第14話
(空気の入れ換えくらい定期的にしとけよな……)
中央に通路があって、左右には仕切り用の柵があり、その奥にモンスターたちが生活していた。
下には藁が敷かれてあり、柵の傍には餌場用の箱が設置されてある。
リントはその餌を手に取って観察した。
「うっぷ……凄いニオイ……!」
正直なランテ。顔を盛大にしかめて中に入るのを確実に拒絶した気持ちが表情に表れている。リリノールも若干眉をひそめているが、彼女ほどではない。
ただ教師のマリネはさすがと言おうか、顔色一つ変えずに、
「えっと~、具合の悪い子はこっちですね~」
と、トコトコと小さい歩幅で案内してくれる。
彼女のあとについていくと、一つの柵の前に止まった。その奥には、仕切りの部屋の隅でジッとして壁にもたれたまま動かないクローバーキャトルがいる。
クローバーキャトル――身体の黒い模様が、三つ葉のクローバーに似ていることからそうつけられた牛である。もちろんモンスターの一種。
人懐っこく普段は大人しい生物だが、その身に秘めている力はかなり強く、暴れると手が付けられないほど。
特に機嫌が悪い時や具合が悪い時などに下手に近づけば、いきなり暴れたりすることもあるので注意しなければならない。
今目の前にいるクローバーキャトルと、他のクローバーキャトルを見比べる。
「……なるほど。確かに他の子と比べても元気はないですね」
他のクローバーキャトルは、動いて餌を食べたり、動かずとも壁にもたれたりはしていない。
「そうなんです~。お医者様にも一度診てもらったんですけど~原因不明で~」
「一度? 一度だけ、ですか?」
「はい~。お薬だけ出しておくからと仰いまして~」
「! その薬は?」
「えっと~、これなんですけど~」
持っていた袋を手渡してくる。
リントは「失礼しますね」と言って中を確認。そこには確かに薬袋らしいものが入っていたのだが……。
「これは……何の薬と言ってましたか?」
「確か~解熱薬らしいです~。あの子は風邪を引いてるっぽいので~」
「適当な……」
「へ? 何で適当なの、リント先生?」
疑問に思ったようで、ランテが興味深そうに尋ねてきた。リント先生と呼んだのは、マリネとの区別のためだろう。リントは大きな溜め息を吐いて説明し始める。
「まだ詳しくは診てないから断言はできんけど、あのクローバーキャトルが体調を崩してるのは風邪が原因じゃねえ」
「……そうなの?」
「ああ、多分あの子の目が充血してるのと、体温が他の子と比べて高かったから風邪だと診断したんだろうけどな」
そう言いつつ、リントは柵を乗り越えてクローバーキャトルへと近づく。
「あ、いきなりは危険だよ、リント先生! 前にも下手に近づいて暴れたらしいし!」
「大丈夫大丈夫」
しかしクローバーキャトルも、リントの侵入に身構えるようにしてジッと見据えてきている。
一定の距離で立ち止まると、リントは患者と視線を合わせた。
するとリントの頭の中に、声が響いてくる。
〝また……変なものを食べさせる気ね!〟
睨みつけられるリント。しかし慌てず笑みを浮かべ――静かに言葉を発する。
「いきなりごめんな。オレは医者だ。お前さんを治させてくれねえかな? もう変なものなんて食べさせないからさ」
するとクローバーキャトルがギョッとしたような表情をして、
〝!? ……え? 言葉が通じ……た……!?〟
と驚きの声が心に聞こえてくる。
「うん。今君に話しかけてんだよ」
〝……もしかして、私の声が分かるの?〟
「まあな。だから言いたいことは言ってくれ」
そう言うと、クローバーキャトルは探るような目つきでジッと観察してくる。
後ろで見守っている者たちは、まるで会話ができているような感じでリントが話すので不思議がっていた。
〝……私は、お腹が痛いって言ったのよ〟
「……そっか」
〝それなのに、変なものを食べさせるし。余計気分が悪くなった〟
