第23話 トレーニングの日々  決意の朝!

   

 病室から飛び出し廊下の先に目を向けると、入院患者なのだろうパジャマ姿の女性と、その人に付き添っている看護師の後ろ姿が一組いるだけだった。


 そこに、探し人の姿はない。


 ユウは小走りに、病棟の出入口に向かって駆け出した。急がないと、その人を見失ってしまうだろう。


 病棟の出入口に差し掛かった時だ。脇の通路に消えていくその人の横顔が視えた。 その通路の先は休憩所になっていて、入院患者と見舞い客とが雑談出来るスペースになっていた筈だ。


 ユウは一呼吸置いてから、その通路に足を向けた。


 五メートル程の通路を抜けると十畳ほどの部屋にでた。そこには一台の自動販売機と給湯設備、そして幾つかのテーブルと椅子が並べられている。


 その部屋の一番奥、窓際の席にその人の姿を見つけて、ユウは足を止めた。今、この休憩室にはその人以外、誰の姿も無い。


「…………美月さん」


 ユウが声を掛けると、その人は涙をいっぱいに溜めた瞳を上げた。






 彼女………美月さんは、俺の姿を見て驚いたみたいだった。美月さんは一生懸命に何かを話してきたけれど、残念ながら俺の耳には彼女の声は届かなかった。


 だから俺は、自分で声を上げたんです。


「ごめんなさい美月さん!妹を心配して来てくれたのに、失礼な態度をとってしまいました。本当に、ごめんなさい! それから……昨夜は妹の為に力を貸してくれて、本当にありがとうございました!」


 暫くして俺が下げていた頭を上げると、彼女は目を丸くしていた。そして何度か口をパクパクと動かした後に、くしゃくしゃの笑顔になったんだ。


 大粒の涙を幾つもこぼしながら笑う彼女は、とても可愛いらしかった。


 気が付いたら、俺も一緒になって笑ってた。二人で馬鹿みたいに笑い合いながら俺は、改めて思ったんです。


 例え彼女の声が聴こえなくても、例え彼女が幽霊だとしても。


 ――――心は、通じ合えるって。





 美月と別れてユウが病室に戻ると、妙にご機嫌な妹が待っていた。


「ねえ、お兄ちゃん。お話しの続きを教えて。イヌさんて、前にお兄ちゃんが話せる犬と出会ったって嬉しそうに話してくれた子だよね?どうしてそんなに大きくなっちゃったの?それにそんな凄い術みたいなこと、どうして出来るようになったの?」


 ベッドの上から矢継ぎ早に質問が飛んで来て、面食らってしまう。ついさっきまで、妹は半信半疑といった顔で話を聞いていたのに、どういう心境の変化なのだろうか?


 きっと、美月さんのお陰だなと心の中で感謝しながらも、ユウはその質問に答えるべきか躊躇ためらっていた。


 その質問に答えるのには、少し………いや、かなりの抵抗があったのだ。


「あ、ああ………そ、それはさ……お、オカルト研究部の、朝練の時に……」


 自分でも分かる程に、声が震えている。それは、この話を素直に話したら妹に軽蔑されてしまうかもと不安に思うからだ。


 そんなユウの心の中の葛藤を知ってか知らずか、ベッドの上で妹が目をキラキラさせながら話の続きを待っている。



 …………こ、ここまで話したんだ。


 ちゃんと全部を話そう。



 何も分からないと言って涙を流していた彼女の顔を思い出し、ユウは心に決めた。

 もう、あんな気持ちにさせたくはないし、心の何処かでこの人に話さないでいることにも罪悪感があったのかもしれない。


 例え、それでこの人に軽蔑されてしまったとしても全部本当の話で、それが自分自身なのだ。


 だから、ユウは意を決して話し始めた。


 それはオカルト研究部の朝練で行われている、過酷なトレーニングの話だ。








    ―――― 如月ユウが朝練に参加した初日 ――――




「私達と一緒に稽古をするってことは、武道と合わせて霊に対処する方法も身に付けてもらうけれど、いいかしら?」


 ユウが初めて紅葉達の稽古に参加し始めた日、道着を着た三人の姿は輝命寺の裏山にある稽古場にあった。


 時刻は早朝の4時30分。朝日が昇り始めた時間帯だ。



「―――え?霊に対処する方法ですか?俺はてっきり古武道の稽古かと思っていました」


 ユウが驚いてそう返すと、目の前にいる二人は顔を見合わせた。


「何、言ってるの?私達の全てを教えてあげるって言ったじゃない。それに貴方も共感覚が日に日に強くなっているみたいだし、いずれ必要になってくると思うの」


 その内の一人が、普通に手が届きそうな距離まで近づいてきてそう言った。


 何か嬉しい事でもあったのか、その人は朝日よりも眩しい笑顔でニコニコ顔だ。



 いや、朝から近過ぎです…………


 直ぐ目の前で嬉しそうに笑っている彼女の鳶色の瞳が朝日に映え、余計に綺麗だ。随分慣れたと思っていたけれど、起きたばかりの頭には少し刺激が強過ぎる。


 峰から顔を出したばかりの太陽は、少しの間だけ世界を赤く染めてくれる。ユウは太陽に、もう少しだけ頑張って赤でいてくれと願った。


「はあ、そうなんですかね……」


 先生って、どうしてこう………いい香りがしやがるんだ?と、少しムカついていたユウの返事は素っ気がなかった。


 視線の行き先に困って、チラリともう一人の方に視線を向けると目と目が合う。


「………………」



 青葉は黙ってこちらを見ているだけだったが、潤んだ黒い瞳がいつもよりキラキラと輝いていて、とんでもなくキレイ。さっき、この寺に向かう途中で見上げた明け方の夜空よりも………綺麗だ。


 ヤバい………と、思ったが、手遅れだった。


 気が付けば、その瞳に吸い込まれていた。



 ツン―――と袖を引れて意識が稽古場に戻った時、直ぐ目の前に先生の顔があってドキリッとする。



「…………何処を、見てるのよ?」


 少しむくれ顔で話す先生は、やっぱり…………!



 二人共、本当に反則だと思う。ユウは溜息をついて、素直に負けを認めた。



「すみません。朝日が眩しくって、つい……です。つい……」


「ふふっ、可笑しな人ね。まだ寝ぼけてる?如月君は私達のこと、守ってくれるんでしょ?だったら、両方覚えないとね。私達が生きてきたのは、そういう世界なの」


 先生が嬉しそうに笑っている。青葉だって、ほら…… 気のせいかもしれないけど、二人の表情がいつもよりずっと優しい。



 先生の言葉と、二人の姿を焼き付けてユウはゆっくり目を閉じた。



 守る…………か。


 そう、ですよね。


 俺は、確かにそう言いました。



 青葉が、どんな世界で生きてきたかなんて俺はまだほんのちょっとしか知らない。


 先生が、どんな想いで青葉のことを守り抜いてきたのかなんて俺に分かる筈もない。


 それから………!


 どんなことがあっても、ずっと二人の手を握り続けている、いずみみたいに俺が強くなんてないのはよく分かってる。



 だけど………っ!


 三人が大切になっちまったんだから、仕様がないだろう?



 三人が俺を支えてくれているみたいに、俺も三人を支えられる人間になりたいと思っちゃったんだから、仕様がないがないだろ?


 こんなに凄い人達を俺が守れる様になりたいだなんて、なんてことは十分に分かってるから、だから俺………っ!



「分かりました。そうすれば、皆を守れるんですよね?」



 俺の全部で―――頑張ってみます!

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