。ARLのLは“LADY”の、ARGのGは“GENTLEMAN”の頭文字。

 普通に考えれば独身者専用のマンションに住む男の部屋に、最近メディアで取り上げられ、企業名が知られるようになったこのアンドロイドメーカーの、しかもこの形の荷物が届けば、どういう使用目的で購入したのかは想像力を駆使せずともだいたい予測できるのだろう。先程の宅配青年が帰り際に見せた笑顔の中に、微かな嘲笑と蔑みが含まれているのを見た気がする。

 出ていく際に私の顔をチラ見したのは

 「何に使うのかわかってるよ。楽しみなっ!」

 の意が込められていたに違いない。青年に《短絡思考人間》とレッテルを貼り、彼の人相を記憶へ留めた。

 

 その短絡思考人間の妄想と実際の私の目的は違う。このARL―35 Ver.2・3を、心を持ったひとりの人間として育ててみたいのだ。

 私には妻も子供もいない。若い頃は一生を共に歩いて行こうと考えた相手もいたが、いつの間にか関係がフェードアウトして終わり、現在に至っている。

 結婚はもうどうでもいいが、できれば子孫は残したい。養子をもらうことも考えたが、もろもろの面倒くさい手続きや、今の生活の状況などを考えると心が萎える。

 そこに現れたのがARL―35 Ver.2・3だった。


 少し時間を遡って、ARL―35 Ver.2・3の存在を知った頃を思い出してみよう。

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