第18話 お見合い二日目

 お見合い二日目。


 本日はガラス張りの温室でお茶会の予定である。木や花が見目よく綺麗に配置され、お茶とお菓子が用意されたテーブルが準備されていた。素敵な温室だとレティツィアが辺りを見渡している中、テーブルを見たオスカーが、片眉を上げて口を開いた。


「これはどういうことだ? なぜ準備が片側に寄っている?」


 テーブルにはオスカー用とレティツィア用の椅子が二脚用意されているが、お茶の用意が二人分、片側に寄せてあるのである。しかもお茶菓子は全て一口サイズであった。


「オスカー様、それはわたくしが昨日お願いしたのです。間違っていませんわ」


 今日のお見合いがお茶会だという連絡を聞いた昨日、こういう準備をレティツィアが依頼したのだ。


「実はわたくし、一番上のお兄様の『休憩係』なのです。『休憩係』の仕事は、お兄様の膝に乗って『あーん』をするのです。お兄様との『休憩係』の時間が大好きで、いずれ夫となった方ともそういう時間があるといいなと思っていますの。ですから、オスカー様と『あーん』をやりたいです」

「………………」


 オスカーは手を口元へやり、なんだか考えている様子である。嫌なら嫌と言ってもいいのだが、とレティツィアはオスカーの様子を見る。聞けるわがままだけ聞いてもらえればいいと言ってあるし、どうしても嫌なら断ってくれていい。レティツィアがこう提案したことで、こういう『わがまま』を言う女性なのだと印象付けできればいいのだ。


「……いいでしょう」


 口元から手を下ろしたオスカーは、感情のない表情で頷き、お茶の準備が寄っている方の椅子に座った。断られると思ったので、若干驚いているレティツィアだが、「失礼しますわ」と言ってオスカーの膝に横に座った。オスカーはレティツィアが落ちては危ないと思ったのか、片手でレティツィアの腰を支えている。


「………………」

「………………」


 なぜか互いにじっと見つめ合う二人。レティツィアは遠慮がちに口を開いた。


「……『あーん』をしてくださらないのですか?」

「俺がする側か……」


 オスカーは『あーん』待ちだったらしい。お茶菓子の中からクッキーを選んだオスカーは、レティツィアの口へ持っていった。それを口にしたレティツィアは、バターの香りが美味しいクッキーを、ニコニコと味わう。


「んー、美味しいです」


 美味しいクッキーに表面上は上機嫌のレティツィアだが、実は体は緊張していた。なんだか兄の時とオスカーの膝の感覚が違う。お尻の下の座り心地が不安定な気がする。オスカーは普段こういうことをしていないのか、慣れていないようでぎこちない。そのため、レティツィアには余計な力が入ってしまって体が緊張しているが、表情はなんとか穏やかに努める。


「そういえば、オスカー様は甘いものはお好きなのでしょうか?」

「人並には好きですよ」

「そうなのですね。それは失礼致しました。お兄様が甘いものが苦手なので、わたくしがお兄様に『あーん』をするのは、わたくしが三回程口にした後に一回のペースくらいだったのです。……はい、『あーん』してください」


 レティツィアはクッキーをオスカーの口元へ持っていく。オスカーがクッキーを口にするのを見て、兄に食べさせる時みたいな可愛さを感じる。まだ体は緊張しているが、すこし楽しくなってきた。


「昨日は猫のディディーをありがとうございました。おもちゃも一緒に送ってくださって、嬉しかったです。ディディーがおもちゃで遊ぶところが、とっても可愛くって」

「あのおもちゃはディディーのお気に入りです。たくさん遊んであげてください」


 レティツィアは上機嫌で頷く。ディディーとは今日も朝から遊んで楽しかったのだ。


 オスカーと食べさせ合いをしながら、オスカーの顔をじっと見る。顔がいい。悔しいが、兄に負けていない。ふとオスカーの目が気になった。


「ちょっと失礼しますね」


 完全に兄にするように、オスカーの両頬を自身の両手で挟み、オスカーの顔を横へ向かせた。まつ毛が長い。めちゃくちゃ長い。しかも、上のまつげがくるんと綺麗に上を向いている。


「オスカー様のまつげ、とっても長いですね。どうしてこんなに上を向いているのでしょう? 朝からまつ毛をカールさせていますか?」

「していません」


 自然なカールなのか。まつげは長いものの、直毛で下を向いているレティツィアからすれば羨ましい。レティツィアのまつげは、毎朝侍女のマリアが化粧の時に懸命に上げてくれるのだ。


 横を向かせたオスカーの顔を戻しながら、レティツィアはため息をついた。


「負けましたわ……」


 兄のまつげも直毛である。いまだ兄とオスカーを比べて少し対抗心のあるレティツィアは、まつ毛はカールのオスカーには負けると、小さく呟く。すると、「はははっ」とオスカーが思わずといったように笑い、すぐにオスカーは感情のない表情に戻して咳払いをした。


「失礼、なんの勝負かと思い、思わず」

「いいえ、ふふふ、わたくしも失礼なことをしてしまいましたもの」


 むしろレティツィアの方が失礼である。オスカーが笑ったのを誤魔化すように、今度はチョコレートをレティツィアの口に入れてくれる。その美味しさにレティツィアは目を大きくした。


「このチョコレート、とっても美味しいですね。ナッツと……二種類のチョコレートかしら。ビターとミルクのチョコがすごく美味しいです。専用のチョコレート職人を雇ってらっしゃるの?」


 オスカーにも『あーん』すると、オスカーも美味しいと思ったのか頷く。そしてひっそりと控えている付き人に顔を向けた。


「シリル」


 シリルと呼ばれた男性は、一歩前に出て口を開いた。


「いいえ、レティツィア王女、こちらは街にある有名なチョコレート店から仕入れたものになります」

「まあ、街で売られているのですね」


 このチョコレートは本当に美味しい。これは旅行のお土産として、両親や兄たちにも食べさせてあげたい。


「オスカー様、明日、オスカー様とお会いする時間以外のところで、街へ案内してくださる人をお借りできませんでしょうか」

「……まさか、レティツィアも街に出るつもりですか」

「はい! チョコレートを買いたいです! 大丈夫ですわ、我が国から連れてきた護衛と侍女も連れてこっそり行きます! 王女だと見えないように支度しますわ」

「つまり、お忍びということですね。住民に紛れる服を持ってきていると」

「持ってきて……」


 いただろうか。ちらっと侍女のマリアを見ると、横に顔を振っていた。


「……持ってきていないようです」


 レティツィアはしゅんと下を向いた。最近ではお忍びはできない環境だったために、旅行中もお忍びなんて行かないだろうとマリアは準備しなかったのだろう。というか、それが正解である。お忍びは諦めるしかないだろうか。今から街に既製品の服を買いに行って貰おうかと考えていると、オスカーが口を開いた。


「レティツィアのお忍び用の服は、こちらで用意しましょう。案内人と護衛もこちらで用意します。今日中には服を持って行かせますので」


 レティツィアは驚いてオスカーを見た。ダメだと言われるかもと思っていたのに、まさかの許可に嬉しくて笑みが浮かぶ。


「ありがとうございます、オスカー様!」


 オスカーは話の分かる良い人だ。若干口角を上げただけのオスカーが、すごく頼もしく見えるのだった。

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