迎賓館にて

 伊吹と摩耶はマチルダと京都市動物園にて別れた後、京都御苑へと向かった。摩耶は京都御苑内にある迎賓館へ泊まる予定であった為、伊吹も迎賓館へ泊まる事とした。

 京都御苑の中には、明治天皇が東京へと赴く前の住まいであった京都御所、主に上皇の住まいであった仙洞御所、皇太后の住まいであった京都大宮御所、外国の国賓をもてなす為の迎賓館など、皇族に縁のある複数の重要な施設がある。

 また、呼び名や使用用途についてはその時代や背景によって変わるのだが、伊吹が泊まるとするならば京都御所であるはず。

 が、立太子していない伊吹が泊まってしまうと政治的意図を勘ぐられる可能性があるので、摩耶と共に迎賓館へと泊まる事となった。


「真智ちゃんも一緒に来れたら良かったのですが……」


 現在、二人は庭園にある廊橋から池を泳ぐ錦鯉を眺めている。


「あー、マチルダは一般人だからねぇ」


 摩耶はマチルダと別れるまで、ずっと抱き締めて離さなかった。まるで大好きなキャラクターのぬいぐるみを与えられた少女のように、マチルダの頭を撫でたり頬をさすったりしており、マチルダはされるがままであった。


「東京に戻ったらずっと一緒にいれるよ。マチルダはVividColorsヴィヴィッドカラーズ本社のすぐそばに住んでるから」


 摩耶はマチルダが関西弁で喋り、YoungNatterヤンナッターやなぎなみ動画で見せている姿とかけ離れた性格である事など全く気にせず、ありのままのマチルダを受け入れていた。

 唯一、呼び名だけは真智のままだが、マチルダちゃんだと長いから、という理由に過ぎない。二人は連絡先の交換も済ませている。


「明日の午後に東京に戻った後、私は藍吹伊通あぶいどおり一丁目に……?」


「そうなるね。今後の予定に関しては両国間で話し合う必要があるから、しばらくはゆっくり出来るんじゃないかな」


 摩耶は伊吹の話を聞きながら、姉であるりつに言われた、伊吹との子供を身籠るまで帰って来るなという言葉を思い出し、顔を赤く染める。


「ん? 何か恥ずかしがらせるような事言ったっけ?」


「いえっ! ちょっと思い出しただけですのでお気になさらず……」


「そう?

 まぁでも、マチルダも小さいながらに良く働いてるよ。ちょっと頼り過ぎかなぁと思ってはいるんだけど」


「真智ちゃんはどのような経緯でVividColorsへ?」


 摩耶は話題を逸らしたいという気持ちもあり、マチルダについて伊吹へ問い掛けた。

 伊吹は隠すほどの事もないので、詳しい説明をする。


YourTunesユアチューンズと揉めた時に、相手側の代理人として接触して来たのがマチルダの母親であるメアリーっていう弁護士なんだよね。

 メアリーがYourTunesをクビになったから、そのままうちの代理人として雇ったんだ」


「なかなか大胆な事をなさるんですね」


「で、ちょうど並行世界の記憶を持ってる視聴者を集めようって話になった時に、メアリーが自分の娘がそうだと思うって言うから連れて来てもらったんだ」


「えっと、真智は転生者なんですか?」


「そうだよ。おっと、これは内緒にしといてね」


 伊吹は治が漏らした摩耶お母様という発言を受け、将来的に身内になるのだからと思い、摩耶に対して気を許してしまっている。

 安藤真智が転生者である、という事実はまだ視聴者に対して打ち明けていない。


「詳しく聞かないのが僕達の暗黙の了解なんだけど、マチルダは多分、前世の並行世界では京都市内に住んでたと思うんだ。

 僕が京都に行くと知って、どうしても着いて行きたいって言うからさ、じゃあ動物園で会おうって事にしたんだ」


「そうだったのですね」


 マチルダはこの機会にと、メアリーと一緒に京都市内の散策をしていたのだ。

 ちなみに、伊吹が前世の記憶を持っている事について、摩耶は熱心な子猫なので一切疑っていない。


「マチルダは十歳だけど、前世の記憶があるからしっかりしてるんだよね。母親を抱いたんだから娘である私も一緒に抱けってうるさくってさ」


「えっと……、ちょっと詳しく話をお伺いしてもよろしいでしょうか!?」


 摩耶は聞き逃せない情報が伊吹から出た為、すかさず追及する。


「えっ!? うん、どうぞ」


「伊吹様は真智ちゃんのお母様である、メアリーさんを……、その、メアリーさんと夜を共にされたんですか?」


「おっと、まだ日も暮れてないのに余計な事を言ってしまったみたいだね。ごめんね」


「いえ、そうではなく! 事実確認をさせて頂きたいのです!!

 伊吹様は、経産婦であっても問題なく抱く事が可能なのですね!?」


 急に勢いを増した摩耶に戸惑いつつ、伊吹は正直に答える。


「そうだね。メアリーは綺麗だし、とても魅力的な女性だからね。

 僕のいた前世の世界だと、男女比が一対一だったから、経産婦であっても恋人がいた女性であっても、恋愛対象になるんだよ。もちろん今の僕もね」


 伊吹の答えた内容を頭の中で繰り返し、精査し、噛み砕き、理解した摩耶は、さらに伊吹に問い掛ける。


「自分以外の男性に抱かれた事のある女性でも、伊吹様は問題なくお相手して下さると考えてよろしいでしょうか?」


「処女じゃなくても問題ないのか、という意味ならその通り、問題ないよ。

 ただ、今現在継続的に抱かれていて、僕の後にも他の相手と関係を続けると言われるとさすがにお断りしたいけど」


「つまり、伊吹様に抱かれた後は伊吹様のみに抱かれ続ける、という意味でしょうか?」


「う、ん。それが望ましいね」


 伊吹の答えを聞いた摩耶は、伊吹に一礼する。


「すみません、急用が出来ましたので一足先にお部屋へ戻らせて頂きます。また、後ほどよろしくお願い致します」


 目を瞬かせる伊吹を残し、摩耶は足早に部屋へと引き返したのだった。

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