B組の猛攻~女って怖え~菊地目線
「おい、早瀬いる?」
翌日の昼休み。
如月が食堂に向かったのを見計らい、菊地とB組の女子全員はE組に出向いていた。
「なに?」
廊下を塞ぐほどの大人数で訪れたB組の生徒に圧倒され、早瀬は驚いたように席を立つ。まるで殴り込みだ。早瀬を囲んでいたクラスメイトも戸惑いを見せた。
先頭を切ってドアから顔を出すのは菊地。目は怒りで燃えていた。まわりを埋める女子に至ってはゴミでも見るような眼差しで早瀬を見据える。
「てめえが隠し撮り写真で如月を脅したゲス野郎かよ」
「なっ……」
菊地のデカイ声は教室の端々まで響き渡る。E組の生徒はみな驚いて菊地を振り返り、目を見張った早瀬は慌てた様子でこちらに駆け出した。
「や、やめてよ。そんなことしてないよ!」
クラスメイトが気になるのか、チラチラと背後に目を配らせる。そばまで来て小さな声で否定する早瀬に菊地はわざと声のトーンを落とさずに告げた。
「嘘つけ。昨日、俺ら全部聞いてたんだけど」
「……!」
「消してって如月が頼んでも断ってたよね。ひとが嫌がることする奴ってマジで最低」
「ああやって脅さないと彼氏も作れないわけ? マジで笑える」
「いくら可愛い子ぶったって本性は性格ブスじゃん。そんな女、誰も彼女にしたがらないっしょ」
菊地を押し退けて前に出た女子三名はそろって腕組みをし、顎をクイッとあげて冷ややかに早瀬を見下ろす。
クラスメイトからもB組の連中からも突き刺さる視線を浴びせられ、早瀬は目を泳がせる。廊下を塞ぐB組の連中に学食に移動しようとしていた他のクラスの生徒が何ごとかと足を止め、次々と野次馬が集まりだした。
菊地としては、できればこんな風に晒すことはしたくなかった。それでも黙っていることはできない。
昨日の放課後、菊地と数名の女子は如月の恋の行方を心配してコッソリと後を追い、ドアの影に潜んで耳をそば立てた。いつの間に来たのか気づいた時には浅見先生まで輪に入り、ごつい双眼鏡を片手にのぞき見に参加していたけど。
何してるんですか? そう訊ねようとしたら双眼鏡を構えたまま真剣な顔で「しっ!」と言われてしまったので、咎めるつもりがないならいいかとそのまま放置することに。
そのあと聞こえた二人の会話はショックなものだった。
まず如月が速攻で告白を断ったこと。あまりに早くて空耳かと思った。せっかくのチャンスだったのにもったいないと、正直、あの時は落胆を隠せなかった。
まあ「彼女がいる」という言葉を信じた奴は誰もいなかったけど。どっちにしろ断ったんだから如月のタイプではなかったんだろう、ということで納得する。
残念に思いながらも普段は物静かな如月がハッキリと断りを入れたことに、菊地たちは驚き陰ながら賞賛を送った。
その後、菊地ですら引くような押し問答を繰り広げたのちに早瀬が如月の顔について切り出したので、焦った菊地はわざと咳き込み、女子に聞こえないように邪魔だてをした。
なぜなら菊地は知っていたからだ。如月がしているのは伊達メガネだと。グラウンドに捨てられたメガネを拾った時、菊地はそのことを知った。本当はカッコイイ奴なのに絶対にメガネを外そうとしない如月を見ていて思ったことがある。
もしかして如月は素顔を隠したいんじゃないのかって。
それなら友達として協力してやるべきだ。
だけど隠す理由までは分からない。
屋上に駆り立てたのもそのせいだ。
一般的には女子からの告白なんて誰しもが喜ぶイベントに他ならない。二人三脚の時もリレーの時も、如月から多大な恩を受けた菊地は本当に春が来ればいいと願っていたから。
頃合いをみて視線を戻したところで早瀬が如月にスマホを向けた。画面は如月の頭に被って見えなかったが「消せ」「彼氏になってくれたら消す」という言葉を耳にした。それだけ情報があればもう十分。
