第20話

「……ニュウ?」

「は、はい? ニュ、ニュウは何も知らないでありますよ?」

「まだ何も聞いてないけど? 何か知ってんの?」

「な、何も知らないと言っているであります! ええまったく! 決してこれはニュウが頼んだことではないのであります!」

「……頼んだ?」

「そんなこと言ってないのであります!」

「今言ったじゃん」

「はぅわ!? ハメたのでありますな!」

「いや、勝手に自滅しただけだし」


 はぁ~と大きく溜め息を吐くと、コーヒーカップをテーブルの上に置いて腕を組む。


「それで? 何をどうしたわけ?」

「……そ、それは……」

「大よそ見当はついてるけど。……アイツらと連絡取ってるな?」


 ビクゥッと、その質問の答えを証明するかのように反応を返してくる。嘘のつけない少女だ。

 問い質してみると、以前知り合いになった【リンドブルム王国】に住むランテとリリノールに連絡を取り、診療所に患者を回すように頼んでいるとのこと。


 しかも回転率を良くするように、できるだけ軽症のモンスターを、である。

 実は【リンドブルム王国】では今、ウィングキャットを飼う者が増えており、この季節のせいで病院なども手が回らなくなっているらしい。


 脱水症状といっても、ちゃんとした処置をしてやらないといけないし、他の病気も併発している可能性があるので、診察には時間がかかるのだ。

 ランテたちは、利用者たちにしっかり見てくれる診療所があると伝えたらしく、そのせいでこの忙しさ、ということである。


「まあ別に忙しいのは文句ねえんだけどさ。宣伝とかは必要ねえって言ったよな?」

「うぅ……で、ですが先生の存在を世界にアピールするためには」

「必要ねえっての」

「あぅぅ……」


 獣耳が寂しそうにペタリと垂れている。

 彼女は何故かリントが世界一の有名モンスター医になってほしいらしい。リントはこんなに凄いんだぞと大々的に存在を知らしめたいようだ。


 彼女の気持ちはありがたいが、リントには功名心はないし、ここでの暮らしに満足している。

 もし有名になれば、鬱陶しい勧誘だけでなく、疎ましく思う者たちだって出てくるだろう。

 この世界に、モンスターに恨みを持っている者だっているのだ。そのモンスターの命を救う立場にあるリントを邪魔だと考える輩も確実に出てくるはず。


 そうならないためにひっそりと丘の上で暮らしているのだ。

 望まれれば全力で治療するが、進んで火中の栗を拾うような真似はできるだけしたくない。


 ずっと前にも、リントの腕に嫉妬した人間の医者がイチャモンをつけてきて、荒くれ者をけしかけたこともあったくらいだ。

 あまり有名になるよりも、最後の砦のような場所として存在しておく方が無難なのである。


「ったく。けど、あんがとな」

「ふぁ……んん」


 それでもニュウが、自分のためを思って行動してくれているのは伝わっている。

 感謝の意を込めて彼女のフサフサ髪に包まれている頭を撫でると、彼女も気持ち良さそうに身を預けていた。


「……怒らないのでありますか?」

「何で?」

「だって、人間と親しくしてるでありますから」

「バーカ。オレは確かに人嫌いだし、必要以上に関わり合いになりたいって思わねえけど、お前は好きにしたらいいんだよ」

「先生……」


 こういう仕事柄、やはり人と接する機会も多い。たとえ人は嫌っていても、分別くらいはつけようと努力しているつもりだ。


「それに、お前も人だ。オレにも好きになる奴だっているぞ」

「!? そ、そそそそそれはあ、あ、愛の告白なのでありますかぁ!?」

「はあ? 何でそうなるんだ?」

「だ、だって好きだと!」

「……? 家族を好きになるのは普通だろ?」

「か、家族……むむ……家族でありますか……。それは嬉しいのでありますが、いやしかし……」


 何だか難しい顔をして唸り始めた。時々こんなふうに暴走気味になるのだが、理由はサッパリ見当がつかない。


「ところで、連絡を取ってるってことは……力を使って、か?」

「はいなのであります!」

「アイツら、驚いたろうなぁ」


 リントも最初に、ニュウの力を見た時は驚愕したものだ。


「あ、先生。もし良かったらですが……」

「ん? どうした?」

「二日後、【リンドブルム王国】に行かないでありますか?」

「……何で?」

「王国の利用者が増えたということは、これから往診に行くこともあるやもしれないのであります。ですから入国許可証を作りに」

「ふむ。確かにいちいちランテたちを呼ぶわけには行かないか……」

「それに以前診たクローバーキャトルの様子も見ておきたいと仰っていたでありますし」


 確かに近々様子見に行こうとは思っていた。あれから音沙汰がないということは、何も問題は起きていないと思うが、念のために、と。


「う~ん、分かった。んじゃ二日後は休診日にして出掛けるか」

「はいでありますぅ!」


 嬉しそうにパアッと笑顔になるニュウ。そういえば、二人で大きな街に出掛けるのは久々かもしれない。

 まだまだ遊び盛りな子なので、明後日は目一杯甘えさせてやろうと思った。


「では、さっそく明後日に向かうことをランテさんたちにお伝えするでありますね!」


 そう言うと、ニュウが「ん~っ」と身体を震わせ始める。

 すると彼女の耳がニョキニョキと伸び始め、まるでウサギのソレのように変化を遂げた。

 二つの耳の間に、赤い煙のようなものが集まっていく。――仙気の塊だ。


 それが次第に形を変えて、小鳥を模した形状を整えていく。

 身体の震えを止めたニュウが、仙気でできた小鳥を優しく耳の上に乗せ、窓へと近づいいた。

 そして窓の外へと小鳥を押し上げて飛ばす。


「では、ランテさんたちによろしくでありますぅ~!」


 ブンブンと手を振って飛んでいく鳥を見送るニュウ。


(いつ見ても、この子の力も驚きものだよなぁ)


 リントも変わった力を持つが、ニュウもまた仙術を扱うことができるのだ。

 仙気を生物を模した形へと変化させ、自身の記憶(情報)を喋らせることができる性質を持つ。

 単純にいえば伝書鳩のような働きができるということ。


 仙術の名は――〝獣伝気じゅうでんき〟。


 対象に近づくと情報を伝えるのだ。ただ一方的ではあるし、伝えると消えてしまうという欠点はある。それでも顕現させておくだけなら、仙気量次第ではあるが半日くらいは保てるようだ。


 情報伝達には便利な力ではあるが、この能力のせいで、彼女の一族からは忌避されていた。守ってくれていた親もすでに他界しており、今はリントが保護しているが、もしリントに会わなかったら、今頃彼女は孤独に苛まれているか、国の研究機関に実験体として扱われていたかもしれない。

 それほど稀有な力なのだ。リントも、ニュウも。


「んじゃ、今日はそろそろ終わって――」

「先生、患者さんが来られたでありますよ?」

「…………よし、頑張るか」


 まだまだ今日は終わらないようだ。



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