第30話 お見合い七日目2

 涙がやっと止まったレティツィアは、オスカーに抱きしめられていた体が離されたと思ったと同時にオスカーに抱き上げられた。驚いてオスカーを見ると、オスカーは笑ってレティツィアの頬にキスをして、庭のガゼボへ足を向けた。


 ガゼボのベンチに座ったオスカーは、横向きにレティツィアを膝に座らせる。そしてレティツィアの涙の跡の頬を指でなぞり、ふと指に付いた涙をオスカーは舐めた。


「オスカー様!?」

「レティツィアの涙は甘いですね」


 なんで舐めるんだ、と恥ずかしいレティツィアは、顔を赤くする。しかも、オスカーは舐める姿さえ、なぜか色っぽい。


「しょっぱいでしょう」

「しょっぱくはないです。涙って感情によって味が変わると聞いたのですが、本当のようですね。それとも、レティツィアだから甘いのかな」

「わ、わたくしの涙はしょっぱいはずなのですが……」


 なぜ涙の味の話をしているのか、レティツィアは恥ずかしい上に混乱して、よく分かっていない。


「……レティツィアの涙がしょっぱいと、誰かに言われたのですか?」

「わたくしは小さい頃からよく泣くねと、お兄様たちが慰めるために涙にキスしてくれていました。それで、涙がしょっぱいとお兄様たちは言っていたのですが」

「……俺の最大のライバルは、レティツィアの兄上のようですね」


 オスカーは苦笑しながら、レティツィアの片頬に手を添えた。そのオスカーの添えた手の上から、レティツィアは手を重ねる。明日にはこの手とも離れなければならない。レティツィアは頬に添えられたオスカーの手に、頬ずりするように頬を押し付けると、困った顔のオスカーが口を開いた。


「そういうの、どこで覚えてくるのですか?」

「……? そういうのとは?」

「……兄上に甘やかされると、こういう可愛い子が出来上がるのかな。レティツィア、今後、こういうのは俺にだけにしてくださいね」

「こういうの?」

「たくさん俺が甘やかすので、俺以外に甘えないで欲しい、ということです。そういう甘えている表情も、俺以外にしてはダメですよ」


 オスカーに甘えている意識はあったが、甘えている表情とはどんな? レティツィアは首を傾げつつ、口を開く。


「お兄様には、甘えてもいいですか?」

「……そこは外せないのですね。……まあ、結婚したらこの国には兄上はいませんから。時々レティツィアに会いに来るであろう兄上たちには、甘えてもいいですよ。少しの間でしょうし」


 ががん、とレティツィアはショックが隠せなかった。そうだった、オスカーと結婚すれば、兄たちは近くにいないのだった。


「……その顔は、結婚したら兄上たちがいないことに、今、気づいた顔ですね」

「お、お兄様付きで結婚……」

「嫌ですよ。兄上たちにレティツィアを独占されたらたまらない。レティツィアを寂しくさせないよう、俺がレティツィアを可愛がるので、兄上たちのことは諦めてください。絶対に寂しくさせませんから」

「……絶対ですよ? たくさん可愛がってくださいね。寂しくなったら、オスカー様に抱きしめてもらいに突進しますからね」

「ははは。ええ、突進してきてください」


 愛しそうにレティツィアを見ながら、ゆっくりとオスカーの唇が近づく。レティツィアはドキドキとしていると、近くで存在をアピールするような大きな咳払いがした。


 やはり、ずっと近くにいる侍女マリア。圧を込めた視線でオスカーを見ている。そして「唇はダメです」という一言が庭に響く。


「……レティツィアの侍女は、厳しすぎやしませんか? これでも、結構俺は我慢していると思うのですが」


 オスカーは苦笑気味に呟く。


「まあ、まだ正式に婚約しているわけではないですからね。唇はまだ我慢しておきます。でも唇以外なら、いいですよね?」

「……はい」


 ニコっと妖艶気味に微笑んだオスカーは、レティツィアの唇の横にキスをした。これって、唇ではないだけで、頬でもない気がする、とレティツィアの顔は赤くなる。そんなレティツィアをじっと上機嫌で見つめるオスカー。


「はあ、レティツィアを国に返したくはないですね。しばらくは会えないかと思うと、憂鬱だ」


 オスカーの言葉に、レティツィアは急に寂しい感情が沸く。


「わたくしも、オスカー様に会えないかと思うと悲しいです。それに……父たちが婚約を許してくれるかどうかも、わたくしは心配です」


 アシュワールドへ来る前まで、レティツィア自身もだが、両親や兄たちは、レティツィアをオスカーの婚約者にするなど、誰も考えていなかった。きっと、オスカーから『婚約の話はなかったことに』という返事を、レティツィアが貰ってくるものだと思っているはずである。


「そうですね、承諾を貰えるか心配ではありますが、もし断られても俺はレティツィアを諦めません。だから、結婚については俺に任せて、レティツィアはあまり心配しすぎないでください」

「……はい」

「それに、心配なのはもう一つの方もです。レティツィアは帰国したら、今まで以上にプーマ王国の第二王子と距離を置くこと。アシュワールドなら俺がレティツィアを守れますが、ヴォロネル王国だとそうもいかない。俺と正式に婚約するまで、レティツィア自身の身の安全を第一に考えて欲しいです」

「分かりました」


 レティツィアとしても、第二王子とは会いたくない。それでも、王女として出席しなければならない催し物もあるが、できるだけ最低限の出席に留めて、第二王子とできるだけ接触しないようにしようと、改めて決心するのだった。

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