第42話

 

「だから、セレーナがデビットに陥れられそうになった時はどうしても助けたかった。騎士の仕事を愛してやまないセレーナから、大切なものを奪わせたくなった」


 フィクスの健気な表情や声から、彼の思いが嫌というほど伝わってくる。

 本当に好いていてくれるのか、なんて疑う余地もないほどに。


「フィクス様……。そんなに思ってくださってるなんて、本当に嬉しいです」


 セレーナはフィクスの手をぎゅっと掴んで、そう伝える。

 すると、フィクスがやや申し訳無さそうに口を開いた。


「……ごめんね。約束のことがあったから、今まで好きだって言えなくて」

「……約束? と、言いますと……?」

「学生時代に、クロードとね──」


 フィクスはそこで、クロードと交わしたとある約束についての話を話してくれた。


 ──『王子であるお前に告白されたら、妹は断れないじゃないか! 俺は……セレーナには、本当に好いた男と一緒になってほしいと思っている! だから、セレーナがお前を好きになるまで、フィクス──お前は好きだと告げるな! 約束しろ!!』


 セレーナを愛するあまり、兄のクロードが一方的にそんな約束を口にしたこと。 


 フィクスはそれを聞いて、王族の自分が縁談を持ちかけられたら、セレーナは立場上どうやっても断れないことを理解したこと。

 その上、好きでもない相手に思いを伝えられたら、セレーナの性格上、その相手を好きになれないことに自責の念を抱くことになるかもと考えたこと。


 きっかけはクロードの言葉だったけれど、フィクスは自分で考えて、セレーナに好きになってもらえるまでは思いを伝えないことを決めたという。


「……まさかその日を境に、学園内ではクロードにべったり引っ付かれて、セレーナに一切話しかけられない状況にされるとは思わなかったけどね」

「……な、なるほど。……兄様なら、やりかねませんね……」


 キャロルの専属護衛騎士になってから、何故急にフィクスが話しかけてくるのだろうと疑問に思ったこともあったが、どうやら学生時代は話しかけられない状況だったらしい。


(兄様、少しやり過ぎだと思うけれど……)


 とはいえ、セレーナのことを大切に思ってくれたことには変わりない。

 後日クロードに礼を伝えようと、セレーナは決めた、はずだったのに。


「……でも、もう約束は関係ない。これからは何度だって、セレーナに好きだって言える」


 フィクスの手がセレーナの頬を優しく撫でた。


 更に、言われたほうが恥ずかしくなってしまうような甘い言葉を囁かれてしまったら、頭の中がフィクスのことでいっぱいになって、他のことが考えられなくなる。


「ねぇ、セレーナ。『仮初』じゃなくて、本当の婚約者になってほしい」


 真剣な声色でそう告げられたセレーナは、小さく頷いた。


「は、い。『仮初』はもう、嫌です。……私を、フィクス様の本当の婚約者にしてください」

「……っ」


 ぶわりと赤くなるフィクスの頬が愛おしい。

 徐々に温度が上がるフィクスの手が愛おしい。

 こちらをじっと見つめてくる碧い目が愛おしい。

 誰よりも優しくて、たまに意地悪なそんな彼が愛おしくてたまらない。


「セレーナ、キスしていい……?」

「〜〜っ! その、経験がないため、きちんとできるかは分かりませんが……それでも良ければ……!」

「……ははっ。俺も初めてだから、お互い様だね」


 その言葉を最後に、徐々に近付いてくるフィクスの顔。



「セレーナ、愛してる」

「私も、お慕いしています」



 セレーナはそっと目を閉じて、彼の唇を受け入れた。

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