あそこに映っているのは絶対に如月の素顔だ。
はらわたが煮え繰り返った菊地は途中で飛び出し早瀬の横っ面を殴り飛ばしてやろうと思ったのだが、それより先に動いたのは浅見先生で手にした双眼鏡を菊地に押しつけドアから飛び出してしまった。
タイミングを逃した上に如月にまで見つかってしまい、慌てて退散してきたものの不燃の怒りは収まらない。
それは一緒に見ていた女子も同じだったらしい。男子は誰ひとりとしてTシャツの制作に手を貸さなかったのに、部活の時間まで使って手伝ってくれた如月。
どんなに活躍しても絶対にひけらかさないし、率先してみんなの力になろうとする。そんな如月は女子の間でも好印象だった。女子に混じって話を聞く菊地は鼻高々に何度もうなずく。
見かけはイマイチだが、イイ奴。
女子からしてみても、如月はそんな位置どりだったのである。
そのため奥手そうな如月に告白イベントが飛び込んできた時は正直、興味半分、喜び半分といったところだったらしい。
『でも本当に彼女ができたら嬉しいよ。早瀬さん、可愛いしさ。あとで祝賀パーティでもして盛り上げてあげようよ』
心温まる気遣いを見せた女子に菊地も力強く同意した。今頃クラスで結果報告を待っている女子はウキウキとパーティ会場の検索をしているはずだった。
それなのに――嫌がる如月を脅してた。
クラスに戻った菊地たちは怒り心頭でことのあらましを話して聞かせた。
中には悔しさのあまり涙を浮かべている奴もいたし、ムカつくという言葉を飽きるほど繰り返す奴。帰って来ない如月を心配する奴もいた。当然、早瀬が脅しに使ったスマホの画面について頭を悩ませる女子も。
それについてはわずか一分足らずの女子会議において、おおかたヘマをした如月の恥ずかしい写真だったのだろうと勝手に推測が立てられ、菊地は複雑な思いを抱きながらも神妙にうなずいてみせた。
しかし、こうして仲間内で文句を言ってもまだ怒りは収まらない。やっぱり早瀬にひとこと言ってやらねーと。菊地は一人で行こうと思っていたのだが、そこに女子が便乗した。
大人数で押しかけるのはさすがに……と躊躇したのも確か。だけど誰も譲らなかった。みんな早瀬にひとこと言ってやらないと気が済まないと言ってきかない。
如月の言葉を遮って出向かせたのは菊地である。みんなの期待を煽ってしまった後悔の念に加えてヒートアップを極めた女子の怒りは手がつけられない。そのため容易に断ることができず、今に至る。
「二度と如月にあんなことしないで」
「今度したらタダじゃおかない」
「SNSで拡散してやるから。あんたもやろうとしてたんだから問題ないでしょ」
菊地に代わって先陣を切った女子に混ざり、他の女子が次々と肩を並べて言葉を重ねる。それは未だに怒りの収まらない菊地に口を挟む隙さえ与えない。
祝賀パーティを開いてやろうと言った優しい女子の面影はどこへ。菊地はほんのりと抱いた恋心が瓦解する音を聞いた。
気づけば一番先頭にいたはずなのに、女子に肩をつかまれては押し退けられ、最後尾近くまで下がってしまっている。
そして菊地は思う。もう十分やっただろうと。言いたかったことも……いや、それ以上のことを女子は言ってくれた。クラスメイトの前で暴露され早瀬のメンタルはズタボロなはすだ。今までのイメージだって総崩れ。男どころか女の友達すら失うかもしれない。
(これ以上、何をする気なんだよ。女って怖え)
心ばかりの同情を早瀬に向ける菊地は、それでも口の止まらない女子にドン引きしながら相槌を打ち、平静を装うことに専念するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます