第16話

「で、でも魔力を使ってた……よね?」

「わ、私も見たよ!」


 リントとリリノールがリントに説明を、と真っ直ぐな瞳で訴える。

 彼は肩を竦めると、淡々とした様子で口を開く。


「オレには魔術の才はねえんだよ」

「……でも魔力を使えるのよね?」

「いんや。ありゃ魔力でもねえし」

「「……へ?」」


 同時にキョトンとするランテとリリノール。


「……だ、だったらあの現象って何なの?」

「そんなに聞きたい?」

「聞きたい!」


 好奇心でいっぱいにした顔を彼に向ける。

 しかし口火を切ったのは――マリネだった。


「…………仙術……ですね~」

「! へぇ、さすがは教師。知ってるんですね」

「えと……マリネ先生、せんじゅつって何ですかぁ?」


 リリノールが問い質すと、マリネが静かに説明し始める。


「仙術というのは、古代に失われた力……。魔術の元になったものだと言われているのです~」

「魔術の!? そんなの初耳だわ……!」

「かつてこの地に降り立った仙人が広めたもので、それが試行錯誤を経て魔術として今にあるのですよ~」

「せ、仙人? じゃ、じゃあリント先生は……」

「あ、勘違いすんなよ。オレは仙人じゃない。ちゃんとした人間だし」

「そ、そうなの? ならどうして使えるの?」

「オレには魔力はなかったけど、仙気が作れたからだ」

「せんき……? それってあの赤い光?」


 リントが「そうだ」と言って、再び右手を軽く上げて赤い光を顕現させた。よく観察してみれば、燃えるような赤――というよりは、夕日に近い穏やかな色合いである。


「これが仙気。まあ、魔力に似た働きがあるって点は同じだけど、こいつは自然のエネルギーと自身の生命力を混ぜ合わせたもの、だな。単純に説明すればだけど」

「ふ、ふぅん……」

「初めて見たか?」

「う、うん」

「わ、私もだよぉ」

「まあ、仙気を扱えるのはそういねえしな。ていうか魔力を持ってると仙気は作れねえし」


 何となく残念だと思ってしまった。


「じゃあせんじゅつってやつは使えるけれど、仙人じゃないのね」

「ああ、それにモンスター医を目指すなら、仙術は特に有効だしな。自分や対象者と意志疎通が図りやすくもなるし」

「へぇ。よく分かんないけど。じゃあ、さっきの針は……」

「あの鍼は仙術の一つ――〝仙気鍼〟ってもんだ」

「せんき……ばり。……そのままね」

「そこをツッコムなよ」

「あ、ごめん」

「とにかく、オレには魔術・魔力の才はなかった。けど仙気の扱いには長けてたんだ」

「仙気って魔力とどう違うわけ?」

「――〝形質変化〟ですね~」

「け、けいしつ? マリネ先生、それ何です?」


 ピッとマリネが人差し指を立てて語り始める。


「魔力というのは本来形を持ちませんし、実体もありません。故に触ることは不可能なんです~」


 そう。彼女の言うように、魔力とは煙のようなもの。掴むことなどできない。


「しかし仙気には〝形質変化〟という特異性があり、形状を与え、性質を変化させて実体化させることが可能なんですよ~」


 彼女は言う。魔力を自由に形を変えたりはできないとされている。


「ただ性質を変化させることは魔術にもできますし~、珍しくはありません。そもそも属性呪文は性質を変化させた魔力を魔術として使用したものですしね~」


 なるほど。確かに何の属性も持たない魔力を、火や水などの性質に変化させて魔術として発動させるのは難しくはない。ここの学生ならほとんど者が行使できる。

 ただ魔力そのものを実体化させることはできないという。


「それに仙気というのは、自らの身体能力を極限にまで高めることもできると言われています~」


 そこでピンときた。Aランクのモンスターを、たった一撃、しかもビンタで吹き飛ばしたリント。あれはただ単なる物理攻撃ではなく、仙気で膂力を爆発的に上げたものだったのだ。

 だからあの時、リントの右手に赤い光を見たのである。ようやく筋が通った。


 また仙気は古来から受け継がれる資質によって扱えるようだ。

 まさに天与の才といえるだろう。

 しかし天は二物を与えないというが、リントには魔術の才はなかった。


「ほえ~、何だか世界は広いってことなんだねぇ」


 リリノールは無意識だろうか、パチパチと拍手をして感心している。ランテも目の前に立つ稀有な力を持つリントを見ていた。

 すると彼は苦笑を浮かべて、次の説明に自ら移ってくれる。


「クローバーキャトルだけじゃなく、万物には様々なツボがある」


 リントの言葉に「つぼ?」と聞き返すランテ。


「そうだ。そのツボをオレの鍼で刺すことで、いろんな効果を発揮させることができるんだよ。たとえば手を貸してみ」

「? ……ええ」


 半信半疑ながら右手を彼の前に出すと、彼はランテの右手をそっと左手で掴むと、軽く力を入れて握った。


「――いっつ!?」

「ラ、ランテ!?」


 ランテが突如腰に手を当てて顔を歪めたので、リリノールが不安気に名前を呼ぶ。


「だ、大丈夫。けど……何したの? 何で……何で――背中に痛みが走ったの?」


 そうなのだ。握られているのは右手なのに、何故か急に背中に痛みが走ったのだ。


「これがツボを刺激するってことだ。簡単に言や、右手にあったツボは、背中の感覚に繋がってるってことだ。だからそこを刺激すると、背中に刺激が走る」

「これが……ツボ」


 そんなこと初めて聞いた。人体の不思議である。

 ただこの世界の人間や動植物と、地球のソレとは必ずしも一致しないのは確認済みだ。世界が変われば人も変わるということなのかもしれない。


「まあ、今のは正確に言えば、ツボを入口として経絡を通じて背中のツボへオレの仙気を送って刺激を与えたんだけどな」

「……? けいらく?」

「気……生気や血の通り道みたいなもの。オレが習った医術は、ツボと経絡が密接に関わっているんだよ」


 そう言われても完全には理解できていないのは自分でも分かる。ただ確実なのは、彼が人体の構造を知り尽くすために勉強をしたということ、だろう。


「そしてツボにはそれぞれ役割があって、押したり揉んだりすることによって効果だってそれぞれ違う。この子たちのツボを鍼で刺激したけど、そのツボは――」

「お腹の調子を良くするツボってこと?」


 餌が悪くて体調を崩していたということは、腸の運動を治したということだと思った。


「まあ、間違ってねえな。けどそれだけじゃねえぞ。栄養失調状態になってたから、オレの仙気に栄養を与えて少し補給させといたしな。これもまた仙気だからこそできることだ」

「! ……そんなことしてリント先生は大丈夫なの?」

「いいや、結構さっきから目眩がするなぁ」

「全然大丈夫じゃない!? 何でそんなに普通に立ってるのよ!」


 叫んだランテだけでなくリリノールたちも唖然としたままリントを見ている。


「しょうがねえだろ。この子たちが辛そうだったんだし。それに助けてほしいって依頼したのは君らでしょうに」

「そ、それはそうだけど……」


 それにしても信じられない。言ってみればたかがモンスターである。この世界では家畜同然であり、人と比べても確実に下層に位置する生命体だ。

 そんな者たちのために、自身の栄養を与え自らフラフラになるまで治療するなんて……。

 しかも本人はそれが当然だと言わんばかりに平静を保っている。


「前にも言ったろ? 助けてほしいって言われたら、オレは全力で患者を助ける。それがオレの〝医道〟だって」


 普通ではない。……普通ではないけど、何故か揺らぎなく宣言する彼がカッコ良いと思ってしまった。

 確かに自分には夢がある。しかし彼のように、その夢に本当の意味で全身全霊をかけられるだろうか。脇目も振らずに、真っ直ぐ突き進めるだろうか。


 そう考えた時、ハッキリと断言できるものは……ない。

 だからこそ、医の道を語る彼の生き様に、羨望と嫉妬を感じた。

 そして彼は、今から診療所に帰って薬を処方してくると行って出て行く。すぐに戻ってくるから待っていてほしいとのこと。


 残されたランテたちは、彼が戻ってくるまでの時間を利用し、餌場に設置されてある食事にリントが言っていた濃厚飼料を混ぜてもらうために、学園長へ報告に行くことにした。



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