ひとりで映画を撮っていたら、謎の美女が嫁に来た
藍条森也
前編 巨乳メガネ店長と運命の後輩
『お客さまお断り!』
『
『お客さまお断り!
ファンの方だけどうぞ』
と、書かれているのだが、
――『お客さまお断り!』の部分だけデカデカと、しかも、やたらカラフルな色で書いているからこっちの文ばっかりが目立つんだよなあ。よく、これで、お客さん……じゃない。ファンの人たちが来るよなあ。
務めはじめて二年が過ぎたいまでもこの看板を見るたび、そう思う。まあ、この看板が話題になったおかげでテレビに取りあげられたこともあるから意外と宣伝にはなっているのだろう。『こだわりの店!』的な扱いを受けているのかも知れない。
――『こだわりの店!』ってのは、まちがっていないしな。
「おはようございます」
と、言いながらドアを開け、事務所に入った。
時刻は午後三時過ぎ。MTMここていは午後四時から午前零時まての夜間営業。正しい日本語としては、時間に合わせて『こんにちわ』、『こんばんわ』と使いわけるべきなのだろう。しかし、店長の
「おはよう、
「遅いですよお、先輩」
事務所に入った
ひとりはニットのセーターの上に店のエプロンを身につけた二〇代後半とおぼしき女性。もうひとりは高校の制服の上にやはり、店のエプロンを着けた女子。
MTMここていの店長、
――でもまあ、もう二年も一緒に働いているんだし、いい加減、慣れたよな。
健全な成人男子としては致し方ない。
一方の
「あたしをまたせるなんて良い度胸ですね、先輩」
「お前と約束してるわけじゃないだろ」
「またまたあ。あたしに会いたくてせっせと働いてるくせに」
「お前があとからバイトに来たんだろ!」
「だから、無理しなくていいですってばあ。先輩みたいな陰キャのボッチ、あたし以外の女子と関われるはずないですもんねえ」
「だから、ちがう!」
「そうねえ。
と、助け船のつもりなのか、店長の
「夫を事故で亡くしてあんまりさびしかったものだから、勢いではじめちゃったお店だけど……なにしろ、お店の経営なんてはじめてだから右も左もわからなくて。
「あ、いえ、うちは親が自営業ですから、手伝っているうちにいろいろと知れたんで……」
メガネ巨乳の年上美女――それも、未亡人――の店長にそう言われ、
「
「は、はい……!」
しゃちほこばって答える
「ほら、先輩! 鼻の下、伸ばしてないでキリキリ働く。開店時間は迫ってるんですよ」
「伸ばしてない! わかってる! 耳を引っ張るな!」
ここていは最近、はやりのMTM――ミニシアター・マーケット。
その名の通り、個人経営の小さな店だ。大手のスーパーマーケットとは異なるコンセプトが幾つもあるが、そのひとつにして最低条件とも言えるのが、
混雑を避ける!
徹底的に避ける!
この一言である。
MTMの発案者がスーパーで買い物するたびに客同士の混雑に巻き込まれ、苛々させられることにぶちギレて、そう決めたらしい。
混雑を避けるために陳列棚の厚さは極限まで薄くしその分、通路を広くとっている。陳列棚の上部は天井を越えて二階の倉庫までつながっており、すべての商品は縦一列に並べられている。商品の補充は二階倉庫にある投入口から落とし込むことで行われる。商品補充のために店員が動きまわり、混雑を増すことを避けるためである。
また、陳列棚を少しでも少なくして通路のスペースをとり、移動しやすくするため、商品の種類は可能な限り押さえてある。その分、どの商品も店長自らがこだわりをもって選び抜き、本当に『これは薦められる!』と思った商品だけを置いてある。
その特性上、店長の趣味とこだわりによる特色が出やすく、大手スーパーにはない個性が出来上がる。それがまるで『ミニシアターのようだ』というのがMTM――ミニシアターマーケットと名付けられた、ふたつの理由のうちのひとつである。
その性格から大儲けはとうてい不可能。しかし、店長の趣味とこだわりが理解されれば、好みを同じくする固定客がつく。その分、堅実な商売が見込める。MTMにおいて客を『客』ではなく『ファン』と称するのはそのためだ。
『店より客が偉いと思っているような連中はこんでいい! 趣味とこだわりを理解してくれるファンだけが来てくれればそれで良い』
と言うのが、MTMの数あるコンセプトのうちのひとつ。
ちなみに『客』と『ファン』のちがいは以下の通り。
『ヤバくなると他に移るのが客。ヤバくなると自腹を切って助けてくれるのがファン』
だから、ここていの店頭に『お客さまお断り!』の看板が掲げてあるのは、MTMとしては決してまちがってはいない。いないのだが――。
――それでもやっぱり、そんなことを堂々と宣言する度胸の持ち主なんて、うちの店長ぐらいだよなあ。
と、感心半分、呆れ半分に思う
その
そんな
「ほんっと、先輩って陰キャのボッチですよねえ。こ~んなかわいい女の子とふたりなのに、一言も喋らないんだから」
「仕事中だぞ。無駄口を叩かないのは当たり前だ」
「またまたあ。いいんですよお、そんな見栄はらずに『女の子に慣れてないから緊張して喋れない』って認めても」
あおいはそう言って口元に手を当て、小馬鹿にしたように笑ってみせる。
あおいの世間一般的な評価は『明るくて素直な良い子』なのだが、
あおいは本人の言うところによれば『
――それでも、おれが高校を卒業してやっと、縁が切れたと思ってたのに。
なんと、あおいは
「先輩って、高校時代からひとりで映画ばっかり撮ってたから女子からは全然、相手にされませんでしたからねえ。あたしが妹分のお情けで一緒にいてあげなかったら、女っ気ゼロでしたよ」
「女子と付き合う暇があったら、映画作りに使いたかっただけだ」
「またまたあ。くやしいからってそんなこと言っちゃって。そうやって無駄に意地をはるから高校卒業して二年もたつのに、いまだに童貞キャラなんですよ」
「誰が童貞だ⁉」
「そんな見栄はったって無駄ですよお。先輩の交友関係は全部、知っているんですからねえ」
「ぐっ……」
あおいはニマニマ笑いながらそう言ってのける。その通りなので、なにも言い返せない。
そもそも、映画作りに没頭してきたせいで交友関係はごくせまい。毎日のように顔を合せる相手と言えばこの『運命の後輩』と、店長の
「しかも、そこまで映画作りに励んでも見に来てくれるのはひとりだけ。ほんっと、情けないですよねえ」
その言葉に――。
自分をバカにするのはかまわない。だが、映画をバカにすることは許さない!
ギン、と、容赦なくあおいを睨みつけ、怒鳴りつけた。
「たしかに、おれの映画を見にくるのはひとりだけだ。だけど、そのひとりはこの半年間、毎日、見に来るんだ! そのひとりには、おれの映画はたしかに必要とされている。お前は誰に必要とされているんだ⁉」
そう怒鳴られて――。
あおいはたちまちショックに固まった。泣きそうな表情になった。
それを見て、
「……ごめん。言い過ぎた。お前はちゃんと役に立ってくれている。仕事はまじめだし、店に来るファンにも人気だし。おれも、店長も、お前のことは必要としている」
「わ、わかってますよ、そんなこと……」
ふん、と、あおいは精一杯の虚勢を張ってそっぽを向いた。
「あ~あ。それにしても、『
「だったら、さっさと誰か捕まえて結婚すればいいだろう。『
「『
「誰が、童貞だ⁉」
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