「やっぱ原因はあの飯だな。それとこの環境」
周りを見回しながらリントは言う。恐らく変なものというのは風邪薬のことだろう。
〝飯? 食事のこと?〟
「そうだ。確認したけど、君らに与えられてる飯には、注意しなきゃならねえことっがいっぱいあるんだ」
〝……そうなの?〟
飯――つまりは餌だが、与えられているのは粗飼料。簡単にいえば、草、または草から作られた餌である。
「そう。元々草ってのは牛の主食だから間違ってないんだけど、乾草ばかりじゃ栄養が足りないんだよ。ちょっと待っててな」
リントは振り返ってマリネの顔を見る。
「一つ聞きたいんですけど、この子たちのお乳の出はどうです?」
「はぁ、それがここ最近、出が悪くて~」
「やっぱり。最近ってことは、ご飯を変えたのも最近ですか?」
「そうなんですよ~。乾草がたくさん手に入ったので、しばらくはそれだけを食べさせていたんです~」
「そうでしたか。えっとですね。この子たちに与えるご飯は、確かに乾草でもいいんですが、そればかりだと体調を崩したり、お乳の出が悪くなったりするんです」
「そ、そうなんですか~! そ、そそそそれは大変です~!」
「だから穀物を含んだ濃厚飼料も食べさせてやらないといけないんですよ」
「の、のうこうしりょう?」
頭の上にハテナを浮かべて声を出したのはランテだったが、他の二人も初めて聞いたような感じである。
「こういう牛科の生物のご飯は大きく分けて二つ。それは粗飼料と濃厚飼料。粗飼料は人間でいえば白飯ですね。ですが、こればかり与えていると栄養が足りなくてお乳が出なくなっちゃうんですよ。中には腸内運動の阻害になって、下痢をしたり逆に便が固くなって出なくなったりする子もいます。この子もそうでしょう」
チラリと、傍にある糞を見てみると、完全に下痢状態であった。
ふむふむという感じで、三人が聞いている。
「濃厚飼料はでんぷんやタンパク質の含有量が多いご飯です。たとえばトウモロコシ、大豆、麦などなど、いわゆるおかず、ですね」
「なるほど! アタシたちもご飯だけじゃなくて、ちゃんとおかずも一緒に食べてるもんね!」
「そういうことだランテ。だから本来は二つを混ぜた配合飼料として与えるのがいいんだけど」
「今までご飯だけしかあげてなかったってわけなんだね……可哀相だよぉ」
リリノールが目を潤ませてクローバーキャトルたちを見つめている。
「では~、ちゃんとしたご飯をあげれば、体調も戻るんですか~?」
「はい。間違いなく。一応整腸剤などを処方する必要はありますが」
「で、でもリント先生、何でその子だけが具合を崩したの?」
「別にこの子だけじゃないぞ。他の子だって多分多かれ少なかれ体調がおかしかったはずだ。糞尿を確認すればすぐに分かる」
「あ、だから食事と便が診断には必要ってことなのね」
「そういうことだ。牛って元々胃腸が弱くて病気になりやすいけど、この子は特別に弱かったんだよ。だから最初に症状が強く出たってわけ」
リントは再び視線をクローバーキャトルへと向ける。
「本当は病気になる前にちゃんとしたケアをしてやれる専属の医者が牛には必要なんだけどな。……悪かったな、人間が無茶して」
リントはゆっくりと近づいて、膝を折ると優しく身体を撫でてやる。
〝……不思議。触られたくないって思ってたのに、先生に触られるとすごく安心する〟
「……治してやるから、信じてくれるか?」
〝うん。信じるよ、先生〟
リントは身体を預けてくれるクローバーキャトルに「ありがとう」と言ってから立ち上がる。
「今から治療を施します。できれば黙って見ててくださいね」
「お任せします~。治してあげてください~」
言われるまでもない。そのためにここまで来たのだから。
リントは右手を軽く上げて、ワイングラスを持つような手の形を作った。
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