第25話 トレーニングの日々 クマの話


「でも先生、何で俺の想思力は強いんですか?特別なことは何もしていないし、記憶だってないのに………」


 ユウの疑問は当然だ。魂が感情を栄養にしているなら、記憶はあった方がいいに決まっている。


「逆に記憶を失くしたっていう経験が、貴方の想思力を強めたのかもしれない。私が軽々しく言葉にしていい話じゃないけれど、きっと貴方はその経験を通して辛いことや悲しいことが沢山あったんじゃないかしら?だけれど、それに負けないくらいに貴方は嬉しいことは嬉しく、楽しいことは楽しいって、感じられる人だと私は思ってる」


 真顔で、そんな歯の浮く様な台詞を言われて気恥ずかしくなってしまったユウは、先生の顔をまともに見れなくなって視線を逸らした。そんな自分の照れた様子を見た先生は、ふふっと楽しそうに笑ってから続きを話し始めた。


「それにね、貴方には記憶を失くす前にも何か大切な出来事があったんじゃないかって気がしているの。想思力は記憶を失くしても、例え死んでしまったとしても無くならない力だから………」


 その話を聞いたユウは、ハッとし顔を上げた。


「もしかして想思力は、輪廻転生をしても無くならない……?」


「そう、想思力は生まれた時から人によってかなりの違いがあるの。

 ―――これはあくまでも私の考えだけれど、もし魂が輪廻転生を繰り返しているなら、もしかしたら前世の体験が関係しているのかもしれない」


 成程………と思った。ゲーム的な考え方をすれば、想思力は前世からの経験値が引き継がれるってことかもしれない。



「…………さて、大まかな説明は以上ね。今から早速トレーニングを始めます。先程も言った通り、貴方は想思力に比べると生命力がまだまだだから、そちらのトレーニングを優先していくわね。だからまずは基礎体力の向上から取り組んでもらいます。 ―――如月君、あのほこらが見えるでしょう?」


 先生が指差している先、100メートル程離れた場所には確かに小さな祠がある。


「はい、あの小さな祠ですよね?」


「そう、あの祠と同じ祠がこの山の頂上までの間に12か所あるの。二時間の間にその全部の祠に行って、この色付きの小石を全部持ち帰ってこれる様になるのが最初の課題ね」


 先生はそう言うと、ポケットから黄色く色のついた小石を取り出してユウに見せてきた。


「色は全部で12色ある。その色付きの小石を時間内に全部集めてきてね」


「え……せ、先生、まさか……頂上ってじゃあ、ないですよね?」


 ユウが震える指で恐る恐る指示した遥か先には、霞んだ山頂らしき峰が見える。


「え?そうよ、あそこが山頂。直ぐそこでしょう?」


 その感想を聞いて、ユウの顔色は能面の様に真っ白になっていった。どう見積もっても、往復で一日以上掛かりそうな、登山……じゃない?


「ふふふっ大丈夫よ。最初はキツイと思うけれど、この課題をこなせる頃には、筋力、体幹、瞬発力、持続力、体力などの全てが鍛えられている良いトレーニングなのよ。私だって三年生の時には熟せるようになってたんだから、貴方なら直ぐに集めて来れるわよ」


 明るい笑顔で語る紅葉に対して、ユウの表情は暗い。


「せ、先生でも……課題をクリア出来るまで中三までかかったんですよね?簡単にはいかなそうな課題だけど……俺、頑張ってみます」


 神妙な面持ちで山頂を睨んでいるユウを、紅葉は少し驚いた表情で見つめ、次にバツの悪そうな表情を浮かべた。


「………如月君、私……何か勘違いさせる言い方をしてしまったみたいでゴメンなさい。私が初めてこの課題を達成出来たのは……小学三年生の時なの」


「は、はい――!?小三!? う、嘘でしょう!?」


「た、大したことじゃあないから……!それに貴方は、貴方のペースで頑張れはいいんだからね……!」


 ユウの驚き方がショックだったのか、先生は悲しそうな顔で項垂れてしまった。


 俺は、また何か先生に悪いことを言ってしまったんだろうか?と、慌てたユウだったが、先生からさらりと出てきた次の言葉にそれ処ではなくなってしまう。


「………と、とにかく!この後は学校もあるから、一時間位で折り返してこないと間に合わなくなるってことは気に留めておいてね。それからもう一つ、祠があるルートは一本道だから迷うことは無いけれど、この山には熊が出るから気を付るように」


「―――はぁ!?く、熊!?熊が住んでるんですか、この山に!?」


「ええ、でも大丈夫よ。貴方が襲われない様に、ちゃんと私に考えがあるから……」


 そう言うと、徐に両腕を広げる先生。


「………な、何です?」


「この辺りの熊達はね、私と青葉には近寄ってこないの。前に会った時に可愛がってあげたら分かってくれたみたいでね、今は大人しい良い子達になってくれたのだけれど、でも―――知らない貴方には襲いかかって来るかもしれないでしょう?」


「せっ先生達、熊をボコったんですか!?」


「………如月君、人聞きが悪い言い方をしないで頂けるかしら?私達は少し可愛がっただけ―――だから、ね。だから、その……ね、私の香りをまとっていけば、絶対に近付いてこないと思うのよ」


 緊張でユウの喉が、ゴクリと鳴った。戸惑っているユウに、天使の微笑みを浮かべた先生が近寄ってくる。


 うそ………だろ?

