104.ありがたみしかない

 V型も処理し、佑人君も無事。

 なんとか間に合ってくれた形だ。

 現在は、5層行きのラポルトへ移動する道中なのだが、ほとんどモンスターにも会わない。さっきの大攻勢は、この階層の後半部から敵を搔き集めた、くらいの規模だったらしい。前半部はく~ちゃん達の足止めをしていたそうだ。

 やり過ぎだイリーガル!存在をバラしたくないなら、もっと良い感じにやれ!流石に3度も俺の目の前に出たとなったら、お互い痛すぎる腹を、世間にあれこれ探られるだろうが!


 とまあ俺が死にかけた事以外は、あの総攻撃以来順調と言えた、んだけど、


「……何よ?もっと感動と感謝で咽び泣いたらどうなの?」

「あ、すいません、ありがとうございます……いや、ごめんなさい。本当にありがたいんです。ありがたいんですけど……どうしてここに?」

 

 安心とか高揚とかが、予想だにせぬ助っ人の登場で、全部どっかに行ってしまい、代わりに特大の困惑が居座ってる。


「私達がススム君の後を追ってたら、途中で後ろから、凄い速さで追いかけて来たんだ」

「元々ここに潜る予定だったのよ。そうしたら、愚か者が立て籠もるわ、子どもが置き去りになるわ、それを大声で発信してる人が居るわで、もう最悪よ。放置しておくわけにもいかないし……。お蔭でネット配信なんてものに、関わらざるを得なくなったわ」

「あ~、配信については、ごめんなさい」

「流石に今回は、互いの現在位置を知るのに有用なのだから、それについてとやかく言うつもりはないけれど。実名だけは絶対に出さないように」

「それは勿論」

「オレサマに惚れないように視聴者に言っておけ!」

「それはちょっと」


 こう言ってはなんだが、もうちょっと唯我独尊タイプだと思ってた。赤の他人の不幸を「ほっとけない」、みたいな優しさも持っていたのは、実を言うと意外だった。

 特指クラスのメンバーに対してのマイナス感情が、特別態度が悪くなるくらい、大きかったのか。特に、あのクラスの起点となった俺への恨みが。

 彼女の優しさに触れると共に、うちの教室の不仲に関しては、本当に根が深い事が判明した。

 ホッとするべきか、落ち込むべきか。


「…はい?あー……」


 く~ちゃんの配信に、先輩2人についての質問が、大量に来ているらしい。

 ちなみに俺のガバカメは、さっきの飽和攻撃の流れ弾で、撃墜されていた。

 

「先輩。お2人の呼び方、結局何がいいですか?」

「“金狼こんろう貴公子”と呼べ!」

「じゃあ“コンロ”先輩で」

「略すなジェットチビィ!」

「何でも良いのだけれど……そうね、“残月”と呼びなさい」


 「何でも良い」人のネーミングセンスじゃない。実は楽しんでません?前々から温めたりとかしてませんでした?


