第2話
――【アルトーゴの森】。
鬱蒼と茂った木々で覆われた薄暗い森である。葉々の隙間から日光は射してくるが、夜になると前に進めないほどの闇が支配する場所だ。
ジメジメとした湿気も多く、人を襲うモンスターなども棲息するので、あまり人が寄り付かない危険区域にも指定されている。
そんな中――。
周囲を警戒しながら、ゆったりとした足取りで進む二人の人物がいた。
「ね、ねえランテ……本当にこんなところにあるのぉ?」
「大丈夫よ! ちゃんと教材に書いてあったんだもん!」
外見上、十五歳ほどに見える少女が二人。前を歩く少女は、蒼い海を思わせるような髪をポニーテイルに結っており、意志の強そうな翡翠色の瞳が特徴的だ。
そんな少女の後ろで怯えた様子の橙色のボブショートヘアーの女の子。周りをキョロキョロと警戒し、お化け屋敷に入っているかのように蒼髪の少女の後ろにピタリとくっついている。
それぞれ魔女が着込むような黒いローブを羽織っており、それぞれの右手には細い杖が握られているのが確認できた。
「で、でもぉ……ここって学生の間でも危ないって噂になってるし~」
「もう、ほんっとーにリリノは怖がりさんね! 単位ほしくないの?」
「ほ、ほしいけどぉ……」
「ならこのランテ・フォル・エフレスターにまっかせなさい!」
「うぅ……果てしなく不安だよぉ」
「ちょっと、それどういう意味よ、リリノ!」
「だ、だってぇ……ランテってばいつもどこか抜けてるよ? この前だって、持ってくる教材を忘れてたし。それに今回だって元々はランテが私が貸してあげた研究材料をダメにしたのがきっかけで――」
「ああもう! それは悪かったわよぉ! いっぱい謝ったじゃん!」
「謝っても研究材料は戻ってこないし……」
「だ、だからこうして材料を探しにきたんじゃない!」
「……でも、何でココなのぉ?」
「せっかくなんだし、誰もがあっと驚くような材料を手にした方がカッコ良いじゃない!」
「はぁ……ランテに聞いた私がバカだったよぉ」
リリノと呼ばれた少女がガックリと肩を落とす。
対し、カラカラと笑うランテは、意気揚々といった様子で、前方にあった一つの木をかわしてその先へ進んだ時、不意に足を止めた。
視界に飛び込んできたのは大きな湖。
上空から降り注ぐ陽射しを跳ね返して美しく輝く水面に、思わず二人の少女たちは見惚れてしまう。
「思った以上にキレイね……」
「う、うん。キラキラ光ってて、それにとっても水が澄んでる」
リリノの言うように、底まで確認できるほどの透明度を誇っている。そのまま口にしても害はないのではないかと思うほどの清澄さだ。
ここでピクニックなどを行えばきっと心豊かに楽しめるだろうと考えても不思議ではないだろう。
しかしそんな乙女たちの平和を一気に崩す事態が起きる。
突如として、どこかからバキバキィッと、木々を砕くような音が耳朶を打ち、当然ランテたちは互いに身体を寄せて音のする方向へ、怯えた表情を向けた。
すると自分たちがいる場所から数十メートルほど離れた場所の木々が倒れ、ここ湖に巨大なナニカが姿を現す。
「あ……あ……ぁっ」
ランテだけでなく、リリノまで言葉を失ったかのように、その場に表れた巨大生物を見て口をパクパクと動かしている。
(ま、ままままままずいわっ!? あ、あああああれって…………っ)
ランテの思考はすでにパニック状態だった。
額に生えたドリル状の大きな角。睨みつけただけで、相手を怯ませてしまうほどのいかつい目つきに、大岩のごとく大きな体躯とキリンの首のように長い鼻が特徴のモンスター。
(エ、エレファント……ライナー……ッ!? な、何でこんな……!)
それは教材でしか見たことがない存在。
決して近づいてはいけないモンスターとして危険モンスターに登録されている。
「何でこんなところにAランクのモンスターがいるのよぉぉぉぉっ!」
それは心からの疑問だった。しかし無意識のその叫びが、当然のようにモンスターの目を引いてしまう。
「はぅぅぅ~」
「ちょっ、ここで気絶しちゃダメでしょうが!?」
ギロリと敵意を込めた睨みを受けて、リリノはランテの腕の中で意識を失ってしまった。
(まずいまずいまずいまずい! 逃げなきゃ!)
しかしリリノを背負いながら獰猛なモンスターから逃げるのは無理だ。
なら戦う?
それこそもっとムリである。確かに戦う術も学んでいるが、到底Aランクのモンスターを討伐できるほどの水準にあるわけがない。
せいぜいDランク程度のモンスターしか討伐したことがないランテにとって、それはあまりにも無茶なチャレンジである。
今の彼女にできる生存率を上げる方法として有効なのは、リリノを見捨てて一人で逃げることだろう。
(……んなことできるわけないじゃないっ!)
ただし、それはランテの矜持が許さない。
リリノをここに連れてきたのは自分だし、友達を見捨てるという選択など有り得ない。
「や、や、やってやるわよ!」
右手に持っている杖を力強く握る。
エレファントライナーが、長い鼻をヒュンヒュン動かしながら近づいてきた。
ドスンドスンッと、一歩歩く度に地面が軋むように音を鳴らせる。恐らくあの鼻で薙ぎ払われただけで、その一撃だけで即死するかもしれない。
「――フ、フリーズアロ―ッ!」
杖を相手に向けて呪文を詠唱する。直後、杖の先端が光り輝き、そこから氷で形成された矢が出現。エレファントライナーに向けて放たれた。
しかし小さな矢は、いとも簡単に鼻で叩き潰されてしまった。
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