第6話 幼馴染
エドモンドとお茶をした日の夜、侍女のマリアに寝る支度を任せながら、レティツィアは明日の予定を考えていた。明日は従姉妹のいるコルティ公爵家を訪問する予定なのである。
マリアに髪の毛を綺麗に整えてもらった頃、部屋に訪問者が来た。三兄シルヴィオである。
「お兄様!」
シルヴィオは緩いシャツ姿でレティツィアに近づくと、レティツィアを抱き上げた。夕食時もシルヴィオはいなかったのだが、すでにこの姿ということは風呂も入っているということだ。
「俺の可愛いレティ。約束を守りに来たよ。一緒にお茶ができなかった代わりに、今日はレティが眠るまで一緒にいてあげる」
「本当!? やったぁ! 嬉しい!」
シルヴィオは抱き上げたレティツィアとベッドへ行くと、レティツィアをベッドに下ろした。レティツィアはベッドの中に入ると、シルヴィオも一緒に入る。そしてシルヴィオはレティツィアの頬にキスをした。
「今日は昼間は何したの?」
「今日はね、朝から家庭教師の先生に勉強を学んで、そのあとはアルノルドお兄様にチェルニのことで相談したの。その時アルノルドお兄さまったらね……」
シルヴィオと楽しく話をしていたレティツィアは、いつの間にか眠りにつく。その日は、とても穏やかな夢を見るのだった。
次の日、レティツィアが眠るまで、ということもあり、すでにシルヴィオの姿はベッドになかったけれど、レティツィアは朝からご機嫌だった。眠る間際まで楽しく過ごせたからだろう。
朝から出かける準備をして、鏡で自身をチェックしている時だった。小さい頃から兄妹のように一緒に成長したカルロが訪問してきたのだ。カルロはモルテード子爵夫人であるレティツィアの乳母の息子で、レティツィアと同じ年。現在、王立学園に通っていて、普段は寮住まいである。ちなみに、レティツィアの侍女マリアはカルロの姉だ。
「あれ? 出かける前だった?」
「うん。これからレベッカのところに行くところなの。ごめんね」
「ああ、コルティ公爵令嬢のところか。別にいいよ、少し顔を見に寄っただけだから。俺もこれから街に出かける予定だし」
カルロは小さいころから一緒なだけあり、相手が王女といえど、口調は軽口である。レティツィアは特に気にしていないので、他人がいない今ならいいのだ。
「……道中、気を付けて行けよ? 馬車に乗ってても気は抜くな」
「うん。大丈夫、スケジュールは漏れていないわ」
昔はレティツィアのスケジュールを事細かく管理する部署に告げていたけれど、今はそれを止めている。なぜかどこからかスケジュールが漏れやすく、どこかで誰かに待ち伏せされては適わない。例えば、某王国の第二王子とか。
昔誘拐されかけたレティツィアは、三度の誘拐未遂の内、一つは馬車に体当たりされるというものがあったのだ。体当たりされて皆が気を失っているところのレティツィアを誘拐する、というものだったのだが、たまたま兄ロメオが馬に乗って騎士たちと近くを通っていたために、気を失っていたレティツィアは誘拐されずに済んだ。
だから、カルロがこう心配するのである。
また同じことが二度と起こらぬよう、馬車を守る護衛の騎士を増やしている。それに、王宮の外に出る時は、レティツィア専用の馬車ではなく、王宮所有で文官なども使用する一般の馬車を使ってカモフラージュもしている。それなら、いかにも王女が乗っています、とバレないし、いきなり襲われることはないだろう。
「学園でもアイツ、他人に迷惑ばかり掛けてるよ。本当、国に帰ればいいのに」
アイツとは、カルロより一学年上のプーマ王国の第二王子のことである。学園でも素行が悪いようで、良い評判は聞かない。カルロは時々寮から帰ってきては、こうやって情報を教えてくれるのである。
「それに、レティを好きな割には、寄って来る女性を手当たり次第受け入れているみたいで、学園で連れている彼女がコロコロ変わってる」
「そう……。できれば、わたくしのことは忘れて、そのままその彼女と結婚してくださるといいのだけれど」
第二王子が誰と付き合おうが構わない。ただレティツィアに向ける感情を他に向けて欲しい。
「それは今のところなさそうだけれどな。まあでも、アイツも夏が来れば学園も卒業するだろう。そしたら、レティも学園の催し物くらいは、見に来れるようにはなるんじゃないか?」
「そうね、そうだと嬉しいけれど」
夏が来れば、カルロは最終学年の三年生である。一学年上の第二王子は卒業はするだろうが、果たして素直に国に帰るだろうか。少しは学生気分を味わいたいから、学園祭や発表会といったものを見に行ってみたいけれど、そのために第二王子と顔を合わせるのだけは避けたい。
カルロとは少し話をして別れ、レティツィアは侍女マリアを連れて予定通りコルティ公爵邸へ向かうのだった。
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