「えー…、というお2人です。どちらもとてもお強い方です」

「いいぞ!もっと言え!」

「強いのは私だけね。こいつはそうでもないわ」

「馬鹿を言え!発言には気を付けろ!己が節穴を晒すだけだぞ!オレサマが上だ!」

「ね?言動の端々が弱そうでしょう?」

「何をぅ!?」




 後に動画サイトや掲示板で確認できた、ヨミトモさんからの忌憚のない感想は、大まかに以下の通り。



『草』

『漫才師の方ですか?』

『く~ちゃんの学園って、ライバー育成所だったか?』

『濃い奴しかいねえ!』

『おもしれー女とおもしれー男』

『やば、ザンゲツ先輩が推しになりそう……』

『二人共、そこはかとなく残念感が漂ってるのがたまらない』

『今後とも、うちのく~ちゃんを、よろしくお願いします』



 まあ、本人達には伝えないでおこう。

 怒るか、最悪目を回しそうだ。

 知らん人に勝手に好かれるって、普通はプレッシャーだろうし。




「でも、“く~ちゃん”を含めて、改めて言っておきたいんですけど」

「ん?どうしたのススム君?」

「ありがとうございます。お蔭様で佑人君は、この通り元気ピンピンです」

「フン、こんな程度、なんてこと……何?あなた」


 佑人君が目をキラキラさせて、残月先輩を見ていた。


「おねえちゃん!けんつかうの!かっけー!」


 さっきから、微妙に残ったG型やF型を斬り捨てる、彼女の姿に夢中だったらしい。


「………当然の事を言われても、嬉しくなんかないわね」

「きてるふくも、かっけー!」

「見る目があるわ。将来が楽しみね」

「おい待て少年!オレサマの方がカッコいいだろう!!先にそっちを褒めろ!」

「んー……」


 何かしら遠慮していたようなので、「良いんだよ?言っちゃって」、と背中をポンと押す。


「先輩は優しいから、許してくれますよねー?」

「なに?おい待て」

「おじちゃん、まんまるでカッコわるい」

「な!」


 先頭を行くコンロ先輩が、ピタッ、と急停止。

 すぐに歩行を再開するも、「おじちゃん……俺はおじちゃん……」と、しきりに呟いている。気にするところそっちなんだ……。佑人君のメンタルケアとして、話を弾ませる為にやったとは言え、ちょっと悪い事をした。


「審美眼があるわ。末はきっと芸術家ね」

「あおいおねえちゃんは、かわいい!」

「その通り、世界一かわいいんだ。それが分かるとは将来有望だ」

「や、やめてよススム君~……ちょっと目が怖いよ?」

 

 おっと。







「……来たぞ、ようやく5層だ」


 歩くだけでも長い道のりを過ぎて、ラポルトに到達。


「オレサマが先頭で行くが、いいな?」


 一応く~ちゃんがKポジションと同等扱いになっているのか、一度許可を求めるコンロ先輩。


「お願いします」

「なら行くぞ!」


 最初にコンロ先輩が入り、それから索敵に優れる俺が行って安全を確保。

 佑人君を通した後に、残月先輩が続き、殿しんがりにく~ちゃん。

 何事も無く全員が渡り終わった。


「うん、ここまでは大丈夫ですね。しかし、ここから先も気を引き締めましょう。C型が居ないとは言え、M型の跳弾は依然脅威です。こちらには佑人君と言う、守るべき命があります。普段通りの心構えでは、守りに綻びが生まれてしまいます。今回は、一つのミスも、許されないと思ってください」


「了解!」

「りょかい!」

「私は私のやりたい事を全うするだけ」

「ロールだからな。この中では、お前の言葉に従うだけだ」


 各々覚悟を固め直したところで、まず俺が扉越しに外の様子を——


「ん?なんだこれ」

「どうしたの?」

「知らない魔力がある…!まだ遠いけど、気配は確かに…!」


 気が張りつめ、場を貫く。

 顔を見合わせ、フォーメーションを組む。

 


     先頭コンロ先輩。

 

    次に残月先輩と俺。

    すぐ後ろに佑人君。

 

    最後尾にく~ちゃん。



「いいな?」


 コンロ先輩が、ドスの効いた低い声で、全員の意思を問う。

 無言の肯定。

 それを待って、狼の手が、大扉を引き開け——




 そこに、想像を絶する光景が広がっていた。







「うおっ!?もう折り返して来た!はえええ!?」

「く~ちゃん達、えげつない速度で潜ってたからな」

「ジュル……、サスガノジツリョク……」

「いやいや、ススムのスピードが速すぎるんだって」

「あ!く~ちゃーん!手ぇ振って~!」

「なんか当初より人増えてないか?」

「………」

「先輩~!ようやく追い着きました~!」

「初めて直接見れたな!来た甲斐があった!」

「ススムきゅーん!」



「こ、これって」

「えっと……?」


 ディーパー。

 それも、かなりの大人数。

 一番前に10人くらい見えるが、

 その後ろには更に大勢。

 いつぞやの“爬い廃レプタイルズ・タイルズ”攻略を思い出させる、いや、もしかしなくても、あの時以上の規模の集団。


 ダンジョン内のディーパーは不文律によって、別パーティー同士で連携を取る事はほぼない。予め合同で潜るつもりだった時か、緊急時くらい。


 だから、中級ダンジョン内で、数十人単位の人間が言葉を交わし合っている、その光景は異様だった。


 そして、彼らの発言から、その原因を推測すれば、


「まさか……、呼び掛けに応じてくれたの?これだけの人数?」


 く~ちゃんの驚嘆が零れる。


 そう、俺と彼女とで決めて、実行した、「リスナーに呼びかける」という策。あれが、想定を遥々超える程の、功を奏したのだ。


 中級5層に、短時間で来れる者だけで、この人数。

 つまり浅い階層には、更なる増援があるわけで。


 この運動が、どれだけ広がったのか、もう俺達には計り知れない。


 何より、

 

 漏魔症罹患者を助ける為に、

 多くのディーパーが動いた。


 この事実は、

 迫害の歴史の後端に刻まれるような、

 快挙とすら言える事だった。

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