第2話 一ノ瀬歩夢 1

『高遠くん 早く元気になってね 6年1組一同より』


 そんなことを書いた短冊を一緒にくくりつけて、私たちの千羽鶴は完成した。

 正確には二百羽鶴だったけど。

 当然その中には私のタンチョウヅルのような折り鶴も立派に羽を広げている。


「純ちゃんのだけサイズ感おかしいよね……。同じ折り紙のはずなのに……」


 これぞまさに天才の成せる業である。


「じゃあ、この千羽鶴は先生が高遠くんのお母さんに責任をもってお渡しするわね」


 先生がそう言ったところで終業のチャイムが鳴った。


 休み時間になると一ノ瀬さんの周りには仲の良い友達が集まって一ノ瀬さんを励ましている様子。

 彼女たちは当然、高遠くんと剣持くんが一ノ瀬さんのことを好きだということは知っているだろう。

 もしかしたら、一ノ瀬さんがどちらかを好きかも知っているかもしれない。


 一方で剣持くんはというと、休み時間と同時に教室を出て行ってしまった。

 トイレとかで泣いてたりするのかな?


 まあ、どちらにしても恋愛ごとに興味のない私にはどうでも良い話ではある。


「純ちゃんて、本当に枯れてるよねえ……」


 それは小学生女子に言って良い言葉ではないと思うよ?



 放課後、帰り道にある交差点。

 それが高遠くんが撥ねられたという横断歩道のある場所だ。

 特に遮蔽物の無い見通しの良い交差点。

 道幅はそれほど広くない、片道一車線の普通の道路が交差している交差点。

 何故こんなところで飛び出したりしたんだろう?

 どこかへ行くのに急いでいたんだったら、一緒にいた剣持くんも巻き添えになってそうだし……。いや、剣持くんは渡ろうとした高遠くんを止めなかったの?それとも、高遠くんが先に走っていてそのまま撥ねられた?


 私はその交差点で立ち止まり、何度か信号が変わる間、ずっとそんなことを考えていた。


「馬淵さん?」


 不意に後ろから声をかけられ、私はビクッと跳び上がった。

 その反動でランドセルに差していた縦笛が飛び出して地面を転がった。


「あ、ごめんね。急に声をかけちゃって……」


 一ノ瀬さんが転がった縦笛を拾って私に手渡してくれる。


「あ、ありがとう……」


 普段ほとんど話をしたことのない相手に対する人見知りフィールドが全開になる。


「ううん。驚かせちゃったのは私だから……」


 一ノ瀬さんも本調子ではないためか、それ以上の言葉は出てこない。

 私たちの間に気まずい空気が流れる。


「私、あっちだから……」


 ナイスタイミングで目の前の信号が青に変わる。

 これ幸いとこの場を離脱しようと一ノ瀬さんに背中を向けたところ――


「あ、あの、馬淵さん!」


 その足は前に踏み出すことなく止められてしまった。


「ちょっとだけ、話良いかな?」


 それを拒めるのなら、私はもっと社交的に生きていれるはずだ。

 私は振り向いて無言で頷いた。


「もしかしたら、馬淵さんも高遠くんの事故について何か考えてるんじゃないかな?って思って…。だって、さっきからずっとこの交差点で何か考え込んでるみたいだったから」


「ずっとって……。一ノ瀬さんはそれをずっと見てたの?」


「あ、ごめんなさい!そんなつもりはなかったんだけど、何か一人できょろきょろしながらウンウン唸ってて声かけ辛い雰囲気だったから……」


 で、そんな挙動不審なクラスメートを見ていたと。

 ――〇せ!今すぐに私を〇してくれ!!

 そんな恥ずかしいところを見られたら、もうお嫁に行けないじゃないか!!


「私ね……あの日見ちゃったの……」


 羞恥で悶絶する私が見えていないかのように、一ノ瀬さんは突然そんなことを言い出した。


 何故ここは見てくれない!!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る