ぽつんとモンスター診療所を始めました。~人間嫌いの医者は転生者~
十本スイ
プロローグ
「――――うん、これは単なるストレスだなぁ」
診察台に乗っている患者を見ながら、小さな丸眼鏡をクイッと上げつつ確信を込めて言った赤髪の人物。
若干よれよれになっている白衣のポケットに左手を突っ込みながら、残りの右手で患者の身体に触れている。
「でも先生、この子……こんなにも辛そうなのであります」
不安気に言うのは、今年で十四になる見習い看護師として雇っている少女である。見た目は完全に十歳以下ではあるのだが。
「大丈夫だってば。この子はストレスに弱いタイプだからな。多分室内に閉じ込められてストレスが溜まったんだろ。本来は外で走り回る種族だし」
患者、といっても、今診察台に横たわっているのは――人ではない。
この世界では〝モンスター〟と呼ばれる種族である。
青毛の体毛に覆われた小さな犬のような生物。額には小さな角が生えており、尻尾の先が蛇の舌みたいに二又に別れている。
それだけ見れば凶暴そうな存在のように見えるが……。
「このホーンウルフは、とても穏やかで大人しいモンスターだけど、一日二時間は外で活動させてやらないとダメなんだよ」
チワワのような円らな黒い瞳に、細い体躯。とてもウルフ=狼と呼べるような雰囲気ではないが、一応れっきとした狼の仲間でもある。
しかし人に懐き易く、ペットモンスターとして人気があるのもまた事実なのだ。
「今は辛そうに見えるけど、あと十分くらいで走り回れるくらいになるよ。ちゃんと治療はしといたしね」
プルプルと震えていて、確かに辛そうに見えるのだが、開けている瞳には一切の濁りはない。身体的にも異常はないし、何より……この子の瞳が「もう大丈夫、ありがとう」って言っている。
「元々モンスターってのは野生の生き物だから、室内に閉じ込めて飼うのはオススメできないんだよなぁ」
「なるほど。勉強になるであります!」
懐から出したメモ帳で、言われたことを書き記す少女。
「じゃ、じゃあウチのルーちゃんはもう大丈夫なのでございますね?」
これまで会話をしていた二人とは別の第三者。恰幅が良く、指には大きな宝石のついた幾つもの指輪が特徴の成金風の女性。
彼女がこのホーンウルフの飼い主である。
「はい、もう大丈夫ですよ。ただストレスも溜め過ぎると他の病を誘発したりするので、ちゃんとした育て方をしてやってください」
「ですがウチはきちんとご飯もやっておりますし、それに……外に出すのは不安で……」
「過保護に可愛がるだけが愛情じゃないですって。ストレスで死ぬモンスターだっているんですから」
「で、でも……」
「でもじゃありません」
「へ?」
ジロリと睨みつけられたことで、女性はビクッと後ずさる。
「いいですか? もし忠告を無視してこの子を殺したら…………アンタ自身をオペするよ――麻酔なしで」
「ひィッ!? わ、わたくしはクレバー家の者でございますよ! く、口の利き方には気を付けて――」
「関係ない」
「!?」
「ここはモンスターたちの健康を守る場所。それを守ろうとしない輩は、たとえ国王でも許さない」
「こ、こ、こんなところ二度と来ませんことよぉぉぉっ!」
怒り心頭、真っ赤な顔をしてホーンウルフを抱えながら診察室を逃げるようにして去っていく。
「あっ、ちょ!? あぁ~またお客さんがぁ……」
メモ帳を持ったまま、少女がガックリと肩を落とす。
「久しぶりのお客さんで、羽振りも良さそうでしたのにぃ……お金がぁ……評判がぁ」
「別にいいじゃんか。あのモンスターはもう大丈夫だし」
「全然良くないのであります! このままではこの診療所をもっと有名にするというニュウの夢が遠のくばかりであります!」
彼女の名前は――ニュウ。頭に獣耳が生えている、この世界で獣人と呼ばれる種族である。
「オレはこのままでいいんだけどなぁ」
「先生はもっと功名心を持つべきなのであります! ニュウは先生ほどの腕の立つお医者さんは今まで見たこともありませんでした! ニュウはいつか、世界に先生の名前を轟かせてみせるでありますよぉ!」
おーっと、やる気のこもった気迫を拳に乗せて突き上げる少女。
(やれやれ……オレは別に有名になんてならなくてもいいんだけどなぁ)
少女の期待とは裏腹に、この功名心の欠片もない十八歳の少年こそ、この診療所の長。
モンスター専門の診療所の所長――リント・ミツキである。
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