婚約破棄から始まる仮初の婚約〜恩返しのはずが由緒正しき王家の兄妹に甘く囲われました〜

櫻田りん

第1話

 

「僕は真実の愛を見つけた! セレーナ・ティアライズ、お前との婚約を破棄する!」

「……!?」


 正午を過ぎた頃。王と側近が数人居る王の間に呼び出されたセレーナは、婚約者であるデビットに突然婚約破棄を告げられた。


 王の御前で、この茶番は一体なんのつもりなのだろう。

 発言に加えて、こちらに指差しをするデビットに不快感を覚えたセレーナだったが、今は話を聞くべきか、と口を噤む。


 そんなセレーナの姿に気を良くしたデビッドは、仁王立ちをしながら声高らかに言い切った。


「お前は王女殿下の専属護衛騎士でありながら、王女殿下に嫌がらせをしていたな!? 彼女が辛そうに話してくれたよ……。セレーナにわざとドレスに紅茶をかけられたり、酷い時は叩かれたりしたって! いくら最近僕が彼女に気に入られているからって醜い嫉妬だ……!」

「えーっと、デビッド様、少し落ち着いてください」


 フーフーと鼻息を荒くするデビッドに、セレーナは女性にしては少し低めの落ち着いた声色で諭す。


(一体なにがどうなっているのか。それを知るにはまだ情報が足りない。けれど、とりあえず今はこの状況を陛下がどう思っておられるのかを知るのが重要ね)


 そのため、セレーナはデビットに向けていた琥珀色の瞳を玉座に座る国王に向けた。

 後頭部でまとめたセレーナの長い碧い髪が僅かに揺れる中、国王を窺うような目で見つめる。


 すると、国王は穏やかそうにニコ、と微笑むだけだった。


 (……なるほど。自らこの場を諌める気はないと)


 そもそも、セレーナが入室する前からデビットは王の間に居た。王の側近でも、大臣や護衛騎士という立場でもないのにだ。


 それだけで、国王にとってこの現状は、有事の事態ではないことが分かる。

 けれど、なんの言葉もくれない王は、この状況をどうにかするつもりもないらしい。


「さっさと己の罪を認めろ! 婚約破棄の件も、お前が王女殿下に酷い仕打ちをしたことも、陛下が証人になってくださるから、適当にこの場を流しても駄目だ! そして僕はキャロル王女殿下にプロポーズするんだ! きっと受け入れてくださる……!」


 ふんっと、ふんぞり返って言うデビッドは、細い目をより一層細めて、至極楽しそうな顔をしている。

 右耳の下でくくった黒い髪の一束、人差し指でくるくると触っている彼は、まさに天下を取ったかのようだ。


 しかし、セレーナはそんなデビッドのことなど眼中になかった。

 何故なら、過去に『さっさと結婚しなさい!!』とブチ切れた母の顔で頭がいっぱいだったからだ。


(ハァ……。早く新しい婚約者を見つけなさい、と言うお母様の顔が目に浮かぶ……)


 とまあ、一旦母のことは置いておいて。


 真っ白な騎士の団服に身を包んだ、すらりとした体躯のセレーナは、口元に手をやって少し考える。


(次に聞くことは──)


 そして、頭の中がややクリアになったところで、セレーナは、おもむろに口を開いた。


「デビッド様。嫌がらせについてはどなたからお聞きになったのですか?」

「キャロル王女殿下本人だ! 言い逃れは出来ないぞ!!」

「なるほど。……そうですか」


 本人に聞いたのならば、どうやらデビットの妄想というわけではなさそうだ。


 セレーナは、疑問の表情を浮かべた。


(……デビット様に呼び出される直前、私はキャロル様王女殿下の部屋に挨拶に行った。その時はといつもどおり、満面の笑みを見せてくれていたけれど)


 一体なにが起こっているのだろう。なにが起ころうとしているのだろう。


 素早く頭の働かせるセレーナの一方で、デビットは「おい、セレーナ聞いているのか!?」と語気を強めている。


 そんなデビットを無視して思考を働かせることに集中していたセレーナだったけれど、次の瞬間だった。


 ──バタン! 


「……!」


 背後から聞こえた、力強く王の間の扉が開いた音。

 セレーナは振り向くと、騎士としての訓練を受けてきたため、無意識に抜刀の構えをした、のだけれど。


「第一王女キャロルが参りました! セレーナ! お待たせ~!!」

「第三王子フィクスも参りました。セレーナ、やっと証拠が揃ったから、もう安心だよ」


 入ってきた二人の美男美女──セレーナの護衛対象の王女と、その兄のフィクスだった。その後ろには、キャロルの侍女たちと、フィクスの側近も居る。


(……何故このお方たちが……)


 驚いているセレーナだったが、眉をピクと動かすだけに留めて、姿勢を整える。そして、右手を胸辺りに持っていき、キャロルとフィクスに向かって頭を下げた。


 一方、デビットは、「なっ、なっ!! キャロル王女殿下!? それに王子殿下も何故ここに!?」と慌てふためいている。


 そんなデビットの声の煩さに、セレーナは若干眉間にシワを寄せると、その時だった。


「セレーナ〜!」


 キャロルは艷やかなプラチナブロンドと、ふわりとピンクのドレスを靡かせ、思い切りセレーナに抱きついた。


 セレーナはそれを慣れた様子で受け止めると、少しばかり心配げな表情を覗かせた。


「王女殿下、走っては転ぶやもしれませんよ。柔肌に傷が付いたらどうするのですか」

「セレーナ好きいいい……!」


 余計に強い力でキャロルに抱き締められたが、これもいつものことなのでセレーナに大きな反応はなかった。


(ハッ……! って、いつもどおりではいけない。この状況をいち早く理解するため、いくつもお聞きしたいことが……)


 そう思ったセレーナは、キャロルに尋ねようとしたのだけれど、その時近付いてきた足音に、はたと顔を上げた。


「──キャロル、いい加減に離れろ。俺のセレーナが減る」

「減らないわ!? あとお兄様のじゃないわ!?」

「ああ、セレーナ……やっと思う存分話せる。よく顔を見せてよ。この一ヶ月、忙しくてなかなか会えなかったから」

「第三王子殿下、お久しぶりでございます。……って、あ」


 ずいと顔を近付いてくるフィクスを至近距離で見たことによって、セレーナは不意に思い出した。


(ちょっと待って。さっき殿下、証拠がなんとかって……)


 何一つ状況を理解できていないデビッドはもちろん、セレーナも意味が分からず、素早い瞬きを繰り返した。

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