 只でさえ近かったのに、この人―――まだ近寄って来るの?


「………か、香りを纏う、ですか?」


 恐る恐る質問をしてみる。この人は、一体何をしようとしているんだろうか?と、不安な気持ちになってしまう。


 まさか……とは思った。この人は日頃から自分をからかってくる……が、流石にそんな筈はない。と、自分を諫めるユウ。だがそんな純情な男心は、先生の一言で軽く吹き飛ばれてしまった。



「―――さあ、如月君。遠慮しないで私にハグしていいよ?」



 くらり―――

 一瞬で、視界が真っ白になった。


 何、言ってんだ?

 この人は何を………?


 ハグ?はぐって何?

 俺―――抱きつくの?先生に―――???


 色々な感情が頭に流れ込んできて、ユウの思考は完全に固まってしまった。



「……………………」



 だが、世界は残酷だった。真っ白だった世界からユウの意識がゆっくりと戻ってきても尚―――目の前には両腕を広げて微笑んでいる、めっさ綺麗な鳶色の天使が立っている。



 ―――ああ、なんだ夢なのか……と、思った。


 夢ならしょうがないじゃん。だって………夢なんだから。



 これは夢なんだから………と、自分に言い聞かせて徐に天使に抱きつこうとした時だった。



 ………夢? ――――ユメ。


 ふと、妹の笑顔が頭に浮かび、胸の中に罪悪感がザザっと波の様に押し寄せてきてハッと我に帰る。



 何んてこと、しようとしてんだ、俺は…………っ!!うう、ユメごめん。お兄ちゃん、いつの間にかこんなことを妄想するような汚れた男になっちゃってた。


 屈託のない妹の笑顔が、自分の理性をギリギリで留めてくれた様だ。



 ――――ありがとう、ユメ。


 まったく俺って奴は………っ!夢だからって、何してもいいって訳ないだろう!?


「―――いや、スミマセン先生。そう言われても、ちょっと………っ」


 心の中で妹に礼を言いながら、ユウはさらりと断りを入れた。一瞬とはいえ、変な考えが頭を過った自分を殴ってやりたい。


 だが………!


「嫌……なの?美月さんには、ハグしたのに……?」


 その顔を見たユウは、ギュ~ッと心臓が握り締められた気持ちになった。だって目の前の天使が凄く悲しそうに目を細めたから。


 やめてくれ…………!

 そんな悲しそうな顔、しないでくれ!


 俺だって、本当は…………っ!!



「…………ユウ、私でも大丈夫です。姉さんが嫌なら、私でどうでしょう……?」


 その時―――唐突に黒髪ロングの清楚系悪魔が乱入してきやがった。


 その悪魔は、冬の夜空の星みたいに輝いた髪や瞳が綺麗すぎて笑えない容姿をしている悪魔だ。それに、いつもは真っ白な肌が薄っすらと桜色に染まっていて、なんだか悪魔的に可愛いさが増していないか………?



「あ、青葉―――っ!あなた、今まで一言もしゃべらなかったくせに、調子よくない!?」


 突然、しゃしゃり出てきた悪魔に、天使が語尾も荒く噛みついている。



 ああ、これが………?

 これ何てエロゲ?―――って展開?


 なんてことを、ユウはボケーっとした頭で考えていた。が、夢とはいえこの世紀末みたいな状況を終わらせなければならない。



「あ、あの~…ハグとかじゃなくって、二人の香りの付いたものを持っていくとかじゃ駄目なんですかね?」


 しかし、咄嗟に口から出てきたのは意外にも完璧な打開策じゃない?―――と、思える名案だ。正に火事場の馬鹿力というヤツだな。

 俺って天才かっ!と、心の中で自画自賛しながら小踊りしていると、天使と悪魔に、とても冷たい視線で睨まれ―――固まる。


「――――駄目に決まっているじゃない。私にハグするか、熊に美味しく食べられるか、貴方にはどちらかの道しか選択は無いのよ。………覚悟を決めなさい」


 その時、ユウはようやく気が付いたのだ。ああ……この人は、怒っているんだと。


 どうやら、この世には神も仏もいないらしい。だから今、俺は目の前にいる天使と悪魔から………究極の選択を迫